事件ファイル【好事家の依頼】・4 事件は解決した。しかし。
「ふう……」
なんとかやりすごせた。だが、同じ手はもう使えないだろう。怪しすぎる。
「いまの奇妙な声はなんなのですか? シント」
ディジアさんまでひどい。
「シ、シ、シント……この子、なによ?」
人の姿となった彼女を見て、ラナは青ざめていた。
それはおかしいと思う。前に本が動いているところを見ているはずだ。
「ディジアさんだよ。ラナは一度見てるでしょ?」
「いつ……?」
「ほら、ダレンガルトの遺跡の地下で、ディジアさんが飛んで、謎骨を吸い取ったアレ」
「ええ……?」
ものすごく驚いている。
「驚かせてしまいましたね。わけあって本の姿でしたが、わたくしはディジア」
「え、あ、はい」
「ではわたくしが穴をくぐって様子を見てきましょう」
「ええ、でも気をつけてください」
「わかっています」
ディジアさんは四つん這いになって、穴に潜った。
「よいしょ……よいしょ……」
なんというか、不謹慎だがその仕草が可愛すぎる。
うーん、娘を持つ父親というのはこんな気分なんだろうか。
「か、かわいい……じゃなくて、ディジアってなんなの?」
「説明はあとで」
「今してよ」
「いや、気づかれる」
もっとも最悪な展開は、盗まれた品を先に持ち去られてしまうことだ。
俺たちはこの場所がどことつながって、どういう道筋なのかを知らない。遺跡の内部に逃げ込まれては、見失う可能性がある。
「シントー、ここになにかありますよー」
ちょっ、ディジアさん大声出さないで!
「うんしょ……うんしょ……」
緊張感が高まる中、戻ってくるディジアさん。手には小さな腕輪を持っていた。
セーフ! 男たちは気がついていない。
「目録の中にこれはありますか?」
「確かめてみます」
インテーク男爵からいただいたリストの中には、『祝福された呪われし腕輪』というものがあった。
祝福されて呪われているのならプラスマイナスゼロで普通の腕輪な気もするが、今は何も言わないでおこうと思う。
「おそらくこれでしょう。他になにかありました?」
「たくさんありました。絵やツボとか」
「決まりだね、シント」
「ああ、大当たりだ」
盗まれた品物の可能性がかぎりなく高まってきた。
あとは彼らを逃がさないように倒して、捕まえる。
壁の切れ目から顔だけを出し、敵の位置や数を確認。≪透視≫を使い、遮られている場所も見る。
数は七人。軽鎧を身に着け、武器は短剣に手斧。テーブルの上にはボウガンが二丁だ。
俺が魔法で先制攻撃をして、混乱させる。その間に何人か――特にボウガンを無力化できれば理想的。
「ラナ、ボウガンがあるんだけど、爆弾とかで処理できないかな?」
「シント、さすがに無茶すぎ。こんなとこじゃ崩れるかも」
「すごく小型の爆弾持ってない?」
「ないなー……あ、でもこれならあるよ」
彼女が見せてきたのは、短剣よりも小さくて短い棒状の刃物だった。
「パパにもらったの。『シュリケン』って知ってる?」
シュリケンだって!?
ま、まさかウィリアムさんは『ニンジャ』だったのか!?
すると、つまりラナは『クノイチ』……
「どしたの? なんかびっくりしてるみたいだけど」
「君はクノイチだったのか」
「え、なにそれ、知らないけど」
違うのか。
ニンジャ、そしてクノイチは俺の母さんのお母さん、要するに祖母の故郷である『ホーライ』という国の特殊工作員だ。
闇にまぎれ、不思議な体術と様々な道具を駆使し、国のために戦う隠密。
本で初めて読んだ時はかなり興奮した。
「投げて使うの。けっこう自信あるよ!」
「わかった。まずは俺が魔法でしかけるから、ラナはボウガンを」
「シント、わたくしはなにをすればいいのですか?」
いやー、ディジアさんはここで待っていてほしいのだけれど。
しかし、彼女の漆黒の瞳は輝いている。なにもするな、と言ったら悲しむだろう。
「そうですね……ディジアさんは、その」
「はい。なんでも言ってください」
ますます言いづらい。
「では俺が彼らを倒しますので、意識のある人たちにとどめを」
「ふふふ……いいでしょう」
だいじょうぶかな。
まあいい。やろう。
目で合図をして、まずは俺が飛び出る。
同時に魔法を発動。次いで背中に装着した『黒蛇竜の盾』を飛ばした。
「≪魔弾≫!」
「ぬわっ!?」
一人が倒れ、場が騒然とする。
「敵襲か!」
「くそっ! 場所がバレやがった!」
男たちが慌てて武器を構えるところに、飛ばした『黒蛇竜の盾』がぶつかる。
「ぐおっ!?」
「くっ! 迎え撃て!」
ボウガンを持った悪党が二人、物陰から出てくる。
「ラナ!」
「オッケー!」
風を切る音ともに、シュリケンが炸裂。ボウガンを持つ手に深々と刺さった。
飛び道具は封じた。
さっさと片付けよう。
「≪魔衝撃≫」
一気に吹き飛ばす。
しかし、リーダーらしき男だけは、魔法をするりとかわして奥の部屋に消えた。
「逃がさない!」
すぐに追いかけようとするも、最後に残った一人が立ちはだかる。
「てめえ……おれたちが誰か――」
「黒蛇竜の盾」
「ぶほおおおおおおおおおおおお!?」
宙を飛ぶ盾が、男の顔面を激しく打つ。いちいちセリフを聞いている暇はない。首領を捕らえないとここまで来た意味がないのだ。
テーブルを跳び越えて、収集品のある部屋に滑り込む。
そこで見たものは、予想を大きく超えていた。
「なに?」
リーダーらしき男が倒れている。
口から血を流し、目が開いたままだ。
「死んでいるのか? なぜ……」
あらわになっている首から、どくどくと大量の血が出ている。
鋭い切り口。おそらくは一撃。
脈を図る必要はないだろう。絶命していた。
「なにが起こったんだ」
この男が移動してから、俺がここへ着くまでせいぜい一、二分。
「シント、こっちはもうだいじょうぶだよ」
「手が痺れてしまいました」
ラナと、どこで拾ったのか鉄パイプを持ったディジアさんが来る。まさかそれで殴った……? まあいい。
「なんとか片付いた……って」
「シント?」
彼女たちは死体を見て硬直した。
「えっ……死んでるの……?」
「あなたが?」
「いや、俺ではありません」
他に誰かいたような気配はなかった。
「そうじゃないな、いたのは間違いない」
魔力の残滓は驚くほど少なく、まるで凪だ。
だが、かすかに残された痕跡。石床の血痕を踏んだと思われる足跡。
誰かは、いた。
「どうしたのです? そのような怖い顔をして」
「ディジアさん、さきほどここへ入った時、誰かいました?」
「いいえ、誰も」
ならばわずか数分の間に男を始末し、去ったことになる。
「シント、どうするの?」
「帰ろう。もう用はない」
今は考えてもしかたがないだろう。
盗まれた品と悪党たちを回収し、戻ることにする。ここに居続けるのは危険だ。
★★★★★★
≪次元ノ断裂≫にて収納した悪党を憲兵に引き渡し、報告。その足でインテーク男爵へ盗まれたものを返しに行った。
「おお! なんという速さ! たった一日で解決とは!」
喜んでいるところに水を差すようで申し訳ないが、詳細を告げる。
盗まれていた物と目録を照らし合わせてみたところ、六十七点のうち、三点ほどが消えていたのだった。
「ふむ……『神話時代土器』『神の髪の毛』、それと、『巨人の鍵』がなくなっておるか」
「すみません、全てを取り戻すことはできませんでした」
謝ると、男爵はおおいに笑った。
「土器はともかくとして、髪の毛は偽物じゃし、巨人の鍵に至っては巨大すぎてどこに差すかもわからん鍵じゃからな。大した価値はないじゃろう。そんなことよりもほんとうにありがたい。恩に着る」
「いえ、仕事ですから」
「いやあ、なくなるととたんに大切さが身に沁みるのう。もどってきてよかったぞい。見よ、この曲線……むほほー」
男爵は戻って来た品を撫でたり、匂いをかいだり、頬ずりしたりする。
「男爵さん、怖いんですけど」
(おかしな方ですね。ツボを舐めようとしていますよ)
ラナとディジアさんがドン引きだ。
うん、さっさと帰ろう。お楽しみを邪魔するのは悪い。
★★★★★★
報酬をいただき、次は総監邸へと足を運ぶ。
時刻は夜になっていて、だいぶ遅い時間だったが、マスクバロンはまだ仕事をしていた。
「やあ、シント少年、それにラナ君」
「こんな遅くにすみません。報告にまいりました」
「いいさ。なんとなくだが、来る気がしていた。君は仕事が早いからね」
街の地下に潜んでいた悪党の集団『隠者』は壊滅。首領とおぼしき男は何者かに殺害された。
説明するとマスクバロンの雰囲気が変わる。
「そうか。できれば捕まえたかったが」
「一瞬の出来事でした」
「遺体を回収して調べさせよう。なにかわかるかもしれないからね」
いまひとつすっきりしない終わり方だったが、事件は解決だ。
「とにかくもこれで少しは街が平和になっただろう。ご苦労だった、シント少年」
「仕事ですから」
仮面男爵からも報酬をもらい、帰路に着く。
そろそろ事務所に着こうかというところ、ラナが話しかけてくる。
「ねえ、シント、マスクバロンさんって命でも狙われてるの?」
いきなりどうした。
「ラナ、なんの話?」
「さっき総監邸に行ったでしょ? いたるところに抜け道とかあったよ。あと武器も隠してあると思う」
なんだって……?
まるで気がつかなかった。
「かなり警戒してるのは間違いないよ」
「警戒、か」
心当たりがないわけでもない。
マスクバロンは俺と一緒に、ラグナ家が経営し、ガラルホルン家も関わっていた鉱山を潰している。
襲われるかもしれないと考えているのだろうか。
時間があれば調べてみようと思う。
「でもさー、男爵さんってほんと変だったね。骨董品好きすぎ」
「確かに」
(なぜあんなものに頬ずりなど……)
思い返すと、笑いが込み上げてくる。
事件は解決。報酬ももらったし、役には立てたと思う。
「でもなんか気になるんだよな」
「シント?」
「いや、なんでもない。帰って食事にしようか」
「うん。あ、ディジアのこと教えて?」
「そうだね。事務所に戻ったらそうしよう」
休日の思いがけない依頼はこうして幕を閉じたのであった。




