シャドウゲーム 3 ギブアンドテイク
ラナは事件の情報がない代わりに行政府の動きを少し掴んできた。
フォールンを恐怖に陥れている連続殺人犯については、行政府より全市民に注意の呼びかけがなされるという。
他にも夕刊にて事件の概要が知らされるという話だ。
外に出ると、二人はちゃんと待っていた。
「遅いわよ、シント」
「暑いー、もう行こうよー」
「ああ」
思いがけないことだと思う。
超名門大貴族の第三公女フランヴェルジュ、そして第五公女デューテとともに仕事をすることとなった。
余計なことが起きなければいいのだけれど。
「で、どこにいくわけ?」
「事件の内容を詳しく知りたい。フォールンの憲兵本部に向かう」
行政府からの書類には、詳細な情報は憲兵本部にて、と記されている。
街全体を巻き込んでの捜査となるだろう。
賞金が賞金だけに、憲兵や冒険者以外にも動き出す人がいるかもしれない。
「……悪手だ」
「シントー、なにぶつぶつ言ってるの?」
「いや、さっさと行こう」
足早に街の中心部へと向かった――のだが、商業区にさしかかったところで問題が発生する。
すれ違う人々、特に男性からの視線が集まりまくっている。
原因は言うまでもない。
鍛えられた刃を思わせる肉体と気品が溢れる立ち居振る舞い。加えてフランは美貌。デューテは愛くるしさ。
目を引くのは当然だった。
「人混みは嫌いだわ。うるさいったら」
「お肉食べたい」
まずいぞ。目的地へついていないのに二人の機嫌が斜めになってきた。
機嫌に関してはどうでもいいが、街中で暴れられてはかなわない。
「フラン、デューテ、変装してほしいんだけど」
「なんでよ」
「変装? 面白そう!」
すぐ近くの露天商に、ちょうどいい品がある。
太陽光を遮断するメガネだ。
「黒メガネ? いやよ、視界が暗くなるじゃない」
と言いつつも、渡すと顔にかけた。デューテもだ。
屋台にかけられた鏡を見て、ポーズをとっている。まんざらでもないみたい。
「まあ、あなたからの貢物ってことね」
「なんか変じゃない? 似合う?」
「ああ、うん、似合う似合う」
彼女たちはなにを身に着けても似合うだろう。
黒メガネのおかげで、注目度が薄まった。なんとか商業区を抜けて、政府関係の施設が立ち並ぶ中央区まで到着。
しかし、またしても問題が起きる、というか、起きていた。
フォールン憲兵本部の入り口前にかなりの人だかりができている。
ほとんどが武装した人たちで、俺と同じく情報を求めてやってきた冒険者だった。その数は100人どころじゃない。1000人はいるんじゃないかってくらいだ。
「なんの騒ぎなの、これ」
フランが露骨に顔をしかめる。
「おい! 情報出せよこら!」
「なんで入れてくれねーんだよ! 情報もらえるんだろぉ!」
「今はダメだ! 下がりなさい!」
「上の指示があるまで情報は出せないんだよ!」
冒険者と憲兵が揉めている。
だいたい予想通りだ。あんなに高額の賞金をかけたら、人々が争ってしまう。
「シント、あそこに入るんでしょう? 蹴散らしなさいよ」
「それはダメだ」
「じゃあわたしがやるわ」
「わたしもやるー」
それもダメに決まっているでしょう。
「入る方法を探さないと」
周囲を見回してみる。
入れそうな場所はない。
人だかりから離れて、憲兵本部の側面に回る。
するとそこで見覚えのある顔、ではなく仮面を見つけた。
「マスクバロン」
「おや? シント少年、ここで会うとは」
「たしかに。最近よく会いますね」
「私は君のファンだからな。実は後ろをつけ回している」
「へ?」
「ふふふ、冗談だ」
なにを言いだすのかと思えば。
アルハザード卿――またの名を仮面男爵が、騒ぎを遠巻きに見ていた。
彼の隣には若い憲兵服の男性が二人立っている。
「こちらはマルクト中尉、そしてアダント少尉だ。優秀な若手で私の監視役なのだよ」
監視役、と紹介されて二人は気まずそうだった。
「シント・アーナズです」
自己紹介すると、握手ではなく敬礼された。
「そちらのお嬢さん方は?」
どうしようか。ガラルホルン家の公女だなんて言ったら騒ぎがさらに大きくなりそう。
「フランとデュー。知り合いです」
「シント、ちゃんと紹介なさい」
「テキトーじゃない? サンドバッグにしちゃうよ?」
「それは後で。それよりもマスクバロン、もしかして中に入れないのですか?」
二人が後ろでなにやら文句を言っているが、それは置いておこう。
尋ねるとマスクバロンはおおげさにうなずいた。
「さすがに強行突破するわけにはいかないのでね。少し様子を見ていたところさ。君は情報をもらいに来たのか?」
「ええ、そうです」
「意外だな。金につられるとは思えないが」
理由の大きなところはお金じゃない。
「もちろんお金があるにこしたことはありませんが、違います」
「ではなぜ?」
マスクバロンは興味深そうに聞いてくる。
「俺が心配しているのは、賞金が高額すぎて罪を着せられる人が出てくるかもしれないということです。そうなったら犯人が野放しのままだ」
「まったくの同感だな」
「すでに街は混乱状態。犯人にまで逃げられたら目も当てられない」
「だから君が捕まえると?」
「可能なら」
簡単に捕まえられるなんて思ってはいない。
「できるかもしれないのに、やらなかった。もしそれで誰かがいなくなったら……絶対に後悔する。お金じゃなく、自分のためですよ。俺が後悔したくないだけ」
マスクバロンは小さく笑った。
「それでこそ君だ。だが、憲兵本部に入れないのではな」
「そうなんですが……」
憲兵本部はかなり大きな建物だ。
俺一人なら飛んで屋上から行ける。
「いや、みんな行けるか?」
黒蛇竜の盾に乗せればやれそうだ。
「マスクバロン、高いところは平気ですか?」
「問題はないが」
「二人はどう?」
「なーに? 上から入ろうっていうの?」
「うん、そう」
魔法≪感応ノ心意≫を使用し、盾を浮かす。
「これに乗ってくれ。屋上から行こう」
「いらないわ。自分で行くから」
「うん、このくらいの高さならジャンプするし」
うん? どういうこと?
「フラン?」
「先に行ってるわ」
彼女は少し下がって勢いをつけ、本部の壁に向かって走る。
めちゃくちゃな速さだった。そしてそのまま壁を地面にようにして、屋上まで走っていく。
いろいろとおかしいな。
重力を無視しているように見える。
「わたしも先に行くね!」
デューテもまた勢いをつけて走り、思い切りジャンプした。
人間が出せる高さじゃない。ひとっとびで三階の窓に張り付き、足場にして上へ進む。
「シント少年、あのレディたちは魔法を使ったのか? それとも幻覚か?」
マスクバロンは半笑いだった。
隣のマルクト中尉、そしてアダント少尉はあんぐりと口を開けて、硬直している。
「俺たちも行きましょう。マスクバロン、すみませんが盾の上に乗ってください」
「うむ、いいだろう。中尉、少尉、君たちは入り口から来たまえ」
「え、ちょ……」
「閣下!」
マスクバロンは二人を置いていきたいようだ。
「では行きます」
盾を上空へ動かしつつ、俺自身も≪飛衝≫を使い、空へと浮かぶ。
「どうなってる……?」
「なんで空に」
中尉と少尉はまたもや固まっていた。
「シント少年、君は実にちょうどいい時に来てくれたよ」
「なにか問題が?」
「ああ、今回の協力要請なのだが、実は行政府が勝手にやったことなのだ」
なるほど。
合点がいった。
犯人に対して敗北を認めたかのような要請を、憲兵隊がするはずない。
「私は総監代行として行政府と憲兵隊の仲裁に入ったのだが、逆に疑われて監視役までつけられる始末。なので今からフォールン憲兵隊の長官に会うところだ」
そういうことか。
役に立ててなによりだ。
「君も同席願おうか。言い方は悪いが、利用させてくれ」
「では代わりに殺人犯の情報をもらえるよう取り計らってください」
「ギブアンドテイク。いいだろう」
話は決まった。
俺も利用させていただこう。




