蠢く闇・4 ちょっとそれどこから持ってきたんですか
「【神格】?」
「そうだ。どこにあるのか、教えろ」
いきなり現れた男が、そんな突拍子もないことを言う。
「教えろと言われても。あと人にものを聞く態度には思えない。出直せ」
「……素直に口を割るとは思っていない」
男があごで合図をすると、裏口が開いた。
姿を見せたのは短剣を持つもう一人の男。
「すでに包囲している。逃げ場はないぞ」
なかなかの手際だな。気配を消し、音もなくやった。
気づけないとは、俺もまだまだだ。
「下手に動くなよ。おまえが魔法士だということは聞いている」
「誰から?」
「口も閉じろ。はいかいいえ、それだけで答えるんだ」
「それじゃ【神格】の場所を言えない」
男の表情がわずかに変化する。
「何者だ?」
「……」
答えないか。
しかし彼らの雰囲気をどこかで感じたことがあった。
「思い出した。レイドラム男爵の家で襲ってきた人たち」
「余計なことをしゃべるな。死にたいのか」
問答は無用らしい。
この人たち、もしも俺の推測が当たっているなら、軽鎧の下にミスリル銀のかたびらをつけているはず。
どこの手の者なのか。
そして【神格】。
どの神器のことを言っているんだ。
「俺は【神格】なんて持ってない。場所は知ってるけど」
「言え」
「ガラルホルン家に四つあるよ。ラグナ家にも二つ。あとグレンザー家に一つ。あとは……そうだ。皇帝陛下が神剣カリバーンをお持ちだ」
有名な話だった。
大人なら誰でも知ってる。
「貴様!」
いきりたつ男。
「合図を出せ! ここを焼き払うぞ!」
「真っ昼間からずいぶんと強気だな」
人の目があっても凶行ができる余裕。
なにがあってももみ消せるという自信。
バックについているのは、よほどの大物か。
「本気か? やめておけ。そうすれば今回は見逃す」
「見逃す、だと? 立場がわかっていないようだな」
「それはそっち。俺が魔法士だと知っているのなら、やめろ。これは最後の警告だ」
男は余裕の笑みを返してきた。
やめるつもりはないってことだな。
「シント、やってしまいなさい。我が家を焼くなどもってのほかです」
「はい、そうしましょう」
手を合わせて魔力を練る。術式の構築と並行し、イメージを展開。
波形として変化した魔力をギルドの外にまで広げていく。
なるほど、伏兵を置いていたのはハッタリじゃなかったか。
対象を人間のみに設定。全員、移動してもらう。
以前に一度だけやった俺たちまるごと≪空間ノ跳躍≫だ。
「発動! ≪空間ノ跳躍≫」
瞬間、俺とディジアさん、二人の男、そして外に潜んでいる怪しげな者たちを移動させる。
場所はフォールンの外。
今は使われていない、木材の保管場所だ。
「な……なにが起こった……?」
「なんだこれは。いったい――」
男たちが驚き戸惑っている。
「貴様! なにをした! ここはどこだ! ま、まさか幻覚?」
「幻覚じゃないけど」
男たちの数は六人。彼らは混乱し、顔中に汗を垂らしながらも、それぞれに武器を抜いた。
「ここならじっくりと話できるだろう」
「くっ……聞いていないぞ! こんなでたらめ!」
「黙れ。口を閉じろ」
言われたことを返してやる。
「俺が聞いたことだけ答えればいい」
「くっそおおおおおお!」
追い詰められた男が殺気を放つ。
「ディジアさん、俺の後ろに」
「はい」
男が俺ではなくディジアさんに向かってくる。
家を焼こうとするだけじゃなく、彼女を狙うとは。どこまでも卑劣な輩だ。
容赦はしない。
「≪魔衝撃≫」
ミスリル銀のかたびらを想定して、初手からデカい魔力弾を放つ。
「ぬわーーーーーーーーーーーー!」
正面からまともにくらった男は、鼻血と折れた歯をまき散らして、縦に回転しながら飛び、地を転がる。
「黒蛇竜の盾! ≪地之雷≫!」
他の男たちはまだ動けない。一瞬の迷い。そこを突く。
盾を飛ばして注意を引いた次は、雷魔法で足を止める。
「あがっ!」
「さ、下がれ! くそ!」
やはり防御力が高い。
対魔法士用の装備に覆われた胴体は効果が薄いということか。
「それなら!」
止まっている男たちを≪魔弾≫で一人ずつ丹念に処理する。狙うのはミスリル銀で守られていない顔面だ。
眉間を撃ち抜かれた彼らがバタバタと倒れる。
倒した六人のうち、意識があるのは一人だけ。
最初に吹き飛ばした男だ。
「……ひゅー……ひゅー……」
鼻がつぶれているから息苦しそう。
「もう一度聞く。おまえたちは誰だ」
「……」
彼は俺をにらみつけ、歯ぎしりの仕草をした。
しかし、なにも起こらない。
レイドラム男爵の家で襲いかかってきた者たちは、歯に毒を仕込んでいた。
こいつらも同じで自害するつもりなんだろうが、させない。
「歯が折れているんじゃ、自害はできないだろ」
「うっ……」
「言っておくけど、俺はほんとうに【神格】のことなんて知らない。むしろこっちが探しているんだ」
正確には【神格】の所有者を捜している。
アイシア、ウルスラ、フラン、デューテの四人。
「さあ、黒幕を言え」
「……」
こいつは俺の知らないことを知っているかもしれない。
絶対に逃がさないつもりだ。
「……貴様は終わりだ。我らに歯向かって生きている者はいない」
「しゃべったと思ったらそれか。来るなら来い。何者であろうと覆してやる」
はっきり告げると、男はまた黙り込んだ。
どうやって吐かせよう。
「ばかめ……貴様は何も知る事ができない!」
懐から持っていたものとは違う短剣を取り出し、逆手にした。
毒がダメなら自分を刺すのか。くだらない。
≪地之雷≫を放とうとしたところ――
「えーい!」
「はがっ!?」
ガン、と痛すぎる音がして、男は気絶した。
飛び出したディジアさんが、鉄パイプで思い切り殴ったのだ。
「えー……ちょっとそれどこから持ってきたんですか」
「落ちていました」
「いやー、でも……ええー……」
ディジアさんが乱暴になってしまった。
あとで注意しておこうと思う。
「とりあえず全員回収します。話を聞いたあと、憲兵隊に引き渡しましょう」
「始末しないのですか?」
始末!?
しません。そのようなことは。
「しかし……なんなんだ、いったい」
俺に【神格】の場所を聞いてきた。
誰で、なんのために、ギルドまで来たのか。
「ウチに来たってことは……」
こうなるとみんなが心配だ。
男たちを回収し、すぐに戻る。
★★★★★★
急いでギルドに帰ると、みんな揃っていた。
「いま戻りました」
「おかえり。二人ともどうしたのよ、鍵もかけずに」
「声かけてから部屋に戻ろうとしたんだけど、いないしー」
突然のことだったので、戸締りできなかった。
「もしかしてなにかあったのかい?」
「殴り込み?」
アリステラ、物騒だな。
でもあってる。
「正体不明の男たちがここを襲撃してきたんだ」
「えっ!?」
「嘘! ほんと?」
「どういうこと?」
「ああ、でも逆に気の毒さねえ」
「まあ……そうよね。いたのがわたしじゃなくシントだもの」
「愚か」
「一番やっちゃいけないよね、それ」
相手が気の毒って、俺をなんだと思っているんだ。
「とりあえず捕らえたので、話を聞こうかと」
≪次元ノ断裂≫を使用し、入れておいた男の一人をにゅるりと出した。
「なにこの人……死んでるんじゃないの」
「ぐでーっとしてるよ?」
「死んでない死んでない。黒幕とか、襲って来た理由を知りたいんだけど」
そう言ったところで、アリステラ、ラナ、カサンドラが立ち上がる。
「出番、来た」
「わたしたちに任せて」
「なにもかも吐かせるさ」
え、だいじょうぶかな。
自信満々なところがそこはかとなく不安を感じる。




