立ちはだかる者 2 【超名門】ラグナ家の人々【大貴族】
ラグナ公国ラグナ本家宅の一室。
ここは親族が集まって会議をする場所だった。
集められているのは、ラグナ家当主の長男・ユリスと三男・イングヴァルだけ。会議室を使う時は決まって大勢の人間が席を埋めているのに、今日に限ってはたった二人だけだった。
「待たせたな、息子たちよ」
扉を開けて入って来たのは、ラグナ家当主のカール・ラグナであった。
整った立派な髭は、今はちょっとだけ乱れている。
「父上、いったい何の話なのですか?」
挨拶抜きの質問に、当主は顔をしかめた。
任地に向かう途中を急に呼び戻したのだから、長男の機嫌は相当に悪い。
「うむ、実はな、マールが行方不明になったのだ」
「……!?」
「え、マジ?」
退屈そうにしていた三男イングヴァルも椅子から立って驚く。
「父上、仔細を」
「知らせがあったのである。別荘にいたところを襲われたとな」
息子たちは最初、なにを言われているのかわからなかった。
帝国内に国を持つ最大級の大貴族に喧嘩を売る者がいるだなどと、信じられるわけがない。
しかもただの大貴族ではなく魔法の超名門である。
「ではマールは殺されたのですか?」
「わからぬ。死んだか、囚われたのか、行方を探させておる」
「うわ、ざまぁ、マジざまぁ。兄上弱っ」
「イングヴァル。兄になんという口を」
「へーい、すんませーん、父上すんませーん」
三男のふざけた態度に、父カールはこめかみをびくびくさせる。
「マールの配下はほとんどが逮捕されたらしいのだ。いま人をやって調べせている」
「下手人は?」
一瞬の沈黙。
そしてカール大公は重苦しい様子で口を開いた。
「その者の話では、一人の冒険者がやった、ということである」
「名は?」
「シント・アーナズ、と名乗ったそうだ」
その名を聞き、ユリスは形の良い眉を跳ね上げた。
イングヴァルもあごに手を当てて、怪訝な顔つきをする。
「父上、その者はまさかあの『シント』ですか?」
「そのようなはずはなかろう。魔法を使用していたという話である。シントは【才能】を持たぬのだから、偶然同じ名であるのだろうよ」
追放したシントは、天才と呼ばれた先代当主の血を受け継いでいながら何一つ【才能】を持っていなかった。
そんな者にマール・ラグナを倒せるはずがない。
「マールに任せていた地域がどうなっているのか、早急に事態を把握せねばならぬのである。ここは私自ら――」
当主が喋っている途中で、会議室の扉が開いた。
突如としてピリピリした空気が流れ始める。
「父上。いらっしゃるとは」
先々代当主にして当代最強の魔法士ジンク・ラグナが姿を現したのだった。
恵まれた体格と圧倒的な魔力量。歩いているだけで威風が発生し、三人は息苦しくなる。
手に杖を持っているものの、使っていない。むしろその硬そうな杖は人の頭を砕くのに使用されるだろう。
「カールよ、そのシント・アーナズなる者、わしの前に連れてこさせよ」
「父上自ら処刑を?」
「処するかどうかは見て決める」
カールは内心で驚き、いい加減にしろ、と毒を吐く。
当主は自分であるというのに決定権はない。そもそもなぜ報告をしていないのに今回を件を知っているのか。
「わしがマールの件を知っているのは疑問か?」
「……いえ、そのようなことは」
ジンク・ラグナは公国の内外に間諜を放っている。そのことを知っていたカールではあったが、耳の早さにはうんざりするばかりだ。
「アーナズなる者が優れた魔法士であれば、引き入れるのもよい」
「では召し抱えると?」
「力があればな」
カールは露骨に顔をしかめた。
「お待ちください。アーナズなる者はラグナ家に牙をむいたのですぞ。しかもマールを――」
「マールは無名の魔法士に敗れた。もはや次代当主に相応しくなかろう」
「!?」
祖父の明言にユリスとイングヴァルが反応する。彼らにしてみれば家督継承のライバルが一人減ったことになる。
「ユリス、イングヴァル、そなたら、修練を怠ってはおるまいな?」
「はい、もちろんです。おじい様」
「はい、日々鍛錬を」
孫たちの返答を聞いたジンク・ラグナは去っていった。
六十歳を超えたというのに、歩みは若者のそれと変わらない。
史上最強、超世の怪物。そんな名で呼ばれる老人の背を、三人は黙って眺めるしかなかった。
★★★★★★
シント・アーナズの行方を探し、捕らえる。
話が決まったことで、家族会議は解散となった。
当主の長男・ユリスと三男・イングヴァルが揃って部屋を出る。
そこでイングヴァルが兄に声をかけた。
「兄上、これからどこへ?」
「……アーナズとかいう者を追う前に、フォールンへ行かねばならん。仕事があるのでな」
「へー、じゃあ俺がやっても?」
「別に早い者勝ちという話ではないだろう」
結局、誰が捕まえようと、最終的な判断を下すのは祖父である。
「それに、父上はすでに精鋭の追手を放った。我らの出番はない」
「でもマール兄を倒したヤツだぜ。捕まえたらおじい様へのポイントは高いと思うけどな」
「……なにが言いたい?」
次の当主はまだ決まっていない。彼らには等しくチャンスがある。
「ラグナを継ぐのは最強の魔法士だ。おじい様がなんで引退して父上に譲ったのかは謎だけど、結局はそうだろ」
「……」
ユリスが弟をにらむ。軽口ばかり叩く末弟は気に食わなかった。
「そういえば兄上、シント・アーナズってウチにいたシントだと思うか?」
「そのようなはずはない。あいつに【才能】がないのはおまえも知っているだろうが」
あくまでも同名なだけ。ユリスはそう信じ切っている。
「けど、もし……もしもあのシントで、どうやってか魔法を覚えてマール兄に勝ったんなら、次の当主はあいつじゃね?」
「……!?」
イングヴァルの言葉は毒そのものだった。異常に猜疑心の強いユリスはものの見事に動揺する。
「あり得ぬ」
それを聞いて弟は笑った。逆に兄は魔力をみなぎらせて威嚇を始める。
「おーこわ、じゃーな、兄上」
「……ちっ」
逃げるように去るイングヴァル。ユリスはそのがら空きの背中に魔法を撃ちこもうとして、やめた。
「シント・アーナズ……何者だ?」
いったいなんのつもりでラグナに牙を剥いたのか、彼にはわからない。
「父上の放った追手は汚れ仕事のプロだ。アーナズなる者は生き残れぬ」
だがもしも出会えたなら、即座に殺す。ユリスはそれだけ考えて、その場をあとにした。




