表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カノンソング  作者: 黒十二色
カノン進行
9/48

第9話 二人きりの水泳大会 春

 ――それは、奇跡的な出会いだったかもしれないが、海に潮の流れというものがある以上、必然だったかもしれない。


 大事なのは、私と君が出会ったという事実。


 そして、それを自信を持って言えること。


「君はどこから来ましたか?」


 私が訊くと、


「あっちの方から来たのです」


 緊張気味に君は言ったね。


「そういうあなたは、出身は?」


 君に訊かれて、私が言うのは、


「私は私は、あの岸です」


「あの岸は、よいところですか?」


 君の質問は難し過ぎる。良いも悪いも何もかも、すこしも考えやしなかった。


「あの岸よりも、砂浜の方が、よいところです」


 なぜならば、ゴツゴツしているところより、サラサラしている方が、体を痛めずに済むからね。


「ねえ、あなた、その砂浜まで競争しましょう。海にいるのはもう飽きたわ」


「なんだって? あんなにあんなに遠くまで、泳いでいこうと言うのかい?」


「当り前でしょ! よーいドン!」


 君はズルいことに、フライングしたね。


 前を走りだした君には見えなかっただろうけど、私はあの時、あわてふためいていたんだ。


 急いで君を追いかけたんだ。


「炭酸の入っていた空きカンをなめるなよ!」


 波を割るようにぐるぐると回転しながら空き缶の私は、空き瓶の君に追いつこうと走る。


「なんの! アルコールの入っていたビンである私に勝てるとでも?」


 君はそう言ってスピードを上げたね。


 砂浜まで、ほんの二百メートルの距離。


 だけど、私たちにとって、その距離は、世界で一番広い海を渡り切るようなものだった。


  ★


 ずっとずっと、走り続けて空が赤くなりはじめた。


 二人きりの水泳大会も、クライマックス。


「負けるものかぁ!」


 私は体を高速回転させた勢いで君を抜き去って、そのまま砂浜に打ち上げられた。


「私の勝ちだな」


 勝ち誇ったら、


「ええそうね、あなたの勝ちね」


 不満ありげに君は言う。


 海水で湿った茶色い砂浜に、半身を埋めながら、私たちは話をしたね。


 思えば、私の恋だったかもしれない。


 君も、私のことを気に入ってくれていたと思う。


 太陽が半分沈んで、すっかり世界はオレンジに。夕陽までの光の道が波に揺れる。


「キレイだな」


「ええ、キレイね、カンくん」


「でもビンちゃん。君の方がキレイだよ」


 そう言って目を逸らし、また君の方を向いた時、そこに……君の姿はなかった。


 周囲を見渡し、見上げてみると、サンダルを履いて、スカートを穿いた少女が、君を持って立っていた。


「このビン……まさか……」


 少女はコルク製の君のフタを開けて、中にあった紙を取り出して広げた。


「『流れてけ! あたしの初恋!』 ってこれ……やっぱりあたしのじゃん……」


 少女は、悔しそうで悲しそうな声で言った。


「どういうことよ、これ。やっぱりあたしは、レンジのこと諦められない運命ってこと?」


 ひとり呟く少女。


「あー! イライラするっ!」


 少女は叫び、私に視点を合わせた。


 そして、スカートをなびかせながら、バタバタと走ってきたかと思ったら、サンダルを履いた足で、カンである私を沈みかけの夕陽に向かって蹴り飛ばした。


 流れていく視界。回っている世界。


 どうやら、もう一度海に行かねばならないらしい。


「いっったぁぁああぁい!」


 再び叫ぶ少女の声。しばらくのたうち回っていた。


「おーい、エリカー、そんなとこで何してんだ? いくぞー」


 少女の向こうから、男の声。


「あ、お父さん、今行くー」


  ★


 君は少女の手の中に。


 ねえ、君は幸せかい?


 幸せだったら良いなと思う。


 私はもう一度海へ行く。


 またいつか、君に会えれば良いなと思う。


 潮の流れにもてあそばれて、私の視界から君が、消えてしまった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ