第一話 冒険者達は今日も平和です。
様々な大陸から成り、多種多様な種族が共生する『こちらの世界』。
この世界で冒険者として生きていくには、なによりもまず〝認知〟を高めなくてはいけない。〝認知〟が高まれば高まるほど、〝認知の力〟が上がってレベルアップするからだ。レベルアップすると自身の防御力や、攻撃力、HPなど各種能力が向上する。
そのために冒険者たちは、魔獣退治をして名声を上げたり、コツコツと魔石を集めたりすることで〝認知の力〟を高めてきた。
そんな世界で生きる、新人冒険者が今日も一人——泥沼に這いつくばっていた。
「あー、取れない……ぜんっぜん取れないマジ無理なにこれ……でも、あとちょっとで魔石に手が……届く、はず……届いたぁ!」
桃色の髪を泥で汚した少女——紅麗もあは、満面の笑みで体を起こす。その手には、何の変哲もないただの石ころが握られていた。もあを馬鹿にするように、冷たい風がひゅう、と吹き付ける。
「えええ!? 魔石じゃないじゃん普通の石じゃん!! もおおぉ~、魔石がガッポガッポ取れるっていう沼があるって聞いたから来たのに……情報屋に騙されたぁ……」
「あれ?もあちゃん、そんな汚いところで何を……うわ、泥まみれ……」
後ろから聞こえた柔らかな声に、もあはハッと我にかえる。
笑顔を取り戻して振り返れば、思った通り、同じパーティーに所属する矢筒あぽろが立っていた。ブロンドとエメラルドグリーンが混じった美しい髪に、ぴょこんと主張する可愛らしいケモ耳。
長い尻尾は、彼女の意志に応じて動くという。こちらを若干引き気味の表情で見ているのが気になるが、ちょうどいいところに来てくれた。
「あぽちゃ~!」
「なんでそんなにドロドロになってるの……?」
「レベルアップするために魔石を採掘しようとしてたんだよ! 迷宮に行く道すがら、魔石がたくさん取れるスポットに立ち寄ったのに——」
「……もあちゃん、今なんて…? 迷宮に行く道すがら?」
まずい、と思った時にはもう遅かった。
穏やかだったあぽろの表情はひんやりと冷たいものに変わって、ゆらゆらと左右に揺れていた尻尾は刃のように逆立っている。地雷を踏みぬいたことはすぐに分かるのに、にっこりと笑っていることが何よりも怖い。
「迷宮に行くのはまだ早いと、何度も言ったよね? しかも私やまほさんたちを連れて行かず、一人で行こうと? 馬鹿なの? 死にたいの?」
「あああ、あぽちゃ落ちついて! これには訳があって、ただ下見に……そう、迷宮に行く前の下見をしようとしてたの!」
「はぁ……それでも、危険なことに変わりはないでしょう。この場所だって新大陸の外れ……いつ、上級モンスターが出てもおかしくない土地なんだよ」
あぽろの尻尾が、もあを心配するかのように垂れさがる。
〝迷宮〟とは、かつて未開の地とされた新大陸で見つかった地下建造物のことだ。複数のフロアから成る迷宮内には、強大な力を持つ魔獣が潜む。そして迷宮内の魔獣からは、他の地にある迷宮のものとは比べ物にならない純度の魔石が採れるという。しかし、中は膨大な魔力と瘴気で満ちており、‶認知〟を得られていない新人冒険者は入っただけで意識を失ってしまうことも珍しくない。
「迷宮に入って魔獣を倒すことは、冒険者の憧れだし……早くレベルアップして、上級魔獣をたくさん倒して、みんなの英雄になれるような冒険者になりたいの。だから……」
「もあちゃんの気持ちはよくわかるよ。もあちゃんがまほさんに借りた二千グルを工面できずに、魔石を探していたことも……」
「うん……って、ん? あぽちゃ?」
「そして情報を集めるために行った情報屋でコミュ障を発動して途中で出てきたことも……」
「あぽちゃ?! ストップ! まってまってまって! それ以上は私のライフが危ないから!」
慌てて立ち上がったもあに、柔らかく微笑んだあぽろ。先程の冷たい笑顔とは違ういつも通りの優しい表情に、ホッと息をつく。
「まあ確かに、一人で行動しようとしたのは冒険者としてダメダメな選択だったかも……みんなに相談してたら、泥まみれになることもなかっただろうし」
「——そうじゃな。魔石を探したり、危険な迷宮に臨む気なら、まずはわしに声をかけるべきじゃろ」
あどけない少女のようにも、妙齢の女性のようにも聞こえる不思議な声。聞きなじみのあるその声に二人が振り向くより先に、強い光がもあを包み込んだ。
「どわっっ!」
巻き上げるような水流がもあの体についた泥をなぎ払い、濡れた服を元通りにしていく。輝くベールのような水に思わず手を伸ばすが、そっと触れてみても手が濡れることはない。
なんて美しい魔法なのだろうか。こんなに美しい‶水魔法〟を使える者は、もあが知る限り一人しかいない。
「わあすごい! あんなにも、もあちゃんについてた泥が一瞬で……また腕をあげたんですね~!」
「まあな。まさかこんなところにおるとは……世話がかかるのぅ……」
「まほちゃ!」
泥がとれてすっかり綺麗になったもあがその名を呼べば、仁王立ちで大杖を向けた魔儘まほがフフンと笑う。人間にしては小さな体躯と幼い顔立ち。見た目だけで言えば、まるで可愛らしい幼女のようだ。しかし本当の年齢は誰も知らない。
「わしが貸した二千グルのことなら気にするな。酒に変えて倍にして返してくれればそれでいいぞ」
「うう、ありがとうまほちゃ……なんかしれっと倍額になってる気がするけど……」
「二人とも、迷宮の話をしとったんじゃろ?」
「そう……でも、今の私たちのレベルでは、迷宮どころか外の魔獣にすら太刀打ちできないし。だからレベルアップするには地道に魔石を集めるか、あるいは……今ある方法だと‶異世界に向かって私たちの活動を発信する〟しかないかな」
あぽろの言葉に、もあは右手に持った影写器をギュッと握りしめた。
この世界では、名のある冒険者であればあるほど認知を得られやすく、逆に名もない新人は埋もれてしまうことが多い。
ずいぶん前から、映像や文字を通して‶異なる世界〟に接続することができる共振石があり、共振石は手軽に異世界と接続できるよう影写器と呼ばれる魔道具に加工され、家庭用として普及していた。数年前、‶異なる世界〟に接続できるだけではなくこちらの世界から〝異なる世界〟に情報発信ができる環境をギルドが研究の上環境構築をし、‶異なる世界〟との双方向通信が可能となったのだ。そして今ではギルドの所属冒険者に〝冒険者用の影写機〟として一人一人に配布されている。
ある者は認知を高めて冒険を有利にし、ある者はもの珍しい異世界の娯楽に惚れこみ、影写器を使った異世界との交信は冒険者にとって、なくてはならないものになった。
「発信かぁ……くれいもさー、異世界のゲームをしたり、影写器の向こうのみんなと話す時間はすっごく楽しいし、もっとやりたいんだけど……何かこう、もっとみんなと交流できるようになりたいんだよね」
「そうじゃな。じゃあこういうのはどうじゃ? 今から簡単な迷宮攻略に挑戦して、わしがこの影写器を使って異世界に‶実況〟するんじゃ」
「えええ!? なにそれ、最先端の冒険者っぽい!」
身を乗り出して喜ぶもあを、慌てた様子のあぽろが止める。
「ちょ、ちょっと待ってまほさん! 私たちに迷宮攻略はまだ早いって、さっきも……!」
「ふふふん、このまほ様が何の前情報もなく提案していると思うか? この先にある小さな迷宮は、レベル5程度の新人冒険者でも入れる超ヌルゲースポットなんじゃよ。魔王が住む迷宮がラスト迷宮だとすれば、こっちは序盤の村にあるチュートリアル的な迷宮じゃ」
「ちょっと何言ってるか分かんないんだけど……」
あぽろが首をひねると、まほは「しょうがない」と言いながら大杖を前に出した。
「その迷宮には、新大陸の宝をこれでもかとため込んだ凶悪な女ゴブリンがおるらしい。まあ、わしらにかかれば一発で倒せるだろう。それでも不安だと言うなら、このわしが強化魔法をかけてやる」
「やったー!! さすが天才魔法使いまほちゃ様!」
「ふふふふ、もっとわしを褒めたたえるのじゃ」
「う~ん、本当に大丈夫なのかな……」
飛びはねて無邪気に喜ぶもあと、不安げなあぽろ。両極端な反応を見せる二人を、先程と同じまほの魔法が包み込む。
「……まぁ、その迷宮に向かった冒険者のうち、何人かは帰ってこんかったようじゃが」
ポツリと呟いたまほの言葉は、誰にも届くことなく新大陸の風に飲み込まれていった。
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「こちらが冒険者カード、そしてこれは…」
新大陸、ギルドサークレ支部の受付で受付嬢と話している女性が一人。
毛先に向かって黒から紫に輝くようなグラデーションの髪、下乳が開いてる何とも特徴的な服だが、誰もがその服を着こなしすぎていると思うほどの美貌の持ち主だ。
「それでは、手続きはこれで終了です。本日からよろしくお願いいたします。」
「はーい。よろしくお願いします。」
やっと堅苦しい書類が終わったー!とでも言いたそうにその女性は伸びをした。
その様子から周りの人は一体何時間やっていたんだろうと思いもしそうだが、手続きにかかった時間は約二十分である。
やっと終わった。やっと卒業できた。みんなよりは少し出遅れてしまったが、スタート地点に立つことができた。
ギルドを出て意気込むように大きな声に出した。通行人の目が一斉に集まってしまったがそんなことは気にしない。
「よぉし!まっててね~!みんな!」
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その約半日後、入るまではおよそ3時間でいけるだろうと踏んでいた迷宮に、あぽろの方向音痴が炸裂した上、初手の初手でもあが大きい落とし穴に落ちまた泥だらけになったりの踏んだり蹴ったりで、迷宮の中心部に入る前に帰ることにした。
最悪ここからでもちゃんと実況しようということにしたが、誰かさんの方向音痴のせいで全く迷宮から出れず、弱小ではあるが魔獣の大群に襲われてしまい、実況どころではなかった。
さらに、3人が迷宮を出たころにはすでに深夜になっていた。
まほはおもった。
はやくあいつ来てくれないかな、と。
【 第一話 ・ 完 】
原案:結木あい