ほ
「そ、そうですか……。忙しいのなら仕方がないですよね……」
「ま、そういうわけだから、僕らはこれで~」
「待って柳士」
「ん?」
「もみじちゃんは柳士と初対面なんだよね? どうして柳士のこと知ってるの? もみじちゃんは柳士のことどう思ってるの? ねえ、教えてくれない?」
後半は少し威圧してるように感じた。
もしかして奈海もいらいらしてんのか?
「柳士さんを知ったのは最近で、スリット博士から――あ! 何でもありません何でもありません! 契約前には名前を出しちゃいけないのに名前を出しちゃった……。どうしようどうしよう……順番は変わっちゃうけどちゃんと契約をすれば問題はないかな……?」
ひとり芝居でもやってんのかこの子は。
「もみじちゃん!」
「あ! ごめんなさいごめんなさい! ……私が柳士さんを知ったのは、ある人に柳士さんをつれてくるようにと頼まれたからなのです。私たちの世界は今、大きな問題に直面してます。この状況を解決するには、柳士さん、あなたのお力が必要なのです!」
「……もみじちゃんはその人に、柳士の助けが必要だからつれてきてと頼まれた。だからわざわざ異世界からここまでやってきた。ってことでいいのね?」
「はい!」
おいおい、ちょっと待て。
奈海はこいつの話を信じてるのか?
さすがに合わせてやってるだけだよな?
……なんでえ?
「どうして柳士なの? 他に人はいっぱいいるでしょ? なのにどうして何の役にも立ちそうにない柳士が選ばれたの?」
っておい。
あやうく突っ込みそうになる。
横から口をだせば絶対に長くなるからぎりぎり耐えた。
僕は早く帰りたいだけなんだ。
というか奈海は何でこいつに付きあってんだ?
そんなやつはほっといて早くいこうぜ。
という気持ちを態度で示すが、奈海は僕を見ていない。
「私の運命性が、私を柳士さんのもとまで導いてくれました」
もみじはにこやかに答えた。
「はあ? 運命性? もしかしてあんた、柳士が運命の人です、だとか何とかをぬかすつもりじゃないでしょうね!?」
「これで奈海もわかったろ? だからもういこうぜ?」
「うるさい! ちょっと柳士は黙ってて!」
……やっぱりか。
僕は子どもの時からずっと奈海と一緒だ。
だからこそわかることがある。
奈海は今、ブチギレている。
確かにこいつのいってることはぶっ飛んでる。
それに奈海がいらいらするのもわかる。
でも、なぜ急にここまでブチギレる?
これまでもそうだ。
奈海はいきなりブチギレる。
そして、ひとたびこうなるともう気が済むまで止まらない。
わけを聞いても教えてくれない。
やっぱり、ただ単にむちゃくちゃ短気ってことなんかな?
でも、とりあえず今はこれでいい。
状況として、僕がよくふんでる地雷を、こいつはふんでしまった。
だから奈海はキレた。そういうことだろう。
とにかく、これでこいつとおさらばできる。
くそ重い荷物のせいで汗もかいてる。
早く帰って冷たいジュースが飲みたい。
「運命の人、ですか? あ! それはもしかして恋人のことですか? それなら私じゃありませんよ。だって、柳士さんの運命の人は、あなたなのですから」
もみじは微笑む。
奈海は何もいわず、ただ目を見開いていた。
◇◇◇
「私には運命が見えてます。あ! とはいっても私はまだまだ未熟なので、見えるのは人並みの運命が限界なのですけど……。それでも、柳士さんの運命の人はあなただってわかるのです。今も二人は赤い糸で結ばれてますから」
こいつ……今度はにっこりしながら運命とかいいだした。
奈海は、ただもみじを見つめたまま立ちつくしていた。
奈海のやつ、もはや怒りを通り越してあきれてるだろ?
「あ! ごめんなさいごめんなさい! 今はお忙しいのでしたよね……。えっと、また日を改めますね……。その、出会っていきなりこんな話をしちゃってごめんなさい……」
もみじは深く頭を下げた。
一応自覚はあるんだな。
もしこれでこの場の空気も読めなかったらどうしようかと思ったよ。
僕は重たい荷物を持ちながらもみじの横を通り過ぎる。
「あ、あの――」
もみじは振り向いて僕を呼び止める。
が、すぐに言葉を続けた。
「いえ、何でもありません……」
そんなかなしい顔されても、こっちが困るだけなんだけどな。
ていうか奈海は何つったったままなんだ?
「おい、奈海行くぞ」
そういって僕はまた歩きはじめる。
――ここからあいつがおかしくなった。これがいったいどういう心境の変化なのか、一日たっても僕にはわからなかった。
「ねえ! 柳士!」
「なに~!」
「契約してあげようよ!」
足を止めて振り向く。
奈海とは30メートルほど離れていた。
「はあ!? 今なんつった!?」
「だから契約してあげようよ! この子が困ってるんだから助けてあげようよ!」
「何でお前が乗る気なんだよ!?」
「だってかわいそうじゃん! とりあえずはさ! 話だけでも聞いてあげようよ!」
かわいそうだと? ふざけんな。
ふざけた格好でふざけたことをぬかすやつにかわいそうもくそもあるか!
「もういこうぜ奈海! これにいちいち付きあってらんねえよ!」
普通に考えろよ?
この大阪のど真ん中で、コスプレしたやつがいきなり現れて、しかも初対面で、あなたの力が必要なんですって。
だから契約して? そして異世界に来て?
やべえだろ!?
しかもまじでいってんだぜ?
こいつは話なんか通じる相手じゃない。
そもそも僕とこいつは価値観が違うんだ。
ある日、突発的に虹の真似とかいって、単色のフルフェイスマスクをかぶりながらその日の授業を全部受けて、その7枚ともを先生に取り上げられた永瀬のほうがまだましだ。
……いや、同じかもしれない。
とにかく、こいつは僕とは違う。
独自の世界を持つ人間なんだ。
「ちょっと! 柳士! 言葉がすぎるよ! だからあんたはいつまでたってもお子ちゃまなのよ!」
「いやいや! それは今関係ないだろ!? それに僕はお子ちゃまじゃないっていつもいってるだろ!」
「いーや! 関係大ありだね! それにだいたいね、高校生にもなって女の子の気持ちをわかろうともしない馬鹿に、お子ちゃま呼ばわりを拒否する資格なんてないから!」
「何だと!? お前、ふざけるなよ!?」
「何よ! 事実じゃない!」
「おまっ! じゃあこっちもいわせてもらうけどなあ! 自分が大人っていうんなら僕の気持ちぐらい察したらどうなんだ!? ええ!」
「お子ちゃまって呼ばれてくやちいでちゅ~!」
ピキ。
完全に頭にきた……。
「今日という今日はまじでゆるさねえからな!」
「それはこっちの台詞だよー! ばか柳士!」
◇◇◇
「あ、あの~私、移動したほうがいいですか? あは、あはは……」
二人の間にはさまれたままポツンと立つもみじは、ただ愛想笑いをしていた――。
運命――人間の意志にかかわりなく、身の上にめぐって来る吉凶禍福。それをもたらす人間の力を超えた作用。人生は天の命によって支配されているという思想に基づく。めぐりあわせ。転じて、将来のなりゆき。(広辞苑より引用)
吉凶禍福――幸いと災い。よいことと悪いこと。また、めでたいことと縁起の悪いこと。(ネットより引用)