第7話 パーティだ! レンジ篇 夏
夏休みの終わりと共にケイコが引っ越してしまって、一番落ち込んだのが、エリカだった。
天然のケイコと、お転婆のエリカはとても良いコンビであった。二人はとても仲良しで、放課後はいつも一緒に遊んでいた。
だから仲間たちは、エリカを元気づけるために、焼肉パーティをすることにした。
炭火を使ったりとか、本格的なことはしないけど、とにかくホットプレートを持ってきて、あろうことか学校で焼肉しようというのだ。
落ち込んだ時は、肉を食うのがレンジの中では定番であるらしい。
「エリカは無理矢理にでも参加させるとして、あとは……あかりとエーイチだな」
レンジは、焼肉イベント主催者として、采配を振るう。
「あかり、お前、野菜担当な」
「わかった。タッパーにつめて持ってくるよ」
「そしてエーイチ。お前は鉄板だ」
「了解」
「俺は肉を持っていく。決行は明日だ」
そして、翌日の放課後……。
レンジは一度ダッシュで帰り、冷蔵庫にしまってあった肉。小遣いをはたいて買った肉たちを持ち、再び登校した。
俺が教室に戻ると、あかりとエーイチは談笑をピタリと止めて、静かに動き出し、教室内の机のうち四つを四角く向き合って座るように並べた。
戸惑うエリカ。
エーイチはホットプレートを取り出し、机の上に置く。
あかりも野菜たちが詰まった巨大タッパー四つをトートバッグから取り出し、ドンドドドンと重ねて机に置く。
次にエーイチがホットプレートのコードをプレートに挿したので、レンジはコードの先のプラグをコンセントに繋いだ。
「あ、そういえば、油は?」と、エーイチが重大なことに気付いた。
「油だけではない。調味料の類を完全に忘れていた。味付いてない肉とか、どうする気なんだ、オレたちは!」
「あるよ。油もタレも。紙皿とお茶と紙コップも」
「さすがあかりだ! 俺たちとはクッキングレベルが違うぜ!」
エーイチとレンジは、あかりに向かって親指をグッと突き立ててみせた。あかりもグゥと両手親指を立ててそれに応える。エリカは「?」という表情をしていた。
そこで主催者であるレンジが、咳ばらいを一つして言う。
「さてさて、鉄板が温まるまでの間に、今回の集まりの目的について、説明しようと思う。まあ、簡単に言えば、エリカ」
「え? は、はい?」
「焼肉は、すきか?」
「好き……だけど、まさか……」
レンジは両手を広げ、
「まさかもなにも、ここまでセッティングして今更焼肉しませんぜ、なーんてことにはなるわけないだろ! そう、今日は皆で焼肉をするんだ!」
レンジたちと食材たちとの一方的な戦いがはじまった。
★
立ち上る白いケムリ。肉の焼ける香ばしい匂い。じゅうじゅうと美味しそうな音が響く。
あかりが、丁寧に肉をひっくり返している。
レンジとエーイチは、いっぱいあるというのに肉の取り合い。それでエリカが笑ったものだから、ちょっとエスカレートして、嫌いな野菜の食わせ合いになった。レンジはピーマンが苦手で、エーイチはしいたけが苦手だった。
しかし、争っているうちにちょっとした異変があった。
「せっかく私が切ってきたのに……」
あかりが泣いてしまったのだ。
もう小学校も最終学年になるのに、未だ泣き虫が治らないあかりである。
「ご、ごめん! ホラ、ホラ、食べたから!」レンジ。
「ごめんな、あかり」エーイチ。
レンジたちは何も載っていない紙皿を見せて、あかりを安心させた。
★
「ごはん欲しくなるな。焼肉」
俺がそう言うと、
「おにぎりあるけど、食べる?」
まるで魔法のように色んなものが出てくるトートバッグからアルミホイルに包まれたおにぎりを二つほど取り出したあかりは、レンジの手の上におにぎりを置いた。
「お、ありがとう。さすがあかりだな。泣き虫なところを除けば、俺の理想の女性だぜ」
アルミホイルをはがし、おにぎりを食す。
「どう?」
「ああ、美味いぜ。やっぱ焼肉といえば、ごはんないとな」
「あ、レンジ。ずるいぞ。あかり、オレの分は?」
「ちゃんとみんなの分あるよ。はい、エーイチくんの」
あかりはエーイチにおにぎりを渡す。
「……なんか……レンジのに比べて小さくないか? あからさまに」
「気のせいだと思うけど……」
そんな時だった。突如として扉が開いたのは。
レンジたちと侵入者の間に、沈黙が流れ、それを破ったのは侵入者の方だった。
「あっ……忘れ物を……とりに……」
突然教室の扉を開けた男の名はヒロという名であった。この街に引っ越してきたばかりの男子で、同じクラスではあるものの、未だ学級に馴染めておらず、多くが謎に包まれている。
ヒロは教室内に入ると、教室廊下側の自分の席から何かを取り出し、ランドセルに入れた。
「レンジくん……エーイチくん……教室で焼肉は……まずいと思うな」
――まさか先生に言いつける気じゃねえだろうな。そうならないように手を打っておくか。レンジはそう思って、挨拶代わりの一言を発した。
「なあヒロぉ、焼肉はすきかぁ?」
「え? そりゃ好きだけど」
「じゃあ、とりあえず肉をやる。食え」
「え……でも……」
戸惑っていた。
「いいから食えよ!」
怒った口調で言った。
レンジは、多少目つきが悪い部類に入る顔をしている。不良っぽい雰囲気もあって女子人気は高いのだが、彼のことをよく知らない男子からは敬遠されるような存在であった。
怖気づいたヒロは、「じゃ、じゃあ少し……」と、おそるおそる肉を食った。
「よぉし、これで共犯だ。妙な正義感出して、言いつけたりするなよ」
「しないけどさ……」
「よし、では気をつけて帰れな」
「うん。また明日」
ヒロは去った。
「さて、気を取り直して新たな肉を焼くか」
そうしてレンジが、新たな生肉をドサリと投入すると、
「あーっ! なにすんのよ!」
突如としてエリカが怒った。今まで黙って大人しかったのに、急にである。
「な、なんだよ。エリカ……」
どうしたことかと目を丸くするレンジに、エリカは文句をぶちまける。
「今、あたしのお肉が生肉に触った! またしばらく待たなくちゃいけないじゃん!」
「かまわず食っちまえばいいのに。生肉くらい、どうってことないだろ。お前はそんなヤワな女ではない」
「サイテー! レンジサイテー!」
まあ、これもある意味、元気といえるので、エリカが元気を取り戻してくれてよかったんじゃないかと、レンジは思った。
「サイテー! 責任とってよね!」
そんな感じで、焼き肉は続いた。
満腹になったところで、片付けて帰る。
「……今日はありがとう」
エリカは笑ってそう言った。ありがとうなんて、強がりなエリカが言うのを皆はとても珍しく、そして嬉しく思った。
「ああ、また明日な」
「うん、バイバイ!」
★
「それで、何か先生に言いたいことはありますか?」
先生はそう言った。朝の会の終わりに言う、いつもの言葉だ。
いつもならば、誰も手を上げず、そのまま朝の会が終了するのだが、その日は、何人かが手を上げた。
「先生! 教室が、香ばしいです!」
どうやら、焼肉のにおいが教室に残ってしまったようだ。
「そうですね……昨日の放課後。ここでバーベキュー的なことををやった人! 手を挙げて!」
誰も手を挙げない。当然だ。
「レンジくん、エーイチくん。本当に誰が焼肉したか知りませんか?」
バレていた。
「せんせい! ピーマンのカケラが落ちています!」
「……先生! あかりちゃんが泣きそうです!」
「え、なんで……」
「おいエーイチ! なにあかり泣かしてんだよ!」
「はぁ? 泣かしたのはレンジだろ! ピーマン捨てたから!」
「せんせい! こっちはしいたけです。しかも丸ごと!」
「……先生! あかりちゃんが泣いてます!」
レンジは、バレた理由について、誰かが先生に言いつけたからだと思った。だから焼肉の現場目撃者に向かって言うのだ。
「おいヒロ! てめえ、先生に言いつけたろ! それがお前の正義なのか! だいたい、お前も肉食ったんだから共犯だぞ!」
「え? 言ってないよ! 僕はただ、忘れ物をとりに……」
「食ったろ? 確かに食った! しかもあれは、エリカが目を付けていた良さげな肉だったぞ! 食っただろ!」
「食べたけれども……」
するとエーイチが、
「おいレンジ。自分で決定的なこと自白しまくってどうする……」
「しまった……みんな、ごめん……ッ!」
「はい、焼肉をした五人は、あとで職員室に来なさい」
先生はそう言うと、朝の会を終わらせ、教室を出て行った。
職員室で先生によって下された判決。
レンジ、エーイチ、あかり、エリカ、ヒロの五人は、以降三週間、毎日教室の掃除をすること。特に拭き掃除を念入りに。
「いやはや、小遣いは使い果たすし、掃除させられるし、すげー怒られるし、俺とエーイチに至っては焼肉の首謀者ということで親まで呼び出された。踏んだり蹴ったりだぜ」
これが、レンジが親に事情を聞かれた時の申し開きの言葉である。レンジは父親に拳骨をもらうことになった。
――親父の拳は痛かったけど、でも、楽しかったし、エリカは元気になったし、肉うまかったし、まあ、良いか。