【予兆】4 終末の始まり
「ごめん、ラナ。戻ったばかりだけど次おねがい」
「うん、いいよ!」
「カサンドラ、隊商の護衛依頼が入ったから隣町まで頼むわ」
「わかったさ」
「アリステラ、出番よ。モンスターの目撃情報があったらしいの。調査を」
「まかせて」
ミューズさんが次々と仕事を回していく。
「ディジア、依頼者の方にお茶を出してくれないかしら」
「はい、すぐに」
うーん、みんな張り切っているな。
「ミューズさん、俺がやりますよ」
「だめ。あなたはさっき三件もこなしたんだから、少し休んで」
納税を終えてから一週間くらいはいつもと変わらなかったのだが、ここにきて依頼が増えてきた。
評判と信頼度が上がった、ということだろう。
Dランクのギルドでこれなら、大手はもっと忙しいんだろうな。
やはり増員は必須。
本格的に考えないといけない。
「おう! 繁盛してるな!」
「タタラズさん!」
腕利きの鍛冶職人、土の民ドヴーのタタラズさんがやってきた。
「依頼してえんだが」
ミューズさんを見る。
彼女は呆れた様子でうなずいた。
「ちょうど俺が空いていますよ」
「すまねえ、急ぎで素材を取りに行ってほしくてよ」
とある傭兵団から大口の作成依頼が入ったため、大量のインゴットが必要になったとのこと。
場所はアダガント山の石街。
「おまえさんにしか頼めねえ仕事だ。報酬ははずむぜ。やってもらえねえか」
「もちろんです」
今はもう午後だから、急げば明日には帰ってこられるだろう。
「さっそく行ってきます。タタラズさんは受付へ」
「よろしく頼む」
俺にしか頼めない仕事、と言われればやるしかない。
事務所から出て≪飛衝≫を発動。
アダガント山まで全開だ。
★★★★★★
「思いのほか大変だったなー」
で、帰り道。
アダガントまで素材を取りに行ったわけだが、俺が着く前に盗まれていて、窃盗団を追う事になった。
なんとか取り戻し、窃盗団を壊滅させたけど、おかげで時間を浪費してしまったのだ。
依頼じゃないから報酬もなし。
その代わりお菓子をたくさんもらった。アダガント石街の名物『石焼き干し芋』だ。
表面がカリカリしていて、甘くておいしいんだな、これが。
昼前にフォールンへと到着。
≪飛衝≫の操作精度が増し、さらに速くなった気がする。
大正門を歩いてくぐり、我がギルドへと向かう。
途中、消防隊が急いで走り抜けるのを見た。
「どこかで火事かな」
一抹の不安がよぎる。
なんとなく早足になり、ギルドに着く。
「戻りました……って、どうしたんですか」
みんなの視線が集まる。
ミューズさんの向かいに座っていたのは、フィップス教授だった。
彼はフォールンの大遺跡で見つかった新区域調査団の長。
遺跡調査の際、護衛を引き受けた間柄だ。
「シント……」
「ミューズさん?」
なんだろう。
全員の顔が暗い。
「アーナズさん、お久しぶりです。しかし、挨拶を交わす暇はありません。すぐに来ていただきたく」
「教授、なにがあったんですか」
嫌な予感はする。とてつもなく。
「総監代行が……」
詳しい話を聞いて、膝から力が抜けそうになる。
教授の案内の元、新区域を視察していたマスクバロンと帝国の役人たちが、崩落事故に巻き込まれたという。
「教授、状況は?」
「総監代行を含め、何人かが瓦礫の下敷きに……消防隊へ緊急通報をしましたが、しかし」
続く言葉は『手遅れ』。
なんということ……
信じられない。夢だと思いたい。
「話はあとで。すぐに救助へ向かいます」
「アーナズさん!」
そんな馬鹿な。
あの人が死ぬ?
ありえないことだ。
人目など気にしていられない。
≪飛衝≫を使用し、一気に空へ。
数分とかからず遺跡の入り口へと着く。
そこにはすでに多くの関係者が集まっている。
さきほどの消防隊はここに来ていたか。
「すみません、入らせてもらいます」
「待て、危険だ!」
入り口を見張る憲兵に止められる。
「フィップス教授の依頼で来ました。救助の手伝いです。人手はいくらあってもいいはず」
冒険者ライセンスを見せた。
ここで時間はかけられない。
「む、ミスリル級冒険者か……しかし」
「俺は魔法士です。瓦礫を除去できるかもしれません」
「……わかった、が自己責任で頼む」
中に入り、走る。
崩落場所は新区域の入り口近くだ。
たどり着いた俺は、絶句するしかなかった。
天井が崩れ落ち、部屋のほとんどが重い瓦礫で埋まっている。
消防隊が岩をどかそうと作業をしているが、進んでいるようには見えなかった。彼らの顔には絶望しかない。
「俺も手伝います」
消防隊の人に声をかけた。
顔を汚れだらけにした隊員だ。
「君は?」
「シント・アーナズ。冒険者。魔法士ですので力になれるかと」
「そうか。頼む」
岩を魔法で破壊はできない。まだ生きている人がいたら巻き込んでしまう。
「≪土之石陣≫」
見えるところからゆっくりと土を生成。盛り上げて岩をどかした。
「おお! 魔法か!」
「助かる!」
「急ぎましょう。生きている人がいるかもしれない」
嫌な……とても嫌な汗が出てくる。
あまりにも規模の大きい崩落。生存者がいるとは思えない。
「でも、マスクバロンなら――」
『やあ、シント少年』
などと言って出てくる気がした。
「……」
岩の大部分をどかしたところで、全員の手が止まる。
赤い液体の付着した床が見えてきた。
「血……」
言葉がない。
さらにどかしたところで、膝から崩れ落ちた。
誰かのちぎれた腕。
その指に嵌められているのは、フォールン総監の証である指輪だった。
「そんな」
夢じゃない。現実だ。
マスクバロンは、死んだのだ。
「もしかして……知り合いなのか?」
背後からかけられた声に、うなずくのが精一杯だった。
「そうか……気の毒にな。とりあえず全員の死亡を確認した。協力に感謝するよ。ありがとう」
「はい……」
俺は。
しばらくそこから動けないでいた。
★★★★★★
アルハザード卿、またの名を仮面男爵。
そう呼んでほしいと、あの人は言っていた。
なにをしても、なにをされても、死にそうな人じゃなかったのに。
葬儀は帝都にて行われるそうだ。
きっと家族がいるんだろう。
「シント、だいじょうぶですか?」
ドアがノックされて、入って来たのはディジアさんだ。
「すみません、ディジアさん。だいじょうぶです」
今は自分の部屋で休んでいる。
だいじょうぶとは言ったものの、一日たっても頭が働かない。
「フィップスという方がいらっしゃっていますよ。お帰りいただいた方がいいのでは?」
「教授が……? いえ、会いましょう。一人でこうしていたってどうしようもないですし」
なんの用だろうか。
重い腰を上げて、事務所まで歩く。
「アーナズさん、この度は」
「あなたも」
お互い、マスクバロンとは関わりのある人間だ。
亡くなったことは残念でならない。
「今日はどうしました?」
「第三次調査が延期になりましたのでな。それを伝えに」
「そうですか。当然ですね」
崩落が起こり、死人まで出た。無期限の延期なのもしかたがない。
「……」
教授が黙りこくっている。
「フィップス教授?」
「アーナズさん……」
彼はしきりにハンカチで汗をふいていた。
「その、崩落など起きるはずがないのです」
起きるはずがない、とはなんの話だ。
「安全性はしっかりと確認しておりました。それに……前兆はなかった。揺れもしなかった」
「地震が原因ではないと?」
「ええ、最初の調査の時、魔法震があって崩落しました。あなたがそれを受け止めた」
「そうですね」
「しかし今回はなにもなかったのです。それに私は……おそらく私だけが見ました。天井が一瞬……光った」
教授は、崩落が人為的なものだという。
「つまり、誰かがマスクバロンを意図的に……?」
「私はそう思っております」
事故に見せかけた殺した。
誰かに命を狙われていたのか?
「そういえば」
以前、盗まれた骨董品の行方を探す依頼の時、ラナが言っていた。
総監邸には抜け道や武器が隠されており、備えがあるのだと。
やはり命を狙われていた、と考えるのが妥当か。
しかし、いったい誰がなんのために。
突き止める必要がある。
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