新しいメンバーが加わった
「シント、まずは食事ですか?」
外に出るなりディジアさんが聞いてくる。
追いつこうと思ったが、カサンドラたちはもう先に行ってしまったようだ。
「そうですね。ディジアさんはなにが食べたいですか?」
「わたくしは食事をいたしませんので」
そういえば水を飲んでいるのは知っているが、食事をしているところは見てない。普段はだいたい本の姿だから、気が回らなかったな。
「それは……なぜ?」
「わたくしにもわかりませんが、ヒトのようにお腹が空いたりはしないのです」
変わってるなー。
となると食費がかからずにすむ。反面、『おいしい』を知らないのか。もったいない。
「おそらくは、不完全だからでしょう」
「じゃあ水を飲んでその姿を維持している?」
「いいえ、わたくしはあなたの魔力をいただいているようです」
「え?」
初耳だ。
「なんで言ってくれなかったんですか」
「シントはいつも忙しそうにしていますし、言いづらかったのです……」
彼女はなんだか恥ずかしそうで、顔を赤らめている。これ以上聞くのははばかられた。
「そ、そうですね。すみません……」
「いえ、いいのです……」
妙な気分になってくる。俺とディジアさんがつながっているのか、あるいは彼女が魔力を吸収する能力を持っているのか。どちらにせよ、変な感じだ。くすぐったくなる。
「わかりました。じゃあ甘い物なんてどうですか? 別腹ともいいますし」
「甘い物……いただきましょう」
いい笑顔だ。
ディジアさんを連れ立って、菓子店へ向かうことにした。
★★★★★★
そして夜――
総監邸に行って見ると、明かりがついていた。
守衛はおらず、部下の人たちもいない。
「シント、わたくしは本の姿に」
薄い光ととともにディジアさんが本に戻る。
もう人間のままでいいとは思うけれど、しかたがない。
門は開いたままだったので、おそるおそる入ってみる。
すると――
「マスクバロン?」
「やあ、シント少年」
驚くあまり、少しだけ止まってしまった。
彼はエプロンを身に着け、白い頭巾をかぶり、丁寧に床を掃除をしていたのだ。
「えーと、すみません。掃除、ですか?」
「よくわかったね」
いやわかるよ!?
「お邪魔なら帰りますが」
「いいや、信じられないくらい暇だったのでね。こうして掃除をしていたのさ。しかしそれも終わりにしようか」
総監代行自らが掃除って、すごいな。
「さ、お茶を淹れよう。こちらへ」
「はい」
で、執務室。
いつもの官服に戻ったマスクバロンが淹れたお茶に口をつける。
うまい。
「さっそく本題なのだが、まずは君があそこにいた理由を聞きたい」
「わかりました」
ギルドメンバーの同級生が行方不明になり、その足取りを追ってたどり着いたことを説明する。
「依頼ではなかったのか。ならば納得だ」
「納得とは?」
「私のところには、冒険者が動いている、という情報はなかったのでね。もしそうなら止めていたところだ」
マスクバロンもまたお茶に口をつけてから話し始める。
「ここからは私があそこへ行った話になる。実はフォールン財務庁長官の娘さんが行方不明になったのだよ」
彼はカタリーナ嬢という女の子を最優先で保護していた。
理由はそれか。
「重要人物の家族が誘拐されたとなれば、事は重大。今年に入ってから反帝国主義者が暗躍していたということもある。そして……連続殺人事件もいまだ未解決だ」
以前、ちらりと聞いた。
憲兵隊は現在、それらの事件を追うのに手がいっぱいだと。
「憲兵隊だけでは手に余ると、私を始め、各方面へ秘密裏に救出の命が下った。一般の人間には知られぬよう動いていたのだが」
さすがにびっくりした。かなりのおおごとになっていたのか。
「ではあの人さらいたちは」
「うむ。誰とつながっているのかはこれから明らかになるだろうが、ただではすむまい」
知らぬこととはいえ、捜査の邪魔をしたみたいだった。
しかしながら、水面下での動きを知っていたとしても、踏み込んだだろう。放っておけば誘拐された子たちがなにをされていたか、想像に難くない。
「誘拐された少年少女たちは、多くが新市街か、その近くで姿を消したところまでは突き止めた。そうして捜査に当たっていたら、揉め事が起きていると聞いたのだよ」
俺たちが冒険者を装った集団と戦ったことだろうと思う。
「そこで話を聞き、あの施設へたどり着いた。よもや君に先を越されていたとは少しも思わなかったがね」
「なんかすみません」
謝るとマスクバロンは笑った。
「まあ、結果的にはみんな無事だったから、問題なしだ。私の評価もうなぎのぼり」
「それはそれは。おめでとうございます」
とりあえず持ち上げておく。
ただ、根本的な解決はしていないように思える。
「シント少年、君はなにか掴んだのかい?」
「いえ、特にはなにも。ただ気になる事がいくつか」
「ほう?」
ニセ冒険者を仕立て上げてまで大がかりに行う誘拐なのに、見張りはほとんどおらず、幽閉場所も警戒がなかった。いくらなんでも緩すぎる。
それを伝えると、マスクバロンはなにかを考えこんだ。
「もう一つあります。救出した子から聞いたのですが、彼女は奴らから『時空間に干渉できる【才能】』のことを尋ねられたそうです」
「時空間に干渉……? そのような【才能】はないと思うがね」
「同感です。ぶっとびすぎてる」
「ははは、君がそれを言うか」
うん?
「魔法を用いて絶望の暴君を収納していたのもそうだし、空間の移動も魔法でできるのだろう?」
そうだった。
マスクバロンは知っているんだった。
「違いますよ。≪次元ノ断裂≫はそこにあると仮定した異次元に干渉しているのであって、空間ではありません。これは多次元理論、とでも言いますか、そんな感じです」
「……ええと?」
「あと、≪空間ノ跳躍≫については、空間というよりは物体と魔力に干渉しています。こちらは『アルスレアの定義』を利用した『魔力波形理論』の応用でして、それを俺が習得した術式に編み込みました」
「すまない。人間の言葉をしゃべってくれるかな」
「新帝国語なのですが」
「そういう問題ではないが……」
彼は、こほん、と咳ばらいをする。
「空間に干渉しているのではない、ということだけはわかったよ」
「あ、はい」
「しかし、見過ごせない話でもある。まさかそのような【才能】を探しているとはな」
「俺もなにがなんだか」
「……ふむ。このような事件が起こるのであれば【才能】などない世界の方が良いとさえ思える」
同じ気持ちだ。特に俺はなんの【才能】を持っていない身だから、余計にそう思う。
「マスクバロン、なにかが起こっているのはないでしょうか」
「そうだな。突きとめねばなるまい」
手がかりは少ないだろうが、捕まえた男たちからなにかわかるかも。
それから少し世間話をしたあと、握手をして、総監邸を辞する。
(……)
「ディジアさん、どうしました?」
彼女は総監邸に来てからずっと黙っていた。
(少し……不安なのです)
「不安……なにがですか?」
(はっきりとは言えませんが)
たしかに今回の件は、謎が多い。
「とりあえずは帰りましょう」
(はい、我がギルドへ)
そうそう。さすがにもうディジアさんが姿を現してもいい頃だと思う。
★★★★★★
「ただいま」
ギルドの事務所に戻ると、メンバー全員がいた。
「おかえりなさい、ギルドマスター。大変だったみたいね」
ミューズさんは事情を知っているようだった。カサンドラから聞いたのだろうと思う。
「いろいろあったけど、解決できてよかったさ」
「シントさん、ありがとうございました。リザは家まで無事送り届けましたから」
「うん、ほんとうによかった」
みんなの顔を見る。
そろそろいいかな。
「ディジアさん、もう出てきてもいいのではないですか?」
(少し恥ずかしいですが……)
「顔合わせは済んだわけですし」
(わかりました)
観念した彼女は、本の姿からの人間となる。
驚きをもって迎えられ…………なかった。
いまさら、という雰囲気だ。
むしろ、アリステラやラナは駆け寄ってじろじろ見ている。
「わたくしもここで働きたいと思います。みな、どうぞよろしく」
「……よろ」
「うん、よろしくね!」
「なんの仕事をしてもらおうかなー」
「よろしくさ」
「改めて、アミールです。よろしくおねがいします、ディジアさん」
問題はないようだ。
ほっと一息つけた。
正式にディジアさんという新たなメンバーを加えて、『Sword and Magic of Time』がまた始まる。
まあ、この後は質問攻めになるだろうけど……




