序・ラグナ家を継ぐはずの者
この世界には23の神器が存在するという。
これらは神話における『剣魔大戦』の最終局面において、剣神と魔神が相打ちの形で滅び、砕け散った欠片が姿を変えたものだと信じられているのであった。
神格一 ・神剣『カリバーン』
神格二 ・神樹『ユグドラシル』
神格三 ・神機『クロノス』
神格四 ・魔空『ウラヌス』
神格五 ・神火『アグニ』
神格六 ・神剣『フランベルジュ』
神格七 ・神剣『インドラ』
神格八 ・神剣『水姫』
神格九 ・魔剣『血業』
神格十 ・神剣『シャルウル』
神格十一 ・神土『ガイアー』
神格十二 ・神水『ダイダル』
神格十三 ・神雷『ソー』
神格十四 ・疑剣『サナトゥス』
神格十五 ・魔龍『九頭竜布』
神格十六 ・魔竜『ブラッドドラゴン』
神格十七 ・神馬『ザンザス』
神格十八 ・魔珠『鳳玉』
神格十九 ・神風『エルウィン』
神格二十 ・神槍『ゲイボルグ』
神格二十一・神光『アフラ』
神格二十二・神剣『ハルペリア』
神格二十三・神氷『スカージズ』
神格に所有者と認められた者は大いなる加護を受け、超人と化す。
そうであるゆえに誰もがその力を求めていた。
しかし、23の神器は帝国が分裂と闘争、統合を繰り返す中で多くが行方知らずとなっている。
大陸においてその半分以上を支配する帝国があった。
そして帝国内には、最強の矛と言われる二つの『公国』が存在する。
その一つが本国の西に存在する『ラグナ公国』。ラグナ公爵家が統べる魔法の国であった。
代々で偉大な魔法士を輩出する超名門は、【神格】と呼ばれる神器を所有し、その地位は揺るぎない。
そして、この世界で生まれた子供は、10歳前後で【才能】を開花させるのが普通だった。
若くして亡くなった先代当主の子、シント・ラグナは今年で10歳。部屋の中央に立たされて、ぽけーっとしている。
「それでは始める」
先々代当主で祖父のジンク・ラグナが開始を宣言。
シントのすぐそばでは叔父で現当主のカール・ラグナが、無表情で様子を見ていた。
他にも彼のいとこの三兄弟や、家の大人たちが見守っている。
「先生、お願いするのである」
広い部屋のすみにいる白髪の老人がうなずいた。
今から始まるのは、【才能】を判定する儀式。
この老人は何万人もの子どもたちを判定してきた熟練者であった。
「では坊ちゃま、動かぬように……」
シントは言われた通りにした。そうすれば退屈な儀式がすぐに終わる。なんてことを考えている。
「……」
「……」
老人が魔力を放射して、判定を行うのだが――
「……」
「先生?」
老人は返事をせず、判定を続けている――
「……先生、シントはどうなのです」
老人は叔父の声に反応しない――
「先生」
「……魔力量が非常に多い。こ、これは……」
おお、と周囲から声が漏れた。
若くして亡くなった先代の当主、シントの父は『天才』と呼ばれた。そして母はもう一つの超名門、ガラルホルン公爵家の女性。
期待されないわけがない。
「さすがは兄上の子である。そうでありましょう、父上」
「うむ」
祖父と叔父がうなずく。
だが、ここで話が変わった。
「……うーむ、し、しかし」
「なにか?」
「……まことに言いにくいのですが」
「もったいぶるのはやめていただきたいものですな」
老人はとてもつらそうにして、渋い顔をしている。
そして――
「その……信じられぬことに、シント坊ちゃまはなんの【才能】も持っておりません」
と、言い放った。
「なんですと!?」
「何度判定してもなにもございません」
「……先生、嘘や冗談ではないのですな?」
叔父カールの眼光が、老人を慌てさせる。
「う、嘘では……ございません」
老人は息がつまりそうだった。
だが、嘘はつけない。超名門大貴族に嘘などついたら、人生の終わりだ。
あまりの出来事に人々が騒ぎ出す。強力な魔法の【才能】を受け継ぐラグナ家の子供であれば、そんなことはありえないし、そもそも【才能】のない人間がいるなど、おかしな話だった。他に例がないからだ。
「先生、魔法の【才能】がない、ということは、剣の【才能】はどうです?」
「……ご、ございません。剣も魔法も、なにも」
帝国は【才能】を重んずる。【才能】と血統が、人生を左右する。
「本当に何も? 他の……戦向きではない【才能】すらないのですか?」
老人は小さくうなずいたのみだ。
「なんということだ。兄上の子がなんの【才能】もないだと? しかし……【才能】のない人間がこの世にいるなど……」
シントは叔父が驚愕し、がっかりするのを見て、申し訳なく思う。自分が原因で口を閉じたのは間違いない。
「父上。これは由々しき事態。前代未聞である」
鋭い眼光を持つ祖父は、孫であるシントのあどけない顔を見つめた。なにごとかを考え、そして、席を立つ。
「どこへ行かれるのですか」
「……【才能】がないのなら、ラグナ家の子供ではないということだ」
部屋が静まり返る。誰も口を開かない。
こうして次代の当主になるはずだったシントは『無価値』なシントとなった。
★★★★★★
引退してもなお巨大な影響力を持つ祖父により、ラグナ家の子供ではない、と判断されたシントはその日からどん底に落ちた。
なんの不自由もない豪華な部屋から追い出され、敷地のはじっこにあるボロ小屋だけを与えられて、そこに住むこととなったのだ。食事も服も粗悪なものばかり。まともな生活ではない。
祖父や叔父を恐れて、使用人はシントに近づかなかった。
たまに来るいとこたちは、シントを『無価値野郎』といって殴ったり、魔法の実験台にする。
それでもシントは怒ったりしない。才能のない自分がいけないのだと思うし、むしろなにもできない自分に腹が立つ。
誰にも相手にされない10歳の少年は、そのうち本だけが友達になった。
ラグナ本家の出入りは許されていなかったが、賢いこの子供は抜け道から図書室に入り込み、面白そうな本を読む。そんな日々を送るようになる。
そしてある日――
「くそっ! あの無価値野郎はどこに行った!」
「兄上! たぶんこっちだ!」
いつものように、いとこたちから逃げて図書室に入り込んだシントは、誰にも見つからないように一番奥の汚れた本棚の下に隠れた。
(……あれ? なんだろう?)
本棚の下。さらに奥まったところに 落ちている一冊の本を見つける。
引き寄せられるように取った本は、とても不思議なものだ。
(これって東方の文字?)
新帝国語ではない変わった文字の列。
(ちょっとだけ読める)
彼がなぜ東方の言語を読めるのか。
それはシントの母の母、つまり祖母が東方の出身で、祖母から母へ、母からシントへ教えたものだった。
(魔法の、使い方。そして、術式)
読めるのはそこまで。あとは難しい。
(どうしよう、これ)
シントは本の内容が知りたかった。でも盗みがいけないことだと知っている。
だから彼はこうすることにした。
(うん、借りよう。読めるようになって、全部読んだら返す)
何度もうなずいて本を服の下に隠し、静かに図書室を出るのだった。
★★★★★★
それからのシントは謎めいた本へ夢中になってしまう。
寝ずに読み続け、たまに本に顔をうずめて眠りに落ちたこともあった。
少年は少しずつだが、母との記憶を頼りに本の内容を理解する。
その中身は彼にとってものすごくびっくりする内容だ。
「魔法は【才能】がなければ使えない。【才能】は家々で受け継がれるもの」
帝国では当たり前の常識だ。
だが、この本の内容はそれを覆す。
「僕は魔法を使えない。【才能】がないから。でもこれは、魔力を術式に通し、魔法が使えるって書いてある」
興奮して飛び上がったシントは、転んで足をぶつけた。
「いっ……たああああああい! いたたたたた! で、でも、これで……」
魔法が使えるかもしれない。
祖父や叔父が怒りをおさめるかもしれない。
なにより自分を許せるかもしれない。
シントはさらにのめり込んだ。
片時も本を手放さず解読に挑戦し、とにかく読む、読む、読む。
絶対に魔法を使えるようにする。
完璧に操作できるようになったら、祖父や叔父を驚かしてやろう。
シントはそんな小さな野望を抱いたのだった。
そして、五年の月日が流れた――
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