第43話 未来は レンジ篇
四月。桜の花が散り始めた頃になって、俺はようやく退院できることとなった。
包帯の割りに事故の怪我は大したことなくて、ほんの二週間で退院……できるはずだったのだが、ちょっと病院内ではしゃぎすぎて無意味に骨折をしてしまい、四月まで退院が延びたのだった。
皆には、呆れられた。
さすがにバカだと自分でも思ったよ。
病院の看護師さんたちとは仲良くなれたから良かったけど。
それで、色々と迷惑を掛けたものだから、男のお医者様たちからは「もう二度と来るな」みたいなことを言われたりもした。
しかし、看護師の皆さんに会いに来たりしようかなと思っていた……のだが、そんな俺の思考を読みきったかのごとく、迎えにやって来たエーイチに耳を引っ張られたりした。
タクシーに乗り込んですぐに、エーイチが俺に訊いた。
「レンジ、臨死体験、どうだった? 花畑とか見えたか?」
「いや、花畑は見えなかったが」
「じゃあ、何もナシか。死にかけた時のこと、全く憶えていないのか?」
「長いこと、夢を見ていたな」
「ほう、どんな夢だ?」
「はじめは、こわい夢だった。でも、そのこわい夢すら崩壊して、『ああ俺死ぬんだな』って思った時、歌が、きこえたんだ」
「歌?」
「ああ、歌だ。その歌声に導かれて、道なき道を進んだ。誰かに手を引っ張られるように導かれた。暗い森を切り開き、田んぼのあぜ道を走り抜けた。空を飛び、山を越え、深い谷を飛んだ。空に開いた黒い穴に飛び込んで、真っ暗なトンネルを疾走した。ほんの少しの間だけ、闇に包まれた。
そこで手を引っ張ってくれていた誰かも急に居なくなって、俺は不安になって立ち止まったんだけど、すぐに光が見えたんだ。光に近付いていくごとに、少しずつ大きく強く重なり合って行く歌声がして、どんどん楽しい気分になって、『この光を掴めば、もっと楽しい旅ができる』って思った。
そこで、目が覚めてな、そしたら驚いたぜ、懐かしい顔が、ぼろ泣きして勢ぞろいしてたから」
「まったく、心配かけおって」
「ありがとな、エーイチ」
しばらく走ったところで、エーイチがタクシー運転手に降りる意志を告げると、すぐに車は停車して、二人は降りた。
車はすぐに走り去る。
「おい、エーイチ。何でこんな所で降りたんだよ。俺の家まで送ってくれよ」
「まぁまぁ、ちょっと歩こうぜ」
背中をバシバシと叩かれる。
何なんだ、一体。
しばらく歩くと、桜の木が数本並んでいる場所があった。
桜吹雪の中を歩く。
「な?」とエーイチが誇らしげにメガネを光らせた。
「何がだよ……」
「何がって、キレイだと思わんか?」
「いや、キレイだよ。でも、何でエーイチと並んで見なくちゃいけない。女の子と一緒に見ないとキレイさ半減だ」
「ったく……相変わらずだな」
「当り前だ。そうそう変わってたまるか」
「頭打って、ちょっとは頭よくなるかと思ったんだがな」
「ケンカ売ってんのか?」
「……ところでレンジよ、憶えているか?」
「何をだよ、エーイチ」
「小学生の頃、タイムカプセル埋めただろう」
「んなこと、したっけ?」
「したんだよ。で、今回はそれを掘り返すぞ!」
「えー、入院疲れたから、家帰って寝てえよ」
「いいから来いって」
★
小学校に着くと、皆がいた。
ここにも桜が何本かあって、枝を離れた桜色の花びらが、風に舞い踊っていた。
小学校を卒業する時に埋めたもの。つまり、十年以上前のものを掘り出すらしいのだが、あかり、エリカ、ヒロが居るのはわかるんだ。だが何故引っ越したはずのケイコと、そもそもこの小学校に通ってすらいない初美が居るのか、ナゾだ。
「さて、それじゃあ退院おめでとう……ということで、レンジに掘り出してもらおうと思う」
六人分の拍手が響いた。
「ほれ、シャベル」
と言ってエーイチがシャベルを差し出してくる。
「……わかったよ掘ればいいんだろ、掘れば」
まったく……何で退院してすぐ、こんな重労働をしなきゃならんのだ。
しばらく掘って、何かにぶつかる。
地面にシャベルを突き刺し、周囲を更に深く掘り、かつてクッキーが入っていたような卵っぽい形のカンを掘り出した。かなり錆びていた。
「これ……だよな」俺は呟く。
「ああ、これだ」エーイチは嬉しそうな声を出した。
エーイチがそう言うんなら、これが目的のものなのだろう。
すっかりかたくなっていたフタを、無理矢理に開ける。
茶色く変色した紙が何枚か出てきた。
エーイチが一枚ずつ手にとって読み上げる。
「エリカは、『画家になりたい』か」
「エリカにしてはマトモだ」
「ちょっとレンジ、どういう意味よ」
「意外と普通だったな。確かにエリカは絵上手だったよな」とエーイチ。
「別に、普通だっていいじゃん……」
そして、次の紙に目を落とす。
「これは、ええと、あかりだな。『レンジくん。サンタさんは来るよね』って……なんじゃこりゃ」
「あかり。一体の何だよこれは」
「うーん、わかんない。思い返してみると、むかし、レンジとそういう話をしたような気もするわ」
「俺はサンタなどいない派だったからな、きっとあかりとは対立してただろ」
「嘘だぁ。レンジは、サンタがいるって思ってたよ」
「そんなわけねえだろ。俺が小学生でもまだサンタ信じてたとか、ありえないね」
「あっそ。こっちにとっては、いい思い出なのにな」
あかりは少し残念そうだった。
お次は、ヒロであった。
「お、『エリカ様が好きです』だってよ」
「おいおい、マジかよ」
「ちが、違うよレンジ。僕こんなの書いてないよ!」
「何を言うか。書いたからここにあるんだろうが」
「待ってよエーイチ。確かに好きだったけど、こんなところには書かないよ!」
「お」
「あ……」
「ごめんなさい」とエリカ。
「い、いや、今はもう好きじゃないし!」
すると初美が、「必死だな」と言ってニヤリとした。
「うるさいよ!」
「さて、次は、オレか」エーイチ
「そうだよ、エーイチだってきっと変なこと書いてる。絶対僕よりも変なはずだ」
「まさか。まぁいい。読み上げればわかることだ。オレが書いたのは……『メガネ革命』か。なるほど、メガネ革命。メガネ革命? メガネ革命って何だ?」
「……エーイチ?」
「いや違う! これは何かの間違いだぁ!」
「エーイチくんって、実は昔からマトモじゃなかったんだね」あかり。
「ち、違う! ウソだ、こんなもの……」
その時、ヒロが拳で自らの手を叩いた。
「あ、思い出したぞ。これ、僕とエーイチで名前だけ交換して入れたんだよ」
「そうだ。そうだった! そうだろ。言われてみればそうだったぞ!」
「じゃあ、エーイチのが本当はヒロので、ヒロのがエーイチのなの?」エリカ。
「そうさ。オレはメガネ革命なんて目指していない!」
「……」
エリカは考え込むように黙り込んだ。
「そして最後は、レンジだな」
「おう、俺は何て書いた?」
「うむ、『スターになる』だそうだ」
「いかにも昔の俺が言いそうなことだが」
「危うく本当に星になってしまうところだったよな」
「冗談が過ぎるぞエーイチ」
「まぁ、レンジももう大人だ。今はもうこんなことは言わないだろ」
だけど、あいにく、俺はエーイチの予想の範疇にはおさまらない男だ。
「……よし。俺、今の探偵社やめるぜ!」
「ええっ?」皆、びっくりしたような声を出した。
「本気でスターになる! 今ならまだ間に合う!」
「バカだろ……」
「あたしも! 会社やめて画家になる!」
それでエーイチが、「エリカにバカが伝染したぞ!」と言って、あかりが、「皆! バリアーよ!」などと叫んだ。
俺とエリカ以外の全員が、思い思いの変なポーズをしていた。
昔に戻ったみたいで、この上なく恥ずかしくて、だけどなんだか懐かしくて、俺たちは笑った。
ふとエーイチが、もう一枚、紙があるのに気付いた。
「ん? おい、みんな。もう一つ、何か入ってるぞ」
ものすごい懐かしいものだった。過去に抱いていた夢を書いた紙なんてものよりも、よほど鮮明に俺たちを引き戻してくれるような紙の束だ。
「うお……それは……展覧会に出した漫画クラブの作品じゃないか」
「わぁ。懐かしい!」
エリカが手を叩いて喜んだ。
「出来の悪い漫画だね」ヒロ。
「おいおい、ヒロ。これは大半がエリカが描いたものだぞ」
「だから何だってんだよ」
そして、この頃、俺たちと一緒にいなかった初美が、第三者の視点から素朴な疑問を口にした。
「ねぇ、これ何で主人公はバラくわえてんの?」
「ああ、レンジは昔から何かとバラをくわえさせるよな」エーイチ。
「バラに何か思い入れでもあるの?」ヒロ。
「バラが嫌いなヤツなんているのか?」と俺が言う。
「そりゃ居るでしょう……」とあかりが言ったが、
「俺はバラ好きだぞ。誰が何と言おうと、俺はバラという花が好きだ。バラにいい思い出ばかりがあるわけじゃないけど、これからも好きで居続けるだろう」
「知ってるよ」とエーイチ。
そしてケイコまでもが、「でも本当この頃しつこかったよ、もうバラ描けバラ描けって、エリカにしつこく言ってさ、エリカ、本気で嫌がってたんだよ」と、あの頃の俺を責めるようなことを言ってきた。
何となく向かい風になりつつあったので、ここらへんで話をぶった切ろうと思う。
「……あ、そういえばケイコ」
「なに、レンジ」
「お前の名前が入った黄色いマフラーを拾ったんだが」
「え……ウソでしょ……そんなことってある?」
「橋のところで拾ったんだ。大雨の日に」
「……何か、すごいね」
「ああ、奇跡みたいだった」
見上げた空は、青い空。飛行機雲が走っていた。
俺は、かつて付き合っていたこともある初美のことが気になって、遠くから様子をうかがうことにした。
初美が、ヒロと話していたので、聞き耳を立ててみる。
「初美はさ、皆のことよくわかんないだろ? ここにいても面白くないんじゃないか?」
「そんなことないぞヒロ。おれはどこでも楽しめる女だ」
「ああ、そうなの」
「そう。女だ」
「ん、何でそんなに女であることを強調するんだよ」
「これ、何だかわかる?」
「なに、その二枚の紙切れ」
「タイムカプセルだよ。ヒロが引っ越す前、おれたちが小三の時に将来の夢を書いて埋めたやつ」
「……ん? 何でそれを初美が持ってるの?」
「ここで掘り出しイベントをやるっていうからさ、この間、思い出して掘り出したんだ。ヒロのも」
「おい……何で僕のも勝手に掘ってんだよ!」
「だって一緒に入ってたんだもん」
「それで……初美は何て書いてたの?」
「ピアニスト」
「そういえばやってたね。ピアノ」
「これ書いた直後やめたけどね。願いなんてのは、土に埋めちゃいけないのかもしんないね」
「僕のは、何て?」
「聞きたい? 後悔するかもよ」
「いいから、読めよ」
「『初美くんのお嫁さんになりたいです』だそうだよ」
「……いやいやいやいや。それ僕書いてないよ。ゼッタイ捏造だ」
「書いたからここにあるんだろ。あのね、ヒロ。おれは女なの。そしてヒロは男。どう頑張ったってヒロがお嫁に来るのは今の決まりじゃ無理なの。わかる?」
「む、昔の話だろ!」
「女がボーイソプラノになるのは無理だし、男が歌姫と呼ばれるには相当な努力をしなければならないよ」
「きっとそれは、昔の僕が、『初美さんを嫁にしたい』って書きたかったんだろ」
「へぇ」
「反応うすっ! ありがとうとか言ったらどうなんだよ!」
「ごめんなさい」
「くっ……」
ぎゃふんって感じだった
「なあヒロ。おれ、もう一度ピアノはじめようかな」
「やればいいよ。腱鞘炎にでも悩まされればいいよ」
「あ! 言ったな、この野郎!」
楽しそうにじゃれ合っていた。
タイムカプセル掘り出しイベントも終わりに差し掛かった頃、俺は皆に問いかけた。
あかり、エリカ、ケイコ、ヒロ、エーイチ、初美。
みんなに、今幸せかと問いかけた。
ちゃんと幸せだって返ってきた。
だけど……俺は自信を持って言ってやる。
「甘いね! 今、世界中で、俺が一番幸せだと思うね!」
そしてこれからも、幸せでいられるという確信があった。たとえここにいる皆と、しばらく会えなくなっても、きっとまた再会して笑い合えるとも思った。
次に会う時までに、なんとしても、ビッグな男になっておかないとな。
きっと大丈夫。何もかも、ちょっと遅れても、遅すぎるなんてことはない。




