事件ファイル【行方不明の女学生】・2 冒険者風の男
目的の場所である商業区と新市街の境目に着く。
ここから町並みが一気に変わり、雑多な雰囲気が強くなった。
アミールの友人であるリザさんの足取りが消えたのはこの周辺。
いなくなってから一週間が過ぎていること、そして通りを歩く人が多すぎるので、≪探視≫による痕跡の判別はできなかった。
「シントさん、ここからどうすればいいですか?」
「通常は目撃情報なんかを聞きこむんだけど、アミールはもうしたんだよね?」
「はい」
五日も一人で探していただなんて、恐れ入る。
どうするかを考えていると、通りで人だかりができているのに気がついた。
「だいぶにぎやかだな」
背の高い男性の元に、子どもたちが集まっている。
「あれはなにをしているんだ」
「ああ、ドラム男爵だね」
カサンドラは知っているようだった。
「知っているの?」
「男爵はここらじゃ有名人さ。ちょっと変わってるお人なんだけどねえ。良い人なんだよ。もう十年もああやって新市街の子どもたちにお菓子を配ったり、服をあげたりしてる」
「僕もお菓子をもらったことがありますよ」
篤志家、ということなのだろうか。
年の頃は四十代といったところ。長身で細身のハンサムな男性だった。
「アミール、男爵には話を?」
「いいえ、あの方は週に一度しか来ませんし」
なるほど。
聞くだけ聞いてみよう。
子どもたちの輪に入り、話しかけるタイミングを待つ。
ドラム男爵はすぐ俺に気づいた。
「君は?」
「突然すみません。ドラム男爵閣下でいらっしゃいますか?」
「そうだが……」
男爵はいきなり来た俺に警戒を抱いたようだが、カサンドラとアミールを見て笑顔になった。
「おお、久しぶりだね。カサンドラ嬢にアミール君」
「はい、お久しぶりです」
「男爵は相変わらずさね」
「これが生きがいだからね。で、挨拶だけではないのだろう? 君は誰かな?」
「シント・アーナズと申します。冒険者ギルドのマスターをしている者です」
彼は少しの間俺を見て、うなずいた。警戒が薄れたわけではないが、カサンドラたちのおかげで話はできそうだ。
「俺たちは家出したかもしれない女の子を探していまして、もしかしたら見てはいないかと」
名前はリザ。特徴は赤い髪と赤い瞳で背は160センチくらい。
伝えると、男爵は少し考えてから答えてくれた。
「その特徴は見覚えがある。だが……最近見た記憶はないかな」
「そうでしたか。お手間を取らせてすみませんでした」
「いや、かまわないよ。こちらでも見かけたら保護しよう」
「はい、ありがとうございます」
ドラム男爵はたいへんな人気者のようで、子どもたちに話をせがまれている。
俺たちはいったん離れた。
(子どもたちがあんなに懐いていますね)
「すごい人みたいです」
富を分け与え、子どもたちの成長を見守る。それも貴族の姿か。
「ドラム男爵は十年前の大戦で武功を挙げた方なのだそうです」
「へえ」
「ですので、ああして戦争の体験を子どもたちに聞かせています」
「二人も聞いたの?」
「まあね。あたしは退屈だったけど、お菓子目当てでさ」
うーん、返答しづらい。
「そんな目で見ないでおくれ。その時はまだ十一かそこらだったんだ」
男爵から有益な情報は出なかった。
聞き込みはアミールがしたというし、なにか他にないだろうか。
当たりを見回してみる。
たばこ屋だったり、酒屋があった。
「アミール、あのたばこ屋はどう?」
「いえ、たばこ屋にはさすがに……僕の歳では入れません。もちろんリザも」
「シント、十三歳の女子がたばこは吸わないさ」
たばこは二十歳になってから。
それを疑っているわけじゃない。
たばこ屋の壁に、小さく『オレンジジュース』と書いてある。リザさんがオレンジジュースを買っている可能性は、ないわけじゃないと思った。
「すみません」
「いらっしゃい」
中に入り、店の老婦人へ声をかけてみる。
「オレンジジュースを四つください」
「はい、毎度」
カップを四つ渡されたついでに話をしてみた。
「つかぬことをお聞きしますが、ここにリザさんという女の子が来ませんでした? 赤髪の子なのですが」
「ああ、リザちゃんね。いつもオレンジジュースを買っていくのよ~」
当たりだ。
隣ではカサンドラとアミールが驚いている。
「最後に来たのはいつですか?」
「そうね、一週間前くらいかしら。喉が渇いてるって二杯買ったわ」
「その後、どこに行ったか見ました?」
「あら? なにかあったの?」
家出したらしいことを遠回しに話す。
「そうなの……心配ねえ。でも普通だったけど」
情報はなさそうだ。
お礼を述べて去ろうとすると、老婦人はなにかを思い出し、ぽんと手を叩いた。
「そうだわ。お店の近くで誰かとお話ししていたと思うの」
新しい情報だな。
「若くて冒険者みたいな恰好の方よ。なんだか楽しそうだったから、あらあら~ って思ったわ」
「貴重なお話をありがとうございました。また買いに来ます」
「ありがとうね~」
店を離れた俺たちは、道のはじでオレンジジュースを飲む。
「ところでシント、なんで四つ?」
「ああ、これは……」
ディジアさんの分だ。
しかし彼女はかたくなに人の姿へなろうとはしない。
「うん、まあ、俺が二杯飲むよ」
それはいいんだ。ようやく新しい情報を得た事で、アミールの表情が明るくなった。
「シントさん」
「ああ、ちょっとだけ進展したかな」
リザさんと話した冒険者風の男。そいつが鍵を握っていそうだ。
知り合いなのか。あるいは、家を出たいという思いをつけこまれて連れ去られたか。そうだとしたら最悪の展開だ。
「カサンドラ、新市街はいまどうなっている?」
俺の顔色を見た彼女もまた、雰囲気が変わった。
「ワルダ一家を壊滅させて、だいぶ平和になったんだ。けどあたしらも引っ越しちゃったからねえ」
ギルドの寮が完成したことで、カサンドラとアミールは古街に越してきた。
悪党への抑えが弱まったと見ていいだろう。
「シント、どうするのさ」
「冒険者風の男を見つけないと」
「でも、どこにいるかわかりませんよ」
アミールの言う通りだ。
少し考えてみる。
頭によぎったのは、俺がラグナ家を出たばかりの頃。
人さらい、かもしれない。
「闇雲に探しても時間を浪費するだけだし、ここで待とう」
新しいカモを探しに来る可能性はある。
アミールは少し不満そうに頬を膨らませたが、それを見てカサンドラが苦笑した。
「アミール、我慢さ」
「ごめん、ちょっと焦ってて」
気持ちはわかる。
そのまま、午後を過ごし、夕方となった。
「それらしい人は来ませんね……」
「そうでもないよ。あの人なんてどうかな」
道を歩く人の間から、軽鎧を身に纏った、爽やかな青年が現れる。
武器を持っていないが、昼間に聞いた特徴と合致していた。
「シント、やるかい?」
「いや……」
いきなり魔法をぶっ放すことも考えたが、人違いだった場合、さすがに逮捕されてしまう。
まずは話を聞いた方がいい。
「アミール、盾を持っていてくれ」
「え? シントさんの盾を? いいんですか!?」
「もちろん。軽いから持てるよ」
渡すと、アミールのテンションが上がった。そんなに喜ぶことなのか。
「やっぱりカッコイイなー」
こういった顔を見ると、年相応だな。
「だいじょうぶかい?」
「ああ、俺ってぬぼーっとして歩いているみたいで、昔からよく言われるんだ。カモに見えると思う」
「それはアレだろ? いつも考え事しながら歩いているんじゃないかい?」
うっ、バレてる。
「もし俺がどこかに連れて行かれたら、カサンドラは後をつけてきてほしい」
「いいさ。タイミングを見計らって奇襲だね」
話が早くて助かる。
うなずき合って、俺は歩き出した。
少し遅いくらいの速さで、辺りを見回しながら、男に近寄る。
すると――
「君、ここは初めてかな?」
もう食いついてきた。よっぽど俺は田舎者に見えるらしい。
「初めてではないんですが、大都市はあまり慣れないもので」
「うん、わかるよ」
嘘は言ってない。
「もしかして冒険者?」
「そうなんです。わかるのですか?」
「もちろんさ。君は素質がありそうだからね」
ニコッと白い歯を見せる冒険者男。
「でも、素質があったとしても、なかなか仕事が。まだ始めたばかりですし、ギルドにも……」
「それはそうだろう。新人がこの街で成り上がるのは大変だ」
まだ隙を見せてはいないな。もう少し話を聞いてみよう。
「君、ご両親は?」
「亡くなりました。それでこの街に」
男は返答に満足した様子でうなずき、俺の肩に手を置いた。
「それは気の毒に。それでというわけではないが、どうだい? 僕も冒険者で、パーティーを組んでくれる人を探しているんだ」
「いいのですか? 俺みたいな人間でも」
「欲しいのはサポート役なんだ。ちょっと手伝って、稼ぎたくはないかい?」
「願ってもありません。ちなみに報酬は……」
「20万アーサルでどうかな?」
怪しさ全開の提案がきた。もちろん乗る。
「ありがとうございます! やらせてください」
「いいね。では仲間に紹介しよう。こちらへ」
と、ついてくるよう促される。
男が背を向けた瞬間、ちょっとだけ振り向いて、カサンドラとアミールに目配せをした。
準備はこれでいい。
この男が何者なのか、確かめてやるとしようか。




