ファミリアバース 8 モンスター退治だと思ったら違う
気づかれない程度に距離をとって、慎重に尾行する。
三十分ほど歩いただろうか。
そろそろ朝日が差す頃、少し前を行くガルダさんが手を挙げた。
男たちが帰った場所は、森の中に作られた巨大な農園だ。
見渡す限りの広大な畑には、大量の花が咲いている。
「なに……これ」
震える声で、ガルダさんが呟いた。
畑いっぱいに咲き誇るピンク色の花。一見して美しいが、俺は見たことがなかった。
なんていう名前の花だろうか。
「ケスの花……」
ケスの花。どこかで聞いたことがある。
「ガルダさん、誰か来た。隠れよう」
見つかるのはさすがにまずいと思い、近くの木陰に隠れる。
巡回の兵士がいるのなら、ここは誰かにとって重要な場所だ。
「ケスの花って?」
「……栽培が禁止されてる」
「それはなぜ」
「精神向上薬の材料だから」
精神向上薬か。いつだったか新聞で読んだことがある。
一時的に魔力を上昇させる薬だが、人体には有害。服用や製造は禁止されているはずだ。
彼女がなぜ詳しいのかは置いておこう。
つまりはここで禁止された薬を作っているということか。
木陰から顔を出して、様子を見てみる。
畑の奥には大きな邸宅があり、その周囲には小屋がたくさんある。他にも色々と施設が見えた。
「たぶん、ここは密売人のアジトだと思う」
「密売人だって?」
モンスター退治に来たら、とんでもない場所を見つけてしまったようだ。
ここまで森の奥にあると、見つけるのは中々難しい。木を隠すなら森の中とはよく言ったもの。今回の場合は花だけど。
やがて、ぞろぞろと人がやってきた。
誰もがふらふらとしていて、元気がない。
「ガルダさん。さっき言いかけた悪い噂って、もしかしてコレ?」
「……うん」
ダイアドッグたちと遭遇する直前に彼女が言いかけていたことだ。
「人をさらって売る悪人と、薬の売人。出所はここだった。働かされている人たちはきっと、さらわれてきたはず」
ガルダさんは平然を装っているが、その手は固く握られて血が出ている。
彼女の視線は畑で作業をしている人たちに向けられていた。
エルフの人たち。
それだけじゃない。人間もいるし、他の種族の人たちもいる。
彼らに共通しているのは、目に生気が感じられないことだった。
さらに驚くのは、作業をしている者達を監視しているのが武器を持った兵士だけではないことだ。
ダイアドッグ、巨大なイノシシ。俺が一度でくわした黒獅子も一体いる。
「こんなの……逃げられない。助けないと」
「待って、ガルダさん」
「止めないで」
危険すぎる。
相手の戦力もわからない。
そしてなにより、俺にはなにが起こっているか、いま一つわかっていなかった。
森の中に隠された農園。モンスターを飼い慣らす男たち。強制的に働かされている人々。
誰が、何のために、こんなことを?
もう一度、顔を出して観察してみる。
畑で作業をしている人は少なくとも100人以上。それを取り囲む武装した男たちはざっと見て30人。そのそばにはモンスターが10体ほどいる。
さらに奥の邸宅へ目を向ける。
豪華な家で、ラグナ家の邸宅よりは小さいが、どこか似ていた。
「……あれは」
遠くに見える邸宅のベランダへ出てきた人物を見て、息が止まりかける。
顔色の悪い痩せた男。シルクのローブを身にまとい、くつろいだ様子で農園を眺める貴公子然とした人物。
あれは……マール従兄さん。いとこのマール・ラグナだ。
「そんなバカな」
なんで彼がここにいるんだ。
ラグナ家当主の次男ともあろう人が、こんな場所になぜ。
何度見ても間違いなくマールその人だった。
「どうしたの?」
「……」
無意識で口に手を当てる。
まさか、まさかとは思うが、マール従兄さんがここを?
いや、彼ならありえる。子供の頃からずる賢く、悪い事ばかり考えていたような人間だ。
「ガルダさん、ケスの花がもたらすお金ってどのくらい?」
「巨額。とてつもなく」
そうか。
ここはラグナ家の資金源なのかもしれない。
帝国でも一、二を争う超名門ラグナ家は様々な事業を展開していると聞いた。
だとしたら俺は……
体の底から煮えたぎる何かが噴き出す寸前だ。
俺がのんきに小屋で本を読んだり、魔法を練習したりしている間、ここでは連れてこられた人々が働かされ、搾取されていた。
「こんなのが、外の世界なのか?」
生まれてからずっとラグナ家の敷地内で生きていた自分が許せない。
もしももっと早く出ていたのなら、彼らを解放できただろうか?
いや、これ以上はなにも考えない。意味のない自問はやめよう。
腹は決まった。
俺はもうラグナではないけれど、放っておくことはできない。
逃げるという選択は、ない。
「ガルダさん、君はアールブルクに戻って憲兵隊に報告を」
「……なに言ってるの?」
「あそこにいるのはラグナ家の次男だ。まともなヤツじゃない」
「どこ?」
「あそこのベランダ」
彼女は目を細めて見たが、首をかしげた。
「なんであんな遠くが見える?」
マール・ラグナはかつて神童と呼ばれた魔法士だ。彼の取り巻き連中だって魔法士だし、兵士にモンスター。簡単にはいかないだろう。
ガルダさんは逃がす。
「マール・ラグナって、あの有名な?」
「ああ」
彼女はじっと俺を見つめる。
「なにをする気?」
「潰す。ここにあるもの全てを」
「!?」
マール従兄さんは強い。だけど、ここで退いたら俺はきっと後悔する。
「わたしは……戻らない」
「ダメだ」
「ブロンズが生意気言わないで」
そうだった。
冒険者になりたての俺は、最下級のブロンズ級なんだった。
説得できるかと思ったけど、無理かも。
「この件はもともとわたしが追ってた」
決意が伝わってくる。
彼女は退かないと確信した。なら、一緒に戦うだけだ。
「わかった。一緒にやろう。俺のことは信じてもらえるかな?」
「信じる」
「ありがとう。俺も君を信じる」
日が完全に登って、朝となる。
俺たちは朝日を背にして、農園に足を踏み入れた。
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