第四話 魔儘まほは幻の酒を飲めますか?
多種多様な種族が共生する円形都市サークレ。
市中の一等地からはやや外れているものの、安さとジャンクな味付けで人気の酒場で──魔儘まほは見知った面子と席を囲んでいた。
「あーもう、ちっともまとまらんのぅ」
現在まほが所属するパーティーは、まほを入れてちょうど4人。大剣使いのもあ、射手のあぽろ、シーフのびび、魔法使いのまほ。近遠ともに攻撃可能なバランスに優れた構成となっている。
メンバーが揃ったところで迷宮攻略に乗り出すことになったはいいものの、話し合うほどに意見がすれ違い、いまだに攻略する迷宮の目星がついていないのだった。
「ま、焦って決めなくてもいいってことで、とりあえず休憩しよ、休憩」
びびがテーブルの端にあったメニューを広げる。各々に好物を注文すると、早さを売りにしているだけあり、あっという間にテーブルが料理で埋め尽くされていく。まほの食前の祈りを終えたところで、それぞれに料理に手を伸ばした。
紫色の液体で満たされたグラスに口をつけたびびが、笑顔から一転して首を傾げた。
「ぷっはー!……ん? んん~~?」
「なんじゃおぬしもう飲んでおったのか」
「うん。けどなぁんか薄いんだよね、このブドウ酒」
半分ほど減ったグラスを目線の高さまで掲げたびびは、納得いかないように首を捻る。そこに近くのテーブルの皿を下げにきた店主が申し訳なさそうに肩をすくめた。
「悪ぃな嬢ちゃん、ブドウ酒のことだろ? 実はブドウ農園の近くで魔獣が大繁殖しちまってよ、そのせいで収穫が間に合ってねぇんだ」
繁殖シーズンを迎えた魔獣は狂暴性が増す。酒場の店主が契約を結んでいる農家はもちろんのこと、辺り一帯の農園が根こそぎ被害に遭っているそうだ。
「そうなんだぁ……」
事情を知り、かくんと項垂れるびび。けれどグラスは手放さない。
「はぁ……いつものブドウ酒でキュッ! とやりたかったのに……」
「いや凹みすぎじゃろ」
今にもテーブルに伏せそうになるびびに、この場で唯一の未成年であるもあが羨望の眼差しを向ける。
「びびちゃがそんなになるくらいおいしいんだぁ、いいなぁお酒って」
「お酒は加減しないと大変なことになるから、もあちゃんは大人になってからね」
店主が厨房に引っ込んだことで自然と別の話題に移り変わった。ピザやパスタをシェアしたり、皿が空いたらデザートを注文したりとまったりとした時間が流れていく。そんな中、隣のテーブルの鳥人が深い深いため息をこぼした。
「ああ……あの酒があったらブドウ酒の代わりになるんだけどな……」
嘆く鳥人の男に、向いに座っている人族の男が問いを投げかける。
「あの酒? なんだよそれ、教えろ」
「俺の生まれ故郷の酒でさ、マジで美味いんだ。秘伝のレシピとかじゃ全然ないんだけど、こっちには伝わってないんだよなぁ」
「あー、お前黒大陸だっけ? めっちゃ遠いよな」
「マジで遠い! 森を通るから普通に魔獣とか出るし……。でさ、その酒がブドウ酒と違うとこは、飲むと黄金の泡がシュワッと――」
なんてことのない顔でピザを口に運びつつ、密かに聞き耳を立てていたまほはあることを思いついた。実現できるかどうかはわからない。けれど分の悪い賭けではないはず。
「そこのふたり、幻の酒……じゃったか。詳しく教えてくれんか」
「どしたの、まほちゃ」
「わしにい~い考えがある」
もあ達にだけニヤリとした笑みを見せ、隣席の客には愛想よく微笑みかけるまほ。それが功を奏したのか鳥人の男は特に警戒することもなく喋りだした。故郷は黒大陸の森林地帯奥地の集落であること。幻の酒は教わるのは簡単ながら、集落に辿り着くのが困難な事、口伝でのみ伝わっているために幻の酒と呼ばれ、男も詳しい製造方法は知らないこと。
「なるほど、なるほど、それだけ聞ければ充分じゃ」
最後まで愛想笑いを保ったまま会話を切り上げる。そして不思議そうにしつつも事の成り行きを見守っていたもあ、あぽろ、びびに改めて計画を打ち明けた。
「のぅおぬしら、ここでうっすいブドウ酒を飲むより、わし達で幻の酒とやらを再現してみるのはどうじゃ? わしも黒大陸の森林地帯の奥地までは足を運んだことはないんじゃが、わし達4人の力を合わせればできないことはない──じゃろ?」
不敵なまほの誘いに真っ先に食いついたのはびびだった。
「いいじゃん、それ! 奥地っていっても迷宮じゃないんだし、全然いけるって!」
思案顔で長い尻尾をゆらゆらと揺らしていたあぽろも決心したように頷く。
「ですね。幻の酒がどういうものかも気になりますし、行ってみますか黒大陸」
3人の視線が集中した先。酒を味わうことができない立場のもあの表情は、今日一番の明るさと生命力に満ちあふれていた。
「くれいも! くれいも行く! なんかワクワクしてきたぁ!」
「よし、決まりじゃな」
「おっなんだ嬢ちゃん達、盛り上がってんな」
パーティーの方針がめでたく決定したところに、再び厨房から店主が出てきた。手際よく皿を片付ける店主を、まほが片手でちょいちょいと呼び寄せる。
「ちょうどよいところに。店主、ちょいと相談が──」
まほが店主に持ちかけた相談。それは幻の酒の製造方法を無償で提供する代わり、厨房の使用許可を得ることだった。
「ブドウ酒じゃねぇ酒か……そいつぁいいな。うちとしても酒の味が落ちちゃ店の評判にも関わるからよ、ひとつよろしく頼むわ。だが黒大陸の奥地だろ? 危なくはねぇのかい」
「そこはわし達に任せておけ。これでも攻守に長けたパーティーじゃからな」
自信たっぷりに胸を張ったまほだったが『まあ実戦経験はないんじゃが』という部分は胸中に留めた。この世には必要な嘘も存在するのである。
「頼もしいこと言ってくれんじゃねぇか。よしっ、うまくいったら1食ご馳走してやるか!」
厨房の使用許可を得たまほ達は早速行動を開始した。
黒大陸と新大陸の往復船のチケットを確保。穏やかな海路を経て、森林地域の港に無事上陸した。海岸沿いながらも背の高い樹木が多く、開けた一本道が通っている。
「ここから一本道じゃから、まっすぐ進んでいけばいいそうじゃ」
「それなら迷うこともなさそうですね」
おしゃべりに興じていられたのはほんのわずかな間だけだった。
港から離れるにつれ植物が増えていき、気づいたときには辺り一面が鬱蒼とした森林に囲まれていたからだ。晴れた青空と潮風が届く港とはまるで違う、蒸し暑く湿った空気が背の高い木々の合間を抜けていく。それでも前に進むしかない。
「ちょっと歩いただけでここまで様変わりするとはのぅ。土壌が豊かなんじゃろうな」
「てゆうか、めっちゃでかい鳥が飛んでるじゃんねぇ……あんなの見たことな……っぅわわ!」
殿を任されたもあが恐々と視線を巡らせた直後、にわかに体勢を崩した。道ならぬ道から伸びた植物のツタが、前進を邪魔するようにもあが背負う大剣に絡みついている。
「なーんだ、ただのツタかぁ。でも細いしこれなら簡単にほどけそ──」
もあがツタをほどこうと手を伸ばした瞬間、草むらの中で息を潜めていた魔獣が姿を現した。全身を形成する緑色のツタ。植物型魔獣が持つ触手がもあに向かって一斉に襲い掛かる。
「ひ……っ、ひやああぁ~!」
あぽろ、びび、まほの順に隊列を形成し、わずかに先に進んでいたまほ達がもあの悲鳴に振り返る。そこに見えたのは大剣を取り落とし、哀れにも逆さ吊りにされたもあの姿だった。
「た~す~け~てええぇ~~~~!!」
「もあちゃん!?」
「ちょっ、やっば、なにがどうなってんのそれ!?」
「いいから早く助けないと……! びびさん、そっち側のツタお願いしますっ」
縦横無尽に暴れ狂う触手の根本に駆け寄り、いち早く戦闘態勢に入ったあぽろが弓に矢をつがえる。あぽろの反対側に陣取ったびびも短剣を構え、触手に斬りかかる。が、魔獣にはどちらの攻撃も通用していないようだった。
「うーわー! 全っ然効いてない!」
「こんなに頑丈だなんて反則ですよ!」
びびが愛用のダガーからコインを使った指弾に切り替えてみたものの、魔獣に傷ひとつ与えられない。そうこうしている間にうねる触手がもあの足にも絡みつきはじめた。
「ひぃっ! っやだやだやだ、くれい食べてもおいしくないってば~!」
力任せに脱出しようとしたもあが無理やりに身体をくねらせる。無駄な抵抗とばかりに触手は本数を増やし、劣勢に立たされた面々の顔に焦りが滲む。──否、たったひとりを除いて。
「あぽろ、びび、そのまま触手を引きつけとれ」
「と言っても、私達だけじゃどうにも……っ」
「まほちゃんにはなんか考えがあるってことでしょ! やるだけやってみよ!」
前衛のあぽろとびびが触手の攻撃をしのいでいる間に、まほが大杖で地面をトンと叩いた。その直後、無数の光の粒が魔獣の取り付く土壌に降り注ぐ。輝く粒子が増大するほどに魔獣は瘦せ衰え、やがて跡形もなく消滅した。これこそまほの得意とする土魔法によるエナジードレインである。
「言うたじゃろ、わしらならできんことはないとな」
ニヤリと得意げに笑うまほ。触手から解放されたもあが喜び勇んでまほに抱き着く。
「最強大天才まほちゃ様~!」
魔獣を退けてからはより一層警戒を強め、ようやく辿り着いた鳥人の集落。そこで幻の酒のレシピを口頭で教わった一行は、酒場のある円形都市サークレに船でとんぼ返りした。とっぷりと日が暮れた市中を駆け抜け、酒場に駆け込む。
「戻ったぞ店主! さあ約束通り、厨房を使わせてもらおうかの」
無事を喜ぶ店主の許可を得て、厨房で再現した幻の酒が──未成年であるもあを除いた──3人分のコップになみなみと注がれる。
「すごい、こんなお酒はじめてです」
「はぁ~、黄金のシュワシュワ……♡」
「くうぅっ、くれいも飲んでみたいよぉ~!」
「成人するまで待つことじゃな」
悔しがるもあにオレンジジュースを手渡したまほがコップを高々と掲げる。
「では……KP~~!」
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ワイワイと盛り上がる4人を少し離れた席から見つめる者がいた。
「いいなぁ……私もパーティー仲間探さなきゃ」
頭につけたドーナツが特徴的な新米冒険者は羨ましそうに呟き、タルトをスプーンですくう。
はたから見れば愉快な宴そのものではあるが、店主が腕によりをかけた料理を肴にまほ達は飲みに飲みまくり……翌日はひどい二日酔いに苦しめられることになるのだった。