シント・アーナズ【セイブ・ザ・ワールド】 3 街の力
再度のモンスター襲来が、冒険者庁全体を騒ぎに包む。
「みんな、行こう。迎撃を」
駆け出そうとした俺を、カサンドラが止める。
「あたしらに任せな。シントは長官と話をつけるさ」
「冒険者、たくさんいる。わたしたちだけで十分」
「わたしは二人をサポートするよ!」
三人とも、頼もしすぎる。
「わかった。俺もすぐに行く」
彼女たちの後ろ姿を見送って、再び長官に向き直る。
「長官、いまは非常時です。しかも前例のない危機だ。みんなに指示を」
彼は押し黙り、俺を見つめた。
拳を握り、迷いを振り切ったように見える。
「策があるのなら教えてくれ」
「穴をふさぎます。そのためには地下遺跡の入り口にまで到達しなくてはなりません。みんなの力を合わせないと」
「力を合わせる……」
「こんな時になんですが、冒険者庁から緊急の依頼を出してください。街の防衛です」
「いいだろう。すぐに手配する」
これで冒険者が動きやすくなる。
「現地で戦っている人たちにも伝令を出してください。報酬は弾む、と。モンスターを全て駆逐するんです」
フォールンで活動する冒険者は数千人。
全員の力を合わせれば、不可能などない。
「決して一対一では戦わず、集団で一体を始末するよう指示を。奴らはけだものだ。知性などない。落ち着いて仕留めれば、なんてことはないです」
「そ、そうか」
「空を飛んでいるヤツラを跳び道具で撃ち落とし、下で確実に始末すればいい。前線を押し上げて、地下遺跡を包囲してください」
「驚いたな……戦闘のみならず戦術にも長けているのか、君は」
俺は頃合いを見て地下遺跡に入る。
中でなにが待っているかは知らないが、止めなくては。
アルフォンス長官は立ち上がり、声を張り上げる。
「みんなすまない! 危険は承知だがひとっ走り頼む! フォールンの全ギルドマスター及び、全冒険者に緊急の依頼を通達! モンスターを駆逐し、街を守ってほしいと!」
長官の一声で、にわかに活気が戻る。
「予算の上限はない! 報酬は冒険者庁がたっぷり出す! 遠慮なく活躍してくれ! とな!」
「おお!」
「すぐに出ます!」
「下にいる冒険者に護衛を頼め! 足の速い者を名乗りださせよ!」
ばんばん指示が飛んで、彼らは動き出した。
「アーナズ君、話している余裕はないかもしれんが……どうしても聞きたいのだ。いったいなにが起こっているのか、君は知っているのだろう?」
「確かなことはなにもわかりません。ただ……マスクバロン、先日亡くなったはずのアルハザード卿が生きています」
「な……そんな馬鹿な! 崩落に巻き込まれ、遺体も見つかったと」
「見つかったのはちぎれた腕だけです。おそらく、彼のものではない」
アルフォンス長官は、固まっていた。
「そして、彼はいまフォールンの地下遺跡にいる。それだけは間違いないでしょう」
この目で見たことだ。
事ここに至っては、眉唾だった『時空の門』と『巨人の鍵』にまつわる話が現実味を帯びてくる。
しかし、出てきたのは大量のモンスター。
正気ではない。街を滅ぼしかねない最悪の展開だ。
「俺も出ます。長官はここで指揮をとってください。けが人や避難してきた方の収容もお願いします」
彼はかろうじてうなずくのみだ。
★★★★★★
何百もの人々が駆けまわる一階を突っ切って、外に出る。
瞬間、魔法を発動。
「≪天之招雷≫!!」
狙うのは上空を飛ぶ黒い怪物たち。
大きな雷球から発する稲妻が、数体をまとめて焼き、地面へと落とす。
「落ちた怪物にとどめを!」
戦士達はほんの一瞬だけ戸惑い、すぐに行動する。
剣や斧を叩きつけて、始末した。
「アリステラ、ラナ、カサンドラ! 俺のそばへ来てくれ。カサンドラが前。アリステラは魔法をぶっ放して。ラナ、シュリケンはどのくらいある?」
「いっぱい持ってきたよ! あとボウガンも!」
上着の前を開くと、内側にびっしり刃物が収納されている。加えて手にはボウガンだ。
「倒す必要はない。翼を狙うんだ。カサンドラは二人を守りつつ、下に落ちたモンスターを槍で突き殺せ」
「あ、ああ、了解さ」
「アリステラ、残り魔力は?」
「まだいける」
「火力を強めるのではなく、鋭くしろ。奴らは防御力が高い。当てる、のではなく貫け」
「わかった」
モンスターどもは人間を見れば食い殺す。
おまえたちに覚悟はあるのか?
殺そうとすれば、殺されるってことのな。
「遠慮なんていらない。全部ぶち殺すんだ。俺たちの街に来たことが間違いだと、骨の髄まで教える」
「シント? なんか人変わってない?」
俺は元からこうだけど。
「人が【才能】を授かるのも、魔法が使えるのも、武器を使うのも、元々はモンスターを退治するためのもの。存分に発揮させてもらう!」
≪魔弾≫、≪魔衝撃≫、≪水之砲≫を立て続けに発射。
避けたところに、アリステラの≪アクアランス≫が炸裂する。
手前に落ちた怪物はカサンドラが槍を突き刺し、奥に不時着したものはラナがボウガンの矢をお見舞いして倒した。
(みんな、お美事です)
「ディジアさん、褒めるのは終わってからで! ≪真空之刃≫!」
俺たちを見て、何人かの冒険者が戦い方を変えた。
弓やボウガンを取り出し、撃つ。
落ちたモンスターには、重装備の男たちがとどめを決めた。
「おれたちも援護するぜ!」
「怪我したヤツは一度下がれ! 交代する!」
続々と冒険者たちが集まってくる。
そして――
「アーナズ殿! こちらでしたか!」
「ミッド少尉!」
太めの憲兵が駆け寄ってきて、誰かと思えばミッド少尉だった。
他にも大勢、憲兵がいる。
「モンスターたちの大半がここへ集まっているとの由! 我らも加わります!」
「助かります」
街を守るのは冒険者だけじゃない。
憲兵たちが一斉に抜剣し、雄叫びを上げる。
「少尉、街の状況は聞いていますか?」
「各区域の避難は完了したとのことです。ギルドの冒険者とも連携し、モンスターに当たっていると」
「すみませんが、中のアルフォンス長官に伝令をお願いします」
「無論です。なんと伝えれば?」
「このまま前線を押し上げるので、フォールンの地下遺跡前へ戦える者を集結させるようにと」
少尉がうなずいて走り去る。
「みんな、前に出る。陣形を維持しつつ前進だ」
「突出してしまうんじゃないかい?」
それが狙いだった。
にわか部隊ではいきなり命令をしても動かない。
率先して前に行き、ついてこさせる。
「慎重に行く。じりじりと、しかし確実に」
全員で戦うのは初仕事以来だが、問題ない。
アリステラもラナもカサンドラも、この世で一番信頼している。
魔法を放ちつつ、最前線に出た。
モンスターたちはまだ数百といる。
戦いは激しさを増すばかりだ。
ミッド少尉の言う通り、ここへモンスターの大群が集まっている。
しかし、それはこちらも同じ。
街に散っていた戦士達が集結してくる。
「あたしらもそっちに加わっていい?」
弓で矢を撃ちながら、誰かが話しかけてくる。
男女のペアで、もちろん見覚えがあった。
「あなたたちは確か、ファイアリザードの時の」
フォールン近郊の村を襲ったファイアリザード退治の案件で、一緒に仕事をした二人だ。
「おれらが脇を固める」
「ええ、お願いします」
二人とも、腕は確かなようだ。
二つ同時に放った矢が、空を飛ぶモンスターの目を貫いた。
「アニャよ。こっちは夫のダグマ」
「よろしく頼むぜ」
夫婦だったか。
狩人風の装備をした二人は、次々と矢を射かける。
名前だけの簡単な自己紹介をしつつ、さらに前へ。
触発された他の戦士達も、俺たちにつられてきた。
予想通りの展開だ。
さらに憲兵隊も加わり、どんどん押し上げていく。
見たか。
これが人間の力だ。
貴様らにはわかるまい。
どうして敗北するのか、疑問に思ったまま死ね。




