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カノンソング  作者: 黒十二色
カノンソング番外編
45/48

第45話 番外編 一人旅 ヒロ篇

 四月某日。


 初美は大学に居た。今日は、来期の四月から新三年生になる人向けの説明会があったのだ。


 その「ガイダンス」とよばれる集まりが大講堂で行われた後に、初美は友人たちと学生食堂でお茶していた。


「そういえば初美。ヒロくんはどうしたの?」


 初美の友人が訪ねると、


「あァ、ヒロね。ヒロは、どっか行っちまった」


「ん? 何それ」


「いや、なんか数日前から、ひたすら自転車で一人旅してるらしいよ」


「うおお、青春だねぇ……」


「うん、まぁ、色々あるからね、ヒロも。色々……」


  ★


 ここは、どこだろうか。


 愛用のチャリをガタガタ言わせながら、舗装されていない砂利道を少し走ったところで、この旅二度目のパンクをした。


 もう目の前にはアスファルトの道があったのに。


 周囲を見渡してみると、山に囲まれた平地で、見渡す限り自転車屋の気配すらしない。


「こんな所でっ……このポンコツが!」


 自転車を引っ叩くと、手の平が痛かった。当然である。


 天気は晴れだというのに、僕のハートは暗雲に覆われている。


 そんな僕が今、何故一人旅をしているのかと言えば、早い話が、留年が決定したからだ。


 第二学年から第三学年へ進む事ができないらしい。


 理由は、成績不振。


 実に単純な理由だが、これには複雑な事情がある。


 順調だった僕の大学での成績が何故急降下したのかと言えば、あのレンジの事故があったからだ。


 ……いや、他人のせいにするわけでは断じて無いのだが、あの事故がなければ、出席日数ギリギリだった講義にもちゃんと出席しただろうし、提出しなければならなかったレポートの存在を忘れる事もなかっただろうし、試験というものに対する心構えというか、準備もしっかりとできたはずだ。


 つまり……レンジのことが心配で、大学どころではなかったのだ!


 なんてね、今さら言い訳したところで、取り逃した単位は戻ってこない。


 でも良いんだ。過ぎたことは。どうでも。


 問題は、これからどうするか、ということ。


 第三学年になる……ということは、思ったよりも重要なことで、第二学年では受講できない科目が多くあったりするのだ。その分、他の科目を選択するにしても、順調に来ていた一年目、二年目の時よりも、はるかに多くの暇が生まれてしまうわけだ。


 そこで、ちょっとした自分探しの旅、などというものをやってみようと思い立ち、友人たち数名に「旅に出ます」とメールを送って、チャリに乗って北を目指した。


 日本の北端くらいまでは行こうとか考えていたのだが、既に迷ってしまって、どちらが北なのかすらわからない。


 携帯もすでに電池切れだ。


 実はあまり遠くに来ていないんじゃないかという疑惑もあったが、周囲の風景は、山に囲まれた緑いっぱいの知らない田舎町なので、そこそこ遠くまで来ているはずだ。


 ふと見つけた公園内に入る。


「やれやれ、どうしたものかな……」


 僕は呟き、自転車を降りて、公園内のベンチに横になった。


 良い天気だ。


 このまま昼寝でもしてみようか。どうせ浅い眠りと深いストレスの合わせ技で金縛りになったりするのだろうが……。


 そして僕は、眠りに落ちた。



  ★



「ひぅ……うぁあ!」


 僕は悪夢に近い金縛りから目覚める。


 悲鳴を上げながら目を開くと、目の前に男の子の顔があった。


「おじさぁん、どうしたの? うなされてたけど」


 おいおい、おじさんとか言われたぞ。僕はまだ大学生。若者のはずだ。見た目だってちゃんと若い。


「おじさん、見ない顔だね。どこから来たの?」


「都会からだよ」


「ふーん。何しに来たの?」


「ちょっと自転車の一人旅をな」


「うわあブルースプリングだね」


「ん? 何だそれは」


青春(アオハル)だねって言ったの」


「……なるほど……青と春を英語にしたのか。だが、わけのわからない言葉を使うなよ」


「え? 知らないの? 今ね、おれの学校でこの表現流行ってるんだけど」


「そんなクソ田舎のローカルなネタを僕が理解できるはず無いだろう」


「ところでおじさん」


「おじさんってやめてくれ。どう見たって、お兄さんだろ」


「お兄さん、ここは、おれのベンチだよ」


「何言ってる、公園ってのは公共の場所だ。今からそんなホームレスみたいなこと言ってると将来が気の毒なことになるぞ」


 なんだか今の言葉は自分にブーメランしてきそうだ。普段から、公共の場であるはずの大学図書館の一角を、自分の席あつかいしてきたわけだからな。


「あ、それよりもお兄さん、お兄さんの自転車パンクしてるけど」


「ああ、その自転車は僕の心みたいに脆いやつなんだ。ここ三日で二度もパンクしてくれた」


「おれ、直せるよ。これ」


「何だって? お前みたいな子供に直せるもんか。僕にだって直せないのに」


「ちょっと待ってて、工具取ってくる」


 男の子は、駆けていってしまった。


 小学校の中学年ほどだろうか。


 僕が彼くらいの年齢の頃には……いじめられていたな……。


 初美が俺に手を差し伸べてくれるまで、ずっといじめられてた。


 その後、初美のパシリみたいになって、初美に布製品噴きつけ型消臭剤を掛けられて濡れ鼠にされる等という、いじめまがいのことをされたりした。


 何がきっかけで、初美から攻撃されることになったのか、よくは憶えていないけど……何か僕が初美の大事なものを壊したとか何とか、どっちかというと些細な理由だったような気がする。


 ともかく、幼少期の初美にとって、僕という存在は、おもちゃのようなものだったに違いない。


 ただ……当時の僕は初美のことが好きだったので、そんな日々は苦痛でも何でもなくて、むしろ楽しくて仕方なかった。消臭剤掛けられててもはしゃいでた。


 だから、僕の転校で別れることになってしまった時には、女々しくも布団にもぐって大泣きしたものだ。


 あーあ、振り返ってみると、子供の頃から情けない記憶ばかりだ。


 そして今、この人生という山の三合目くらいで留まり、見事に足踏みしている。僕の進歩の無さに自分でも呆れてしまう。


 人生はループしながらも発展進化してゆくはずなのに。


 発展させなくてはならないと思っているのに。


 それなのに、上手に生きてゆくことのできない自分が、非常に腹立たしい。


 しかし、だ。


 雨の日もあれば晴れの日もある。それが人生というものだ。大丈夫。


 今日のこの旅が、明日の晴れへと続けばいいなと思う。


 しばらくすると、男の子が工具を持って戻ってきた。


「お兄さん、ただいま。すぐ終わるからちょっと待っててね」


 男の子は戻ってくるなり、すぐに作業に取り掛かり、桶に水をはったり、チューブを水に沈めたりしながら、テープ状のものを貼りつけたりして、あっという間にパンクを直してみせた。


「これでオーケーです。ついでに油も差しておきましたから」


「すまんな。何かお礼しないとな」


 僕が言うと、


「じゃあ、これ」


 と言って、男の子は青くて冷たい箱を差し出してきた。


 箱はピッタリと閉まっている。


「何だ、この箱は」


 まさか、パンクを直してもらった上、こんなに綺麗な、国宝みたいな箱を俺にプレゼントしてくれると言うのか?


 僕、前世にすごい善行でもしたのだろうか。それとも、僕とこの男の子が生き別れの兄弟で、再会を祝しての贈り物とかであろうか。


 ありえない妄想を繰り広げながら、「くれるのか?」と訊くと、


「ちがうよ」


 あっさり言って、首を振った。


「おれ、その箱を開けなくちゃいけないんだけど、どうしても開かないんだ」


「それで、何が困るんだ?」


「困るんだよ。箱を開けられないと、おれの友達がいじめられることになるんだ」


「箱を開けるのといじめと、どう繋がってるんだ?」


「だから、友達がさ、勝手に箱閉じちゃって、開かなくなっちゃってさ。持ち主が、超がつくほどのいじめっ子でさ。だからおれが、大人の手を借りて箱を開けようとしてるわけ」


「よくわからないけど。まあいい、ちょっと貸してみろ」


「はい」


 僕は男の子から青い箱を受け取ると、あっさりとそれを開けてみせた。


 馴染み深い緩やかな音楽が、響いた。


「さすが、お兄さん。男らしい! 力持ち!」


 男の子は、言うと、風のように走り去ってゆく。


「ありがとなー!」


 僕は彼の背中に礼を言うと、直った自転車に跨った。


  ★


「あれ? そういえば今日、文学部もガイダンスだよね。ヒロくん、来なくて大丈夫なの? もしかしてガイダンスあるの知らないのかな……メールしてみようかな」


「あ、連絡はしないであげてくれ」


「何でよ初美。ガイダンスあるの知らないでブラブラしてるんだとしたら……」


「いや、知ってるだろうけど……ね。あいつ、ほら、ね。留年したから……」


「あ、ああ……そ、そうなんだ……」




大丈夫。浪人やら留年なんて、そんな全然大したことではない。しないに越したことはないけどね。

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