蠢く闇・3 【神格】を探す者
新たな依頼を請けた。
突然に姿を消した、ガラルホルン家の公女たちを捜す。
「ウルスラとフランが消えたのはどこでしょうか」
「台所と訓練場になる」
「調査はすでに?」
「無論、した。なんの痕跡もない」
「いちおう、俺にも確認させてください」
大叔父上はうなずいた。
「それでは大叔父上」
「うむ、進捗はホテップに知らせよ。ここにしばらく置いておく」
あの秘書さんか。
「わかりました」
全ての話がまとまったことで、執務室を出ようとする。
「我が姪の息子よ、最後に一つ」
呼び止められて振り向く。
大叔父上は椅子から立ち、陽光がさす窓に体を向けた。
「はい。なんでしょう?」
「アンナは……最後になにか言っていなかったか?」
「最後に、母さんが?」
九年前、大陸全土で猛威を振るった恐ろしい疫病によって、俺の父さんと母さんは命を落とした。
風邪のような症状から始まって、衰弱していき、死ぬ。治療が不可能な病だ。
俺の両親だけじゃない。
ここガラルホルン家の先代当主――俺の祖父もそうだし、アイシアたちのお母さんやラグナ公国の公妃、つまり叔父上の奥さんとか、多くの人間が貴族だろうが一般人だろうが、老若男女関係なく命を落とした。
『家のことなど気にせず、好きに生きなさい。あなたなら自由になれるわ』
母さんから最後に言われたのは、貴族らしからぬ言葉。
結果としてその通りになっているのは、奇妙な感覚がする。
「特にはなにも」
「ほんとうか? たとえばホーライ国に行きたかった、などとは?」
東の海に浮かぶ島国ホーライは、母さんの母さん、祖母の故国だ。
なんでそんなこと聞くんだろう。
「いえ、そのようなことは」
「では『鳳玉』のことはどうだ」
鳳玉だって?
世界に23器ある【神格】の一つだ。なぜここでその名が出てくるんだ。
「大叔父上、なんのことですか?」
「……いや、いい。捜索の件、頼んだぞ」
大公は口を閉じた。
お家のために【神格】を欲しているのはわかるが、母さんは関係ないと思う。
礼をして執務室を辞した。
最後のやりとりが気になるけれど、今は捜査に集中しよう。
★★★★★★
ウルスラとフランが消えた場所を調べる。
魔法の眼を用いても、特別な痕跡はなし。家人たちに話を聞くも、関係ありそうな情報はない。
ただ二人の近況を知る事ができた。
ウルスラは物思いにふけることが多くなり、お酒をたしなむようになったそうだ。お茶に混ぜるとおいしいらしい。
フランは以前にも増して剣術の鍛錬に励み、日が暮れるまで自分を追い込んでいたという。
「単純に家出と考えるのは、少しおかしいか」
荷物もお金も持たずに出たこととなる。
いくら公国の姫とはいえ、それはない。
ウルスラが配下の騎士を連れずに出ることはないだろう。
フランは俺のギルドに来た時、ちゃんとお金を持ってた。
いちおう、確認のために大叔父上の秘書であるホテップさんから状況を聞いてみる。
アイシアは戦地にて敵に勝利し、その帰り道の途中で消えた。
デューテは別荘にて休養中、狩りに出て戻らなかったそう。
こちらも荷物はそのままだし、お金も持たずにいなくなった。
はたして家出なのか、ほんとうに誘拐なのか。
「争った形跡はない……誘拐なら……誰か来たのか? 顔見知り?」
苛烈な性格の四人だ。知らない者が近づいてきたら、まず攻撃する。
争っていない、ということは知っている誰かがさらった。
しかし疑問がわく。
彼女たちは神剣の加護により、全ての能力に加えて、耐性も極めて高い。
眠らせるかして連れ去るのは至難の業に思う。
「一度戻るか。みんなに協力をお願いしよう」
ギルドへと帰ることにした。
★★★★★★
それから数日。
ラナに協力してもらって、ガラル公国の公女捜索を進める。
なにかしら手がかりを期待したが――
「まさかの何もなし、か。神剣を腰にぶら下げた子たちだし、目立つはずだけど」
家出にしても誘拐にしても、情報がなさすぎる。
そこが逆におかしい。
美貌、立ち居振る舞い、知名度。どれ一つとっても目立つのに、なにもないのだ。
「……まさかとは思うけれど」
自作自演?
大叔父上が嘘をついているのなら、答えは簡単だ。
だがそれでは理由が思いつかない。そんなことしてなんになる。
誘拐だとしても動機が理解できなかった。
誰からも要求はないと言うし、ガラル公国を敵に回したら身の破滅だ。自殺願望があるとしか思えないのだ。
それ以外の可能性を考えてみる。
家出ではなく、誘拐でもない。
彼女たち自身か、もしくは【神格】に用がある。
なんの痕跡もなく消えたのは、顔見知りの誰かが自ら家を出るようにそそのかしたから。
イイ線かもしれないが、これもまた理由が謎。
【神格】は選ばれた者しか扱えない。力なき者、邪悪な者が触れれば災いが起こる、というのは有名な話だった。
「気まぐれの家出、にしては全員ほぼ同時で、まるで示し合わせたみたいだし、大叔父上は俺のところに行ったと思ったようだしな……」
「シント、なにを考えているのですか?」
ディジアさんがお茶を用意してくれた。
今日は休業日だから、ここにいるのは俺とディジアさんだけ。
みな買い物やら用事やらに出かけている。
いつものにぎやかさはなく、とても静かだ。
「ありがとうございます。ちょっと行き詰まってまして」
「そうなのですか。『あの方たち』のことでしょう?」
「そうです。『あの方たちです』ね」
ディジアさんは俺とずっと一緒にいたから、アイシアとウルスラのことは見ている。
フランとデューテに関しても話を聞かせた。
「シントはあの方たちをどう思っているのですか?」
「……改めて聞かれると困りますけど」
「愛しているのでしょうか?」
あ、愛?
なんで!?
「どうでしょう。小さい時はよく一緒に遊びましたし、なんというか……しょうがないなー、って思います」
「それは、愛、とは違う?」
「どちらかというと、手のかかる妹、みたいな」
「妹……」
アイシア、ウルスラ、フランは年上だけど、ほとんど歳は離れていない。
なんとなく妹みたいに思う。
あとは、そうだな。俺が本家から追い出されたあとも変わらずに接してくれた。お互い、子どもだったから状況がよくわからなかったというのもあるが。
「見捨てるのは忍びない。だけど近づきたくはない、といったところですね」
「ヒトは複雑なのですね」
単純な時もあれば、複雑な時もある。
「ディジアさんは人のことが気になるのですか?」
「ええ、もちろんです。変わった方ばかりで面白い。ヒトはそれぞれ性格や才能が個々に違います」
ディジアさんは社会や人間のことをよく吸収し、常に学んでいる。
ときおり口が悪いこともあるけど、ほんとうに可愛らしいと思うのだった。
「ところで、あの方たちがいなくなったと言っていましたが、見つからないのですか?」
「そうなんです。家出なのか、誘拐なのか……」
今までにわかったことを簡潔に教える。
「魔法で操ったのでは?」
「それはできません」
ディジアさんの思いつきは、否定する。
精神を操る魔法は存在しない。
「かつて研究はされていた、と聞いていますが、精神を操る魔法が成功したことはないんです」
「そうだったのですか」
それこそ、人間の精神は複雑怪奇。個々の魔力は指紋と同様に一人一人異なり、混ぜることが非常に難しい。
精神を操ることは他人の魔力に無理やり侵入するということ。下手すればかけた本人が壊れる。
「そんな魔法士がいるはずは――?」
「シント、どうしました?」
誰か来る。
一人ではなく、複数。
事務所の扉が開く。
やってきたのは、男性。
三十代か四十代か。格好は普通だが、見にまとう空気が尋常ではない。
「すみません、今日は休業日です」
「……」
彼は事務所内を見渡し、なにかを確認している。
「シント・アーナズ、で間違いないか」
「ええ、俺がシント・アーナズです。ここでギルドマスターをしています」
手を使って合図し、ディジアさんを下がらせる。
同時に男が言い放った。
「【神格】をどこにやったのか、教えてもらおう」
はい?
いきなりなに言ってんの、この人。
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