第六話 冒険者達はサークレに隠されたお宝を見つけられますか?
早い安いうまいの三拍子が揃ったとある酒場。
攻略するダンジョンを決めるために集まったあぽろ、まほ、びびの囲むテーブルに、ひと足遅れてもあが駆けつけた。
「みんな~! 遅くなっちゃってごめん!」
「待ちくたびれたぞ」
「もあちゃんが遅くなるなんて珍しいよね」
「まあ私たちもまだ来たばっかだし……ってか、もあちゃん、なにそれ?」
びびに問われ、もあの表情がキラッと輝いた。すかさずショートパンツのポケットにねじ込んでいた巻物をテーブルに広げていく。
「ふっふっふ~~これはねぇ宝の地図なんだよ!」
「「「宝の地図?」」」
あぽろ、まほ、びびの声がぴたりと重なった。もあが持ち込んだ全体的に色褪せて古びた地図。そこには意味ありげな赤い点が一か所だけ書き込まれている。
「杖をついたおじーちゃんがいたから── あ、みんなと約束あるのはわかってたけど、ほっとけなくて。でね、おじーちゃんの荷物を持ってあげたら、お礼にってくれたんだぁ」
「それってつまり見つけたらお宝貰っていいってこと!?」
真っ先に食いついたのはびびだった。一昨日もギャンブルで大負けしたばかりということもあり、早くも目の色が変わっている。
「うん。とっておきのお宝だけど、好きにしていいって言ってたよ~」
「じゃあ行こうすぐ行こう今から探しに行こう!」
今にも酒場から飛び出しそうな勢いのびび。しかし、なにかに気付いたように地図に目を凝らす。
「あ、これよく見たらサークレの地図じゃん。地図そのものが古いせいでわかりにくいけど……喜んで損したぁ……」
びびはがっくりと肩を落とした。サークレの外側には現在も未開の地が広がっているものの、円形都市の内側においてはお宝が見つかったことなどなかったからだ。
「もあよ、わしが地図を預かってもいいか?」
「もっちろん! ねえ、まほちゃ、サークレにはお宝ってないのかな?」
「それはなんとも言えんが、まあヒマ潰しにはなるじゃろ。こうして地図は手元にあるんじゃし」
「……そうだよね、可能性はまだゼロじゃないか」
落胆のあまりテーブルに突っ伏していたびびが上体を起こす。その目には欲にまみれた光が戻っていた。
「やってみようよ、みんなでお宝探し!」
「くれい賛成! なんかクエストみたいじゃんねぇ!」
「あぽろ、おぬしはどうする?」
「えっ、私ですか?」
あぽろは思案するようにゆらゆらと尻尾を揺らす。三者三様の思惑が絡まり合った視線の圧。あぽろの中には迷いはあるものの、好奇心がわずかに上回った。
「4人なら大丈夫……ですよね、きっと」
こうしてもあ、あぽろ、まほ、びびはサークレの街に隠されたお宝探しに出発した。
まほが手にした地図に沿って商店が立ち並ぶ大通りを進む。が、途中で細い路地に入って間もなく、行き止まりにぶつかってしまった。
「行き止まりみたいですね」
「おかしいのぅ、地図は合っとるんじゃが……」
一行が地図を囲んでいると、路地に建つ食堂から老婦人が出てきた。老婦人はもあを見るなり親し気に声をかけてくる。
「おや、久しぶりだねぇ」
「もあちゃん、知り合い?」
「うん。前にごみ捨てを手伝ってあげて──あ、そうだ、おばーちゃん、ちょっとお話してもいい?」
もあから老人に事情を説明し、宝の地図を見せた。細くしわがれた老婦人の指が行き止まり地点を指差す。
「これは区画整備以前の地図よ。昔はこの先にも道が通っていたんだけど……口で言うより実際に見比べたほうがわかりやすいわね」
そう言うと老婦人は食堂から現在の地図を持ってきた。行き止まり地点から大規模な区画整備が行われたことで過去の通路は塞がれ、最短距離で突破するためには下水道を通る必要があると判明した。一行はそれぞれに顔を見合わせる。
「余計なこと言っちゃったかしらねぇ」
「ううん。教えてくれてありがと、助かったよ~」
もあは地図を返却し、大通りへ出かける老婦人を見送ってから三人に向き直った。今まで誰も気に留めていなかったが、一行の足元には鉄製のマンホールがある。下水道を通るなら、ここから地下に潜るほかに道はない。
「よしっ、それじゃあ行こっか!」
気合を入れようとしてか、明るい声を上げたもあがマンホールをめくる。水が流れる音が微かに聞こえるだけで、地下がどうなっているかは地上からは伺い知れない。設置されたはしごを使い、一番に降りていくもあ。それにあぽろ、まほ、びびも続いた。
降り立った下水道はアーチ状のレンガ造りになっていた。通路が細いため二列になることは難しく、先に降りたもあを先頭にあぽろ、まほ、びびの順で列を形成することになった。
「これはまた想像以上じゃな……」
光は差さず、風が通らないことで空気は淀み、足元は汚水まみれという劣悪な環境にまほは顔をしかめる。同意するようにびびも頷き、ローブの裾が水に漬からないようつま先立ちになる。
「うわ足元ビッショビショ……これでなんもなかったらやってらんないって」
「まほちゃもびびちゃも暗いなぁ、これからが冒険のはじまりじゃん!」
「すごい元気だね、もあちゃん……」
「うんっ! あぽちゃも元気だしてこ!」
一行でただひとりテンションが上がっているもあを先頭に進んでいく。
「とにかく早く突破して──……んんっ?」
もあの後ろに続くあぽろがぴょこんと立ったケモ耳を動かした。獣人であるあぽろはヒューマンには感知し得ない物音も聞き分けることが可能だ。あぽろが音の出どころを探るため立ち止まったとは知らないまほが問いを投げかける。
「どうしたんじゃ急に」
「今なにか聞こえたんです。ちょっと遠いですけど」
あぽろがそう言うが早いか、前方からコウモリ型の魔獣の群れが襲来した。下水道を四方から囲むコウモリ型魔獣の発光する赤い目玉。その数は優に1000は超えている。小型ながらも襲いかかる勢いはさながら嵐のようで、一行は一瞬のうちに足止めを食らうことになった。
「くうぅっ! くれいのあずきバーが使えたら全部ぶった斬るのにぃ~!」
先頭のもあは背負う大剣──通称あずきバー──を抜くこともできず、両腕をクロスしてコウモリ型の攻撃に耐えている。
「ねえっまほちゃんの魔法でなんとかできないの!?」
最後列に位置するびびが切羽詰まった声を上げる。
「わしだってやれるならとっくにやっとるわ! こぉんな狭いところで魔法なんか放ったら下水は逆流、地上は大惨事間違いなしじゃからな!」
「それじゃあ私たちでなんとかしないと……! もあちゃん、ちょっと頭を下げて!」
あぽろはコウモリ型魔獣の攻撃を片手で防ぎつつ、なんとか矢を放った。射抜かれたコウモリ型魔獣がキィキィと悲鳴を上げて汚水に落下する。続けざまに矢をつがえようとするものの、腕や胸に飛び掛かられているせいで連射には程遠い。
「ここでまともに攻撃できるのは私とあぽろちゃんだけ、ってことね……!」
殿についたびびがフードからコインを取り出し、指で弾き飛ばした。一発、二発、三発、四発、五発。寄り集まるコウモリ型魔獣を効率よく撃ち抜いていく。
「あぁ~~……私のコインがぁ……」
「言ってる場合か!」
まほがツッコミを入れつつ、大杖でコウモリ型魔獣を叩き落とす。あぽろの矢とびびのコインの射線上に空白が生まれることで、先頭のもあはゆっくりとだが前進できるようになった。
「ありがとね、あぽちゃ、まほちゃ、びびちゃ! これならなんとか……っ」
じりじりと歩みを進め、一行は無事に下水道を突破した。
そこからは迷うことなく、目的地の公園に辿り着いた。夕闇に染まる古ぼけた遊具に錆びたベンチ。中央にそびえる大木こそ、地図に赤い点で宝があると記された場所だ。
「やったぁ! 着いた着いた! クエストたっせ~い!」
「本当ここまでどうなることかと……」
「誰ひとり欠けず辿りつけたんじゃから万々歳じゃろ」
「終ったみたいな感じになってるけどこれからが本番でしょ!」
我先にと大木の根元に屈んだびびが地面を掘り返しはじめた。あっとびびが声を上げる。土中から現れたのは、上蓋に小動物と子どものイラストが描かれた長方形の缶詰だった。
「なんだかお菓子の缶詰みたいですね」
「かなり劣化しとるがのぅ」
「すごいよびびちゃ! 開けてみようよ!」
「わかってるって!」
緊張と興奮のあまりに高ぶる鼓動を落ち着け、びびがそうっと缶詰の蓋を外す。
「ちょ、待って、これって……」
子どもが描いたようなタッチの絵で埋め尽くされたスケッチブック。おもちゃの指輪と傷だらけのミニカーの詰め合わせ。びびは掘り起こした缶詰をひっくり返し、上蓋の裏から缶詰の底まで何度も確認している。けれどめぼしいものは見つからなかった。
「そっか、これっておじーちゃんのタイムカプセルだったんだ」
もあはまだ現状を受け入れきれていないびびの脇から缶詰を手に取った。表面に付着した砂粒を払い落し、綺麗になったところで胸に抱える。
「くれい、これ貰っていく! おじーちゃんに渡したらきっと喜んでくれるだろうし」
呆然としていたびびが我に返ると、再び地面を掘り返しはじめた。
「これだけなんてそんな……ウソでしょ? お宝は!? どこ!?」
びびは缶詰を掘り当てたポイントから穴を広げ、掘り下げているが結果は同じだった。後方に飛んでくる土を避け、あぽろが呆れた目を向ける。
「もう諦めましょうよ、泥だらけじゃないですか」
「思い出こそ宝というわけじゃな」
「なにうまいこと言ってんの! 私のお宝があぁ~!!」
かくして一日がかりの暇つぶしは終了し、泥まみれになったびびの咆哮が紫と青のグラデーションを描く夜空に響くのだった。