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カノンソング  作者: 黒十二色
カノン進行
5/48

第5話 サンタさんはいるよね。 レンジ・あかり篇

「さむいな」


「さむいね」


 赤いランドセルを背負った男の子と、同じく赤いランドセルを背負った女の子が、二人きりで帰り道を歩いていた。


 非常に寒い日で、手袋をして来なかったことを後悔しながら、二人してポケットに手を突っ込んで歩いていた。ポケットに手を入れるというのは、厳しい担任教師に見つかったら叱られた挙句に帰りの会で吊るし上げられかねない禁止行為であったが、しもやけになるリスクを考えれば、当然の行動であろう。


「ねえ、サンタさんって、いるよね」


 女の子が唐突に言ったが、


「いないよ」


 男の子は否定した。


「サンタさんは、来るよね」


「いいや、来ないね」


「何でよ?」


「知ってるか? クリスマスってのは、サンタが来る日じゃなくて、男と女がイチャイチャする日なんだぜ」


「イチャイチャって、何?」


「えっと、えっと……」


 自分で言っておきながら、イチャイチャの意味がわからなかった。他人から聞いた表現をそのまま垂れ流したからだ。


「と、とにかく、サンタは絶対に来ないね! 命かけてもいいゼ」


「来るもん……グスン」


「な、ウソ泣きとかすんなよな! ずりー奴だな! ばーか!」


 男の子はそう言って、走って逃げ出した。


「ひどいよ……レンジくん……」


 彼が去った後、泣き虫の女の子は泣きながら一人、呟いた。


  ★


 女の子は家に戻ると、玄関にランドセルを叩きつけた。


「こら、あかり! 帰ったらまず『ただいま』でしょ!」


「うるさいなぁ!」


 母に反抗して自分の部屋に向かおうとした内弁慶の女の子だったが、その腕は掴まれてしまった。


 そして母は、優しく微笑みながら、


「どうしたの? 学校で何かあった? いじめられた?」


 すると女の子は泣きそうな顔で、、


「サンタさんが……来ないって……」


「え? サンタクロース? 来るに決まってるじゃない。去年も一昨年も来たでしょう? 枕元にプレゼントあったでしょう?」


「本当に? 本当に来る?」


「本当よ。良い子にしてれば、サンタさんは来るの。でも、ランドセル叩きつけたりする子のところには来ないかもね」


「ごめんなさい……」


「そうね、そして帰ってきたら、まず言うのは?」


「……ただいま」


「そう。よくできました。はい、ランドセル。勉強道具は大事にしないとね」


 母はそう言って、女の子に赤いランドセルを手渡した。


 女の子も母につれらて微笑みながら、ランドセルを受け取る。


「あれ?」


 ふと、受け取った時に僅かに違和感。よく観察してみてハッと驚いた。それまでランドセルは大事に使ってきたはずなのに、大きな傷があったからだ。


「どうしたの?」


「う、ううん、何でもない」


 首を横に振った時、女の子は確信していた。そのランドセルが、サンタは来ないと言った男の子のものだということを。


 玄関の床に叩きつけたくらいでは大きな傷ができるはずがない。ランドセルは、姉弟で同じものが使えるくらいに頑丈なものだということを、女の子は知っていたのだ。


 手を洗い、うがいをしてから自分の部屋に入る。


「どこで入れ替わったんだろ……」


 呟き、勉強机の前に座り、足を浮かせながら見慣れないランドセルを机に置いて考えてみる。


 帰り道を思い出してみて、閃いた。


「あ、あの時か」


 帰り道で、皆で荷物持ちジャンケンをして、ジャンケンで負けた子との別れ際に、男の子と女の子のランドセルが入れ替わったのだ。


 サンタは居ないと言い張った男の子が、自分のだと勘違いして女の子のランドセルを背負ってしまったのが原因で、女の子の方も、最後に残ったのが自分のものだと勘違いしてしまった。


 同じ赤いランドセルだったものだから、そのことに気付けなかったというわけだ。


 女の子は、ランドセルを開けた。


 変なにおいがするなと思った。


「そうだ、何か弱味を握れるかも」


 仕返ししよう、と女の子は思いついた。


「このまま泣かされっぱなしで終わりたくないもん」


 汚いランドセルの中に手を突っ込み、中身を引っ張り出してみる。


 弱味になりそうなものは見当たらなかった。


「あれー? これだけかなぁ?」


 軽いランドセルを逆さにしてバシバシと叩くと、はらりと一枚の紙が飛び出し、ひらひら落ちてきた。便箋に書かれた汚い文字。なにやら手紙のようである。


「あ……」


 手紙に書いてあった文字は――


『サンタさんへ』


 女の子は嬉しくなって思わずクスリと笑った。


 なんだかんだ言っても、男の子もサンタさんに来て欲しいんじゃないかと思って、泣かされたことも許してあげることに決めた。


 男の子のサンタさんへの手紙は、


『さいしんゲームきとソフトがほしい。■■■ちゃんと、なかよくなりたい』


 鉛筆書きの、たった一行の汚い字。しかも仲良くなりたい誰かの名前は、汚くガリガリに塗りつぶされていて、読むことができない。


「誰のことだろう……」


 私のことかな、と女の子は思った。


 そうだったらいいな、と思った。


 まてよ、違う誰かのことかな、と女の子は考えた。


「だったら嫌だな」


 女の子は呟いて、はっとした。


  ★


 次の朝、男の子と女の子は教室で顔を合わせた。


「昨日は……ごめん。あかりちゃん」


 男の子が、ランドセルを女の子の机に置いた後、恥ずかしそうに目を逸らしながら言うと、彼女は、


「ねぇ、レンジくん。サンタさんは、いるよね」


 待ってましたとばかりにそう言った。


 男の子は、赤面しながらもふんぞり返って、


「……あ、当り前だろ!」


 そうして二人で、おかしくなって、声に出して笑い合った。




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