シャドウゲーム 11 ≪ミミック≫
「興味がないかどうかは、話を聞いてからでもいいのでは?」
告げると、男爵はため息をついた。
やれやれ、といった様子だ。
「だったらさっさと言いたまえ。時間がもったいない」
「ええ、初めからそのつもりです」
一つずつ、聞いていこう。
「ペンダントについてですが、あなたのものではないと?」
「そうだ。なにか勘違いしているのではないかな」
しらを切るか。
「おかしいですね。あなたの家で拾ったのですが」
「……なに?」
再び顔色が変わる。
「ちょっと待て。勝手に押し入ったのか!」
「いいえ。訪ねたら扉の鍵が開いていたので、なにかあったのではと思いました。泥棒でも入っていたら大変ですし」
「泥棒は君じゃないか!」
「ではペンダントはあなたのものなのですね?」
「……くっ」
彼は言葉に詰まる。
畳みかけよう。
「あなたはシャーリーズさんと交際していた」
「……それがどうした。これは、そう、秘密の交際だったのだ。だからさっきは……」
「言えなかった」
「そうだよ! 人のプライバシーにずけずけと!」
「彼女は殺人事件に巻き込まれ、亡くなりました。もちろん知っていますよね?」
「……ああ」
悲しそうな表情は一向に出てこない。
男爵から感じるのは、ひたすらな焦りだ。
「そしてもう一つ。あなたはアダーハ・ナーリー・キーンさんから借金をしていた。それも間違いない?」
「くっ……この! いい加減にしたまえ!」
男爵が怒鳴り声をあげる。
子どもたちが離れていった。
これで、場にいるのは俺たちと男爵だけだ。
「君には関係ないだろう! なんなのだ! なんの――」
「ではフォールン憲兵本部まで同行願います。そこでならゆっくりと話ができますから」
「な、なんだと? 君は冒険者だろうが! そのような権限はない!」
「ありますよ。長官から一時的に権限を与えていただきました。問題はないかと」
男爵が黙り込む。
「シント、もういいでしょ。力づくで連れていけばいいじゃない」
「サンドバッグにしちゃう?」
それができればそりゃあ楽でしょうけれども。
彼はあくまでも容疑者であって、まだ犯人とは決まっていない。
「あなたは連続殺人事件の被害者二人と関わっている。二人が殺害された日はどこにいました?」
「ふん……私が殺人犯だと疑っているわけか。だが、それはどうかな。私はこうして子どもたちにお菓子を配っているんだ。十年もね! 貴族であり善行を行う人間と、得体の知れない冒険者。憲兵がどちらを信じるか、言うまでもない」
男爵の言っていることはズレている。
明白な証拠がないから逮捕されないとでも思っているんだろう。
「すみませんが聞いたことに答えてください」
「答える必要はない」
「ならばやはり憲兵本部に来ていただくしかない」
男爵は動こうとしなかった。
では次の話をしようか。
「ところで男爵。流し台の排水口は洗いましたか?」
「なんの話だ……?」
「血がついていました。だからここに来た」
露骨に表情が変わった。
だいぶ焦っているな。
「肉だよ。肉を切った」
「その時に怪我でもしました?」
「そう! そうだ!」
「あなたの手や腕は怪我一つないように見えますけど」
「……」
男爵は口を閉じ、一瞬だけ懐をまさぐるような仕草をした。
もしかしたら、という勘が働く。
≪透視≫を発動。
魔力を込めすぎると全裸どころか筋肉や骨まで見えてしまうから、ほどほどに見る。
勘は当たった。
懐に刃物のようなものを忍ばせているのが見える。
「ずっと気になっていたのですが、懐に入れているのはなんですか? 刃物、ですよね?」
不意打ちだったせいで、男爵は懐に手を入れた。
「な、なぜ……」
「やはり。それを見せてください。これはお願いではありません」
男爵は固まったままだ。
顔から大量の汗を流し、目をギョロギョロさせている。
呼吸が荒くなり、かすかに震えていた。
「もう観念なさっては?」
凶器は決定的な証拠になりえる。
王手だ。
「………………くくく」
追い詰められ、諦めたかと思いきや、男爵は笑い始める。
「十年前の大戦に参加した時にな」
ついさっきまでと違い、落ち着いた様子でしゃべり始めた。
なにを語ろうとしているのか。
「南方に出向いたわけなのだが、そこに珍しい生き物がいてね……カメレオン、というトカゲの仲間なのだそうだ」
図鑑で見たことがある。
周囲の景色に擬態する一風変わった生き物だ。昔は魔法の生物だと言われていたらしい。
「ほんとうに……ほんとうに面白いと思ったものだ」
「なにがですか?」
「だって……私と似た能力を持っているのだからね!」
男爵が両の拳を握る。
魔法が発動する気配。
「ふふふ……≪ミミック≫……」
魔力がふくれ上がると同時に一瞬の閃光が走る。
たちまち男爵の姿が消えてしまった。
「えっ? 消えたよ?」
「なんなのよ、これ」
フランとデューテは驚いている。
仕組みがわかれば、納得だった。
今回の事件。殺人犯はその場からまるで煙のように消え、目撃されず痕跡も残さないという。
男爵が使用したのは光魔法だ。
光彩を利用した擬態。消えたように思えるのは、これが原因だった。
「新魔法だと思う。たぶん、光の屈折を利用した彼のオリジナルなんだろう」
「呑気ね。追わなくていいの?」
「追うよ」
問題はない。
「≪探視≫」
見るのは魔力の流れ。
通りは人がたくさんいるものの、常に魔法を使用しっ放しの男爵は目立ちすぎる。
「奥に入っていった。行こう」
「やっと終わりね。ところで、なんで懐に凶器があるってわかったのよ」
「なにか持っているのが見えたんだ」
他にも理由がある。
「家に凶器がなかったから、持っているんじゃないかって思った。元軍人だし、万が一のために武器を所持するでしょ?」
「持ってなかったらどうする気だったの」
その時はその時だ。
しかし彼が凶器を持っていたの事実。
さあ、追いついて話の続きをしようか。
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