シャドウゲーム 7 シャーリーズ・バイクラン
次に向かう場所は同じく上流階級が住む区域だ。
二人目の犠牲者、シャーリーズ・バイクランはお金持ちの家のお嬢さんだった。
「殺人が行われた場所には行かないわけ?」
隣を歩くフランの意見はもっともだが、二件目の事件が起きたのは二か月前。すでに現場は片付けられている。
「それよりもちょっと気になることがあるんだ」
「なにか見つけたのね?」
「じゃあもう解決だよ。終わりにしてなにか食べたいー」
「一人で行って来なさいよ」
「お金持ってないもん」
「はあ? なにしに来たの、あんたは」
姉妹で喧嘩が始まりそうだ。
置いていっていい? いいよね?
「シントー……まだなの?」
「まだだよ。でも話を聞いたら食事にしよう」
「やったー!」
やれやれ、である。
★★★★★★
「帰ってくれ! もう話すことなどなにもない!」
バイクラン家の主である、バリンズさんが声を荒げた。
「娘を助けられなかった憲兵隊になぞ!」
彼の悲しみは相当なものだ。
これでは取り付く島もない。
「シャーリーはもう結婚も決まっていたのだぞ! それなのに……なぜ! どうして!」
憲兵の名を出しただけでこの有様だった。
来るべきではなかったか。
声を聞きつけた使用人の方々が慌ててやってくる。
「お帰りください。旦那様を休ませてほしい」
白いひげをたくわえた執事の老人が俺たちをにらみつける。
「なによ、まだなにも聞いてないじゃない」
「フラン、いいんだ。すみませんでした。俺たちはこれで」
バリンズさんから話を聞くのは難しいと思う。
結婚が間近だったという話は、憲兵隊の資料にもあった。
聞きたいのはそこじゃなく、一人目の犠牲者とつながりがあるかどうかだったのだが、無理そう。
フラン、そしてデューテとともに外へ出る。
姉はともかく、妹の方はもう完全に飽きていた。
「人間なんていつか必ず死ぬのに、どうして悲しむの?」
「デューテ?」
なにか思うところがあるのだろうか。
「シント、これじゃ無駄足よ」
「そうなんだけど、結婚相手にも話を聞いた方がいいかな」
「それって関係あるの?」
「……」
結婚相手の情報も、資料にあった。
相手は貴族の長男で、評判の良い人物だという。父親が行政府に出仕しているというから、犯人に対し賞金が出されたことに関係しているかも。
「なによ、黙り込んで」
「あ、いや、最悪を想定すると……って、デューテは?」
「知らないわ」
さっきまですぐそこにいたはず。
飽きすぎて帰ったのか。
探そうとしたところ、悲鳴が聞こえた。
庭の隅からだ。
「あひええええええええ!」
「捕まえたー」
デューテがそこにいたわけだが、もう一人、知らない女性がいる。
メイド姿で、顔色の良くない痩せた人だった。
「なにをしているんだ、デューテ」
「だって、この人さっきから物陰に隠れて見てるんだもん」
デューテの異常な腕力にがっちりとハグされた女性は、なぜか恍惚の表情を浮かべている。
「い、いけませんわ、お姫さまにそのようなことをされては……私……ああ、でもいい匂いが……」
関わってはいけない人かもしれない。
「あなた、私たちを監視していたの?」
「滅相もございません! ただ、その、公女殿下でございますよね? 握手とは言いません。せめておみ足を撫でさせていただければ……」
「なんでよ。というかわたしたちのこと知っているの?」
「ええ、その振舞い、美しさ。私が妄想していた通りのお方ですわ!」
まずいな。
人の趣味に口を出したくはないが、これは危険だ。
「デューテ、離してあげて。食事に行くよ」
「うん、わかった」
「それじゃ」
と、背を向けたところ、呼び止められる。
「お待ちください! その、お嬢様のことをお調べになるのですよね?」
聞き捨てならない言葉だった。
「私、たぶん……誰にも言えないことがあって、でも」
「誰にも言えないこと?」
神妙な面持ちで彼女はうなずいた。
ちらりとフラン、そしてデューテを見る。
「話して」
「はい……」
上からの不遜な目で見られたメイドさんは、またもや恍惚とした顔になる。
うん、真面目にやってくれないかな。
「お嬢さまは……その、男性とお付き合いをしていました」
「それって、婚約者では?」
「いいえ、違います。わたしはお嬢さまと年が近いこともあって、よくお喋りをしておりました……婚約者の方とは違う男性です」
風向きが変わってきた。
資料にはなかった話だ。
「二股ってことかしら」
「それも違います! ご婚約が決まり、そちらの方とは縁をお切りになられたと言っていました。でも、しょせん叶わない恋だったと諦めておられたのです」
婚約は親同士が決めた、いわば政略結婚だという。
婚約が決まったことで、それまで交際していた男と別れた、という話だ。
「その人の名前は知っていますか?」
「いいえ、ですが……お嬢さまは『アール様』と」
「アール……記憶にはない名前だ」
謎の人物か。できれば正体を知りたい。
「名前ではございません」
「どういうこと? アールって男じゃないわけ?」
「はい。名前は教えていただけませんでした。旦那様にも秘密だと。だから、アールは頭文字です」
なるほど。秘密の交際だったのか。
アールは、旧帝国語の文字で『R』。
俺たちの社会では、新帝国が創られた数百年前に文字や言語が変わった。
しかし、名前だけは変わらず旧帝国語で綴られることが多い。
「アール……誰だろう」
「あなた、それ憲兵に言わなかったの?」
フランが尋ねると、メイドさんはうつむいてしまった。
「私、その、男性が怖くって。憲兵の方たちってなんか変な匂いがしますし、毛むくじゃらですし」
ひどい偏見だな。
そう考えたところで、疑問が起こる。
「俺も男なんですが」
「ああ、あなたは無害そうですから」
褒められているのか、けなされているのか、わからない。
「いいんじゃない、シント。女装でもしてみたら?」
「それ似合うかも。シント、服買ってあげるね」
さすがに怒ってもいいんじゃないだろうか。
まあいい。気を取り直して、話を続けよう。
「他にもなにかありますか?」
「……いえ、他にはなにも」
「亡くなった日の様子はどうでした?」
「ご友人の方々とお食事に行くと言って出かけました。旦那様は止めたのですが、結婚する前に一度、皆様にお会いしたいと」
そしてそのまま帰らぬ人となった。
気分が悪くなってくる。
「貴重なお話をありがとうございます」
「その……犯人は?」
「必ず捕まえます」
固く約束をして、その場を離れた。
「アールって頭文字の男を探すのね?」
「探すまでもないかも」
「ふーん、なにか掴んだ……ってことかしら」
俺の考えていることが確かなら、つながりはできた。
「お腹空いた。早く行こうよ」
「はあ……デューテ、あなたねえ、緊張感って言葉知らないの?」
「キンチョウカン? 知ーらない」
「死にたいの?」
「その前にお腹が空いて死ぬもん」
フランは美貌にびきっと血管を浮かび上がらせて、剣の柄に手をかける。
「あ、そうだ! 姉さまをサンドバッグにすればいいじゃん!」
「やってみなさいよ。できないと思うけど」
また揉めてる。
こういう時は、話題をそらす。
「フラン、デューテ、そういえばガラルホルン家のみんなは元気かな?」
「なによ、急に」
「しばらく会ってないしね」
十歳で俺が本宅から追い出されるまで、彼女たちがラグナ家に来た時はよく遊んだものだ。小屋にいる時もたびたび現れては無茶なことばかり言ってきたな。
「大叔父上は?」
「元気よ。今もいつだってなにか企んでるわ」
「父様ねー、白髪が多くなったんだー。抜いたら怒った」
「そりゃ怒るよ」
とりあえず落ち着いたようだ。
彼女たちはいつも気まぐれで、わがままばかり言うから、昔から落ち着かせるのに手を焼いていた。
「さあ、まずは食事にしよう」
「……そうね。なんだか白けたわ」
「やっとだー! もうお腹ぺこぺこなの」
これでいい。
商業区に向かおう。
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