蠢く闇・2 大叔父上からの依頼
「大公さま、シント・アーナズ様をお連れしました」
ラグナ本家でも見たことのない、金と銀の縁取りをされた立派すぎる扉の向こうから、威厳と張りのある声が聞こえてきた。
「うむ、入りなさい」
「ではシント・アーナズ様、こちらへ」
「あ、はい」
守衛によって扉が開かれる。
ここはフォールンのガラルホルン邸。
断るつもりだったが、外に馬車が用意されているという周到ぶりで、結局来てしまった。
赤い絨毯が敷かれた執務室に入る。
蒼いマントをつけた、おそらくはこの世で一番のお金持ちが俺を待っていた。
「久しいな。我が姪の息子よ」
「はい。お久しぶりです。大叔父上」
ガラル公国の主、オフトフェウス。
俺の母さんの叔父さんだから、大叔父さん。
ガラルホルン家においては先代当主の弟にあたる。
最後に会ったのはもう五年以上も前だ。
「俺がラグナにいた時は、ありがとうございました。服や靴を送ってくれましたよね」
「礼はいらんよ。他家のことゆえ、あれぐらいしかできなんだが」
この人からは以前、俺が小屋に移されたあと、一度だけ身の回りのものを贈られたことがあった。
「まあ座れ。話をしようではないか」
表情が読めない。
娘たちの件でなにか言われると思ったが。
「いえ、それよりも依頼があると伺いました」
「これ、話を急ぐな。茶を用意させよう」
調子が狂う。
すでにしてペースを握られそうだ。
しかし警戒は解かない。
大叔父上は、外交の達人、とか、交渉の悪魔、などと各国から恐れられる人だという
とんでもない無理難題をふっかけられても困るし。
「元気でやっているようだな」
「はい。それなりには」
この前デューテが、父さまは白髪が増えた、なんて言っていたけれど、たしかに色の濃い金髪のところどころが白くなっている。
「大叔父上こそなぜフォールンへ?」
「公務に決まっている。しかし今は……それどころではないのだ」
「それどころではない?」
「おまえをここへ呼んだ理由と関係がある」
大叔父上の目がぎらりとした。間違いなく俺の様子をうかがっている。
「シントよ、我が娘たちはおまえのところにいるのか?」
んー? なんの話だ。
「いませんけど」
「やはりそうか。おまえのところにいるのであればまだよかったが」
「話が見えません」
無言で見つめてくる。やましいところはなにもないから、焦ったりはしない。
「実はな、娘たちがいなくなったのだ」
「……?」
「突如として姿を消した」
家出、だろうか。
「誰がですか?」
「全員いなくなった。ある日突然な」
「大叔父上のおっしゃりようだと、誘拐に聞こえますが」
「その可能性がある」
「まさか」
彼女たち四人は【神格】に選ばれた超人。誘拐されるわけがない。
「待ってください。全員? ダイアナも?」
「……ダイアナは家にいる」
少し安心した。
ガラルホルン家の第四公女ダイアナは、俺と同い年で、十歳になるまでは一番よく遊んだ子だ。
俺が本家から小屋に移ったのと同時に、病気になったそうで、それきり会えずじまい。
「ではアイシアとウルスラとフランとデューテが同時に?」
「アイシアは戦地に。デューテは公国の別荘にいた。ウルスラとフランはここで姿を消したのだ。よもやおまえのところに行ったのでは、と考えたが、そうではないようだな」
妙にあっさり納得しているので詳しく聞いてみた。
密かにウチのギルド周辺を調べたのだそうだ。
もちろん来ていないし、俺のところには来れない。
関わらない、としっかりと約束した。
「我が姪の息子よ、おまえに頼みたいのは娘たちの捜索となる」
「捜索、ですか」
「誘拐なのか、家出なのか、手がかりを掴め」
うーん、わざわざ俺に頼まなくともいいんじゃない?
「おまえは公国の者がやればいいのでは、と考えているだろう」
ぎくりとする。
「もちろん、我が家の者にも捜させている。一万人態勢でだ。しかし一向に見つからん」
一万人態勢って。
さすがにスケールでかい。
「待ってください、大叔父上。なにがあったかは知りませんがきっと家出ですよ」
「そうかもしれん。だがシント、考えてもみろ。【神格】を持った者の家出だ。行く先々でとてつもない出来事が起こるはず」
と、頭を押さえる大叔父上。頭痛でもするのだろうか。
「うーん、はい、そうですね」
ちょっとなにかあっただけで暴れそう。
しかしそれがないということは、やはり誘拐なのかも。
信じられないけど。
「仮に誘拐だったとして、放っておいてもいいのでは? 自分でなんとかしますよ。【神格】を持っているのですから」
むしろ誘拐犯が可哀想になる。まず生き残れない。
「そうは言うが、おまえは娘たちを手籠めにしたではないか」
「手籠めっ!? なんでですか!」
思わず声が大きくなった。
俺はそんなことしない。
「娘たちはそう言っていたぞ」
「デタラメです! 戦って、勝ったから帰ってもらっただけですよ!」
「つまりは【神格】の所有者でも負けることがある、というわけだな」
うっ。
やりこめられた。
「なにが起こるかわからんのが世の常。可能な限り早く娘たちを捜しだしてもらいたい」
俺の手など必要はないと思う。
そもそも大叔父上は心配しているんだかしていないんだか、表情がなさすぎてわからない。
「そうですね……ではお断りします」
「なにっ!? ちょっと待てい! 引き受ける流れだったろう!」
ようやく顔色が変わった。
「ガラル公国の主から頼んでいるのだぞ?」
「できるかぎり貴族からの依頼は受けないことにしているので」
貴族お抱えの冒険者はたくさんいる。
しかしそこに自由はない。行くべきではないところに行けと命じられたり、やるべきじゃないことをやれと言われるだろう。
それでは人助けにならないのだ。
「おまえは我が娘たちが心配ではないのか? そもそも親戚だろうが」
「心配はしていません。彼女たちは強すぎる」
俺はもうラグナではないのだから、親戚の関係を持ちだされても意味はない。
「シント、おまえは冒険者だろう」
「ええ、そうです」
「異なことを。依頼から逃げ出す者を冒険者とは言わんよ」
親戚の関係を持ちだしたと思ったら、今度は挑発。
その手には乗らない。
「とは言いましても、一万人態勢だったら俺は必要ない」
「そう言うな。娘たちが心配で仕事が手につかんのだ。このままでは公国の経営も思わしくなくなる。民が苦しむだけよ。だから頼んでいる」
お次は泣き落としか。
ガンガン攻めてくる。
「公国のことは大叔父上の責任でしょう」
「責任、か。ではおまえにも責任を果たしてもらわねば」
「なんの話です」
「娘たちは手籠めにされたのだ。キズモノにしたのだから、協力しろ」
うおおおおおおお! まーた勘違いしてる!
誤解だし、あまりにも人聞きが悪い。
「娘たちはな、おまえのことを憎からず想っている。少しは気持ちに応えようと思わんか?」
この人、次から次へと迫ってくる。
まずい、このままでは断り切れない。
「彼女たちは俺のことなんておもちゃにしか思っていません。お断りします」
「おまえには年頃の娘が思うことなどわからんだろう」
たしかにそうだけど。
女の子たちがなにを考えているかなんて、わかるはずもない。
「おまえの母、アンナは我が娘たちのことを可愛がっていた。目をつむると今でもその光景が思い浮かぶ」
ガラルホルン家の人々が来るたび、母さんは喜んでいた。
それは俺もわかっている。
ガラルの先代当主――つまりは俺の祖父と、現大公の大叔父上は歳の離れた兄弟だった。
俺の母さんとガラルホルン家の子たちはいわば歳の差いとこ。自分の娘みたいに思っていたらしい。
母さんのことを持ちだされたのではかなわないな。
しかたない。
「わかりました。そこまでおっしゃるのならやりましょう。ただし、今回の一度きりで」
「うむ、そうか。よろしく頼むぞ」
放っておくとあとであの子たちからなんか文句言われそうだし、やるか。
「それで、報酬の話なのですが」
「金か。ならば秘書に――」
「いえ、大叔父上と直接交渉したく」
ほう、と大叔父上が目を細くする。
「いくらだ? 言ってみよ」
「10億アーサル」
「…………ん? 10億アーサルだと!?」
さすがに驚いている。
「待て待て! 桁がおかしい!」
「自分の血を分けた娘でしょう? いくらでもお金は惜しまないはず」
「くっ……」
「ガラル公国は大陸でも一番のお金持ち。簡単に払えるのでは」
「それはそうだ。が、しかし、多すぎる。1000万アーサルでどうだ?」
だいぶ値切ってきた。百分の一とは、せこい。
「だめですよ」
「我らは親戚! おまえは我が兄の孫! 少しは遠慮をだな」
「俺は冒険者ギルドを率いています。正当な報酬をいただかなければ」
「ならば娘の誰かに婿入りではどうだ。親のひいき目なしでも美しく、器量も申し分ないだろう」
「すみません、それだけは絶対にないです」
「即答!?」
まず無理。
天地がひっくり返っても、ない。
「じゃあ一億アーサルで。十分の一にしました。これ以下にはできませんね」
「小僧め! よく言うわ!」
悪態をつきつつも、大叔父上はなんだか楽しそうだった。
「わかったわかった。一億アーサルの条件をのむ」
「それでは四人分の四億アーサルをご用意ください」
「なんだと!」
「四人で一億だなんて一言も申しておりません」
大公ともなれば、一度口にしたことは裏返らない。
こんな時、国主は大変だ。ちょっとした言動で信頼を失う。
「……ふう、してやられたわ。いいだろう」
「ええ、ではさっそく捜査を始めます」
話はまとまった。
どこから始めるか考えよう。
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