第8話 中学デビュー
「ねえ、レンジくん。私たち、この冬が終わったら、もう卒業でしょう?」
「ああ、それがどうかしたか? あかりも、中学同じとこ行くだろ?」
「そうなんだけど……私、変わりたいの!」
「おお……あかり……ようやくその気になってくれたか!」
「うん! お願い、レンジくん。私を変えて!」
「任された! 俺があかりをレディにしてやる」
「うん!」
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「つまり、俺の考えるイイ女というのは、奥ゆかしいのに活発で、感情をバランスよく表に出すことの出来る子のことを言うんだ」
「感情を、表に……?」
「そう。でもあかりは泣いてばっかだから全然ダメだ。全く可愛くない。泣いてばっかの女は俺は好きになれない」
「レンジくんって、もしかして、エリカのこと好きなの?」
「ああ? な、なんだ急に。何でそんなことになるんだよ。ていうか、ちょっと待て、なんで泣きそうになってんだよ」
「だって、エリカは、よく感情を表に出してるし、活発だし、頭いいし、美人だしさ、つらくても泣かないし……」
「他の女の話はやめてもらえるかな。今はあかりの中学デビューに集中したいんだ」
「……ん。そう……だね。どうすれば良いの?」
「簡単だ。笑うんだよ」
「笑う?」
「そうさ、男は笑顔でオトすんだぜ?」
「こう……かな……」
「いいか、あかり、よく聞けよ。悲しそうな顔を笑顔とは言わない」
「そんな……笑ったのに……」
「ふぅ。『あかり』なんて明るそうな名前の方が、今泣きたい気分だろうよ」
「ひどい……」
「だぁから、泣くなってば!」
「だって……」
「ったく、すぐ泣く女は参るぜ」
「ぅぅ……」
「ひとつ、このレンジ様がいい話を聞かせてやろう」
「いい話?」
「ああ、聞く気あるか?」
「うん」
「じゃ泣くな」
「は、はい」
「よし……俺は昔、ウニが大嫌いだったんだ。なぜなら見た目が気持ち悪いから。だけど今では結構好きな食べ物ランキング上位に食い込むほどだ」
「そうなんだ。でも、それのどこがいい話なの?」
「まあ、焦るなよ。焦る女も好みじゃないぜ」
「ごめん……」
「ウニをさ、そのまま見るとなんか気持ち悪いだろ? でもさ、寿司にしたらどうよ? 軍艦巻きってのはマジで芸術だよな。どんなグロテスクなものでも職人の手にかかれば美しく生まれ変わるんだ。味も含めてね。そういう職人みたいなものに、俺はなりたい」
「あれ? レンジくんの夢ってサッカー選手じゃあ……」
「サッカーもやりながら寿司も握るの。ていうか今はあかりをイイ女にする職人になるの」
「欲張りだよ……」
「あかりに欲がなさすぎなんだろ。俺は普通」
「絶対ふつうじゃないよ……。それで、軍艦巻きを見て、ウニを食べられるようになったの?」
「いや、それは違うぜ。軍艦巻きは昨日初めて食べたばっかだからな」
「ん? じゃあ、どうしてウニを食べられるようになったの?」
「いや、実はな……恥ずかしい話なんだが、俺はずっとウニを動物だと思っていたんだ。カニとかエビとかと同じようにな」
「え?」
「でも、その正体が、実は海にできる栗だったと知った日から口に運べるようになったんだ。不思議だよな。同じ栗の木なのに、海と陸とじゃ全然味が違うんだぜ?」
「えっと、レンジくん……それ……誰からきいたの?」
「エーイチだよ。あいつ色々と物知りなんだよ。あかりも教えてもらうといいぜ。知的な女も、俺の好みだからな」
「ふふ……レンジくん……それって……」
「ん? お、そうだよ、あかり。笑うってのはそういうことだ!」
「え? え?」
「そう、栗の木だって場所によっては変われるんだ!」
「え?」
「だから、あかりも変わることができないはずがない!」
「……そっか……気の持ちようなんだね! 私、がんばるよ! 名前に負けない女になる!」
「よおおし! いい笑顔だ! 中学デビューへの道が開かれたゼ!」