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カノンソング  作者: 黒十二色
終わりなき歌
43/48

第43話 未来は レンジ篇

 四月。桜の花が散り始めた頃になって、俺はようやく退院できることとなった。


 包帯の割りに事故の怪我は大したことなくて、ほんの二週間で退院……できるはずだったのだが、ちょっと病院内ではしゃぎすぎて無意味に骨折をしてしまい、四月まで退院が延びたのだった。


 皆には、呆れられた。


 さすがにバカだと自分でも思ったよ。


 病院の看護師さんたちとは仲良くなれたから良かったけど。


 それで、色々と迷惑を掛けたものだから、男のお医者様たちからは「もう二度と来るな」みたいなことを言われたりもした。


 しかし、看護師の皆さんに会いに来たりしようかなと思っていた……のだが、そんな俺の思考を読みきったかのごとく、迎えにやって来たエーイチに耳を引っ張られたりした。


 タクシーに乗り込んですぐに、エーイチが俺に訊いた。


「レンジ、臨死体験、どうだった? 花畑とか見えたか?」


「いや、花畑は見えなかったが」


「じゃあ、何もナシか。死にかけた時のこと、全く憶えていないのか?」


「長いこと、夢を見ていたな」


「ほう、どんな夢だ?」


「はじめは、こわい夢だった。でも、そのこわい夢すら崩壊して、『ああ俺死ぬんだな』って思った時、歌が、きこえたんだ」


「歌?」


「ああ、歌だ。その歌声に導かれて、道なき道を進んだ。誰かに手を引っ張られるように導かれた。暗い森を切り開き、田んぼのあぜ道を走り抜けた。空を飛び、山を越え、深い谷を飛んだ。空に開いた黒い穴に飛び込んで、真っ暗なトンネルを疾走した。ほんの少しの間だけ、闇に包まれた。


そこで手を引っ張ってくれていた誰かも急に居なくなって、俺は不安になって立ち止まったんだけど、すぐに光が見えたんだ。光に近付いていくごとに、少しずつ大きく強く重なり合って行く歌声がして、どんどん楽しい気分になって、『この光を掴めば、もっと楽しい旅ができる』って思った。


そこで、目が覚めてな、そしたら驚いたぜ、懐かしい顔が、ぼろ泣きして勢ぞろいしてたから」


「まったく、心配かけおって」


「ありがとな、エーイチ」


 しばらく走ったところで、エーイチがタクシー運転手に降りる意志を告げると、すぐに車は停車して、二人は降りた。


 車はすぐに走り去る。


「おい、エーイチ。何でこんな所で降りたんだよ。俺の家まで送ってくれよ」


「まぁまぁ、ちょっと歩こうぜ」


 背中をバシバシと叩かれる。


 何なんだ、一体。


 しばらく歩くと、桜の木が数本並んでいる場所があった。


 桜吹雪の中を歩く。


「な?」とエーイチが誇らしげにメガネを光らせた。


「何がだよ……」


「何がって、キレイだと思わんか?」


「いや、キレイだよ。でも、何でエーイチと並んで見なくちゃいけない。女の子と一緒に見ないとキレイさ半減だ」


「ったく……相変わらずだな」


「当り前だ。そうそう変わってたまるか」


「頭打って、ちょっとは頭よくなるかと思ったんだがな」


「ケンカ売ってんのか?」


「……ところでレンジよ、憶えているか?」


「何をだよ、エーイチ」


「小学生の頃、タイムカプセル埋めただろう」


「んなこと、したっけ?」


「したんだよ。で、今回はそれを掘り返すぞ!」


「えー、入院疲れたから、家帰って寝てえよ」


「いいから来いって」


  ★


 小学校に着くと、皆がいた。


 ここにも桜が何本かあって、枝を離れた桜色の花びらが、風に舞い踊っていた。


 小学校を卒業する時に埋めたもの。つまり、十年以上前のものを掘り出すらしいのだが、あかり、エリカ、ヒロが居るのはわかるんだ。だが何故引っ越したはずのケイコと、そもそもこの小学校に通ってすらいない初美が居るのか、ナゾだ。


「さて、それじゃあ退院おめでとう……ということで、レンジに掘り出してもらおうと思う」


 六人分の拍手が響いた。


「ほれ、シャベル」


 と言ってエーイチがシャベルを差し出してくる。


「……わかったよ掘ればいいんだろ、掘れば」


 まったく……何で退院してすぐ、こんな重労働をしなきゃならんのだ。


 しばらく掘って、何かにぶつかる。


 地面にシャベルを突き刺し、周囲を更に深く掘り、かつてクッキーが入っていたような卵っぽい形のカンを掘り出した。かなり錆びていた。


「これ……だよな」俺は呟く。


「ああ、これだ」エーイチは嬉しそうな声を出した。


 エーイチがそう言うんなら、これが目的のものなのだろう。


 すっかりかたくなっていたフタを、無理矢理に開ける。


 茶色く変色した紙が何枚か出てきた。


 エーイチが一枚ずつ手にとって読み上げる。


「エリカは、『画家になりたい』か」


「エリカにしてはマトモだ」


「ちょっとレンジ、どういう意味よ」


「意外と普通だったな。確かにエリカは絵上手だったよな」とエーイチ。


「別に、普通だっていいじゃん……」


 そして、次の紙に目を落とす。


「これは、ええと、あかりだな。『レンジくん。サンタさんは来るよね』って……なんじゃこりゃ」


「あかり。一体の何だよこれは」


「うーん、わかんない。思い返してみると、むかし、レンジとそういう話をしたような気もするわ」


「俺はサンタなどいない派だったからな、きっとあかりとは対立してただろ」


「嘘だぁ。レンジは、サンタがいるって思ってたよ」


「そんなわけねえだろ。俺が小学生でもまだサンタ信じてたとか、ありえないね」


「あっそ。こっちにとっては、いい思い出なのにな」


 あかりは少し残念そうだった。


 お次は、ヒロであった。


「お、『エリカ様が好きです』だってよ」


「おいおい、マジかよ」


「ちが、違うよレンジ。僕こんなの書いてないよ!」


「何を言うか。書いたからここにあるんだろうが」


「待ってよエーイチ。確かに好きだったけど、こんなところには書かないよ!」


「お」


「あ……」


「ごめんなさい」とエリカ。


「い、いや、今はもう好きじゃないし!」


 すると初美が、「必死だな」と言ってニヤリとした。


「うるさいよ!」


「さて、次は、オレか」エーイチ


「そうだよ、エーイチだってきっと変なこと書いてる。絶対僕よりも変なはずだ」


「まさか。まぁいい。読み上げればわかることだ。オレが書いたのは……『メガネ革命』か。なるほど、メガネ革命。メガネ革命? メガネ革命って何だ?」


「……エーイチ?」


「いや違う! これは何かの間違いだぁ!」


「エーイチくんって、実は昔からマトモじゃなかったんだね」あかり。


「ち、違う! ウソだ、こんなもの……」


 その時、ヒロが拳で自らの手を叩いた。


「あ、思い出したぞ。これ、僕とエーイチで名前だけ交換して入れたんだよ」


「そうだ。そうだった! そうだろ。言われてみればそうだったぞ!」


「じゃあ、エーイチのが本当はヒロので、ヒロのがエーイチのなの?」エリカ。


「そうさ。オレはメガネ革命なんて目指していない!」


「……」


 エリカは考え込むように黙り込んだ。


「そして最後は、レンジだな」


「おう、俺は何て書いた?」


「うむ、『スターになる』だそうだ」


「いかにも昔の俺が言いそうなことだが」


「危うく本当に星になってしまうところだったよな」


「冗談が過ぎるぞエーイチ」


「まぁ、レンジももう大人だ。今はもうこんなことは言わないだろ」


 だけど、あいにく、俺はエーイチの予想の範疇にはおさまらない男だ。


「……よし。俺、今の探偵社やめるぜ!」


「ええっ?」皆、びっくりしたような声を出した。


「本気でスターになる! 今ならまだ間に合う!」


「バカだろ……」


「あたしも! 会社やめて画家になる!」


 それでエーイチが、「エリカにバカが伝染したぞ!」と言って、あかりが、「皆! バリアーよ!」などと叫んだ。


 俺とエリカ以外の全員が、思い思いの変なポーズをしていた。


 昔に戻ったみたいで、この上なく恥ずかしくて、だけどなんだか懐かしくて、俺たちは笑った。





 ふとエーイチが、もう一枚、紙があるのに気付いた。


「ん? おい、みんな。もう一つ、何か入ってるぞ」


 ものすごい懐かしいものだった。過去に抱いていた夢を書いた紙なんてものよりも、よほど鮮明に俺たちを引き戻してくれるような紙の束だ。


「うお……それは……展覧会に出した漫画クラブの作品じゃないか」


「わぁ。懐かしい!」


 エリカが手を叩いて喜んだ。


「出来の悪い漫画だね」ヒロ。


「おいおい、ヒロ。これは大半がエリカが描いたものだぞ」


「だから何だってんだよ」


 そして、この頃、俺たちと一緒にいなかった初美が、第三者の視点から素朴な疑問を口にした。


「ねぇ、これ何で主人公はバラくわえてんの?」


「ああ、レンジは昔から何かとバラをくわえさせるよな」エーイチ。


「バラに何か思い入れでもあるの?」ヒロ。


「バラが嫌いなヤツなんているのか?」と俺が言う。


「そりゃ居るでしょう……」とあかりが言ったが、


「俺はバラ好きだぞ。誰が何と言おうと、俺はバラという花が好きだ。バラにいい思い出ばかりがあるわけじゃないけど、これからも好きで居続けるだろう」


「知ってるよ」とエーイチ。


 そしてケイコまでもが、「でも本当この頃しつこかったよ、もうバラ描けバラ描けって、エリカにしつこく言ってさ、エリカ、本気で嫌がってたんだよ」と、あの頃の俺を責めるようなことを言ってきた。


 何となく向かい風になりつつあったので、ここらへんで話をぶった切ろうと思う。


「……あ、そういえばケイコ」


「なに、レンジ」


「お前の名前が入った黄色いマフラーを拾ったんだが」


「え……ウソでしょ……そんなことってある?」


「橋のところで拾ったんだ。大雨の日に」


「……何か、すごいね」


「ああ、奇跡みたいだった」


 見上げた空は、青い空。飛行機雲が走っていた。




 俺は、かつて付き合っていたこともある初美のことが気になって、遠くから様子をうかがうことにした。


 初美が、ヒロと話していたので、聞き耳を立ててみる。


「初美はさ、皆のことよくわかんないだろ? ここにいても面白くないんじゃないか?」


「そんなことないぞヒロ。おれはどこでも楽しめる女だ」


「ああ、そうなの」


「そう。女だ」


「ん、何でそんなに女であることを強調するんだよ」


「これ、何だかわかる?」


「なに、その二枚の紙切れ」


「タイムカプセルだよ。ヒロが引っ越す前、おれたちが小三の時に将来の夢を書いて埋めたやつ」


「……ん? 何でそれを初美が持ってるの?」


「ここで掘り出しイベントをやるっていうからさ、この間、思い出して掘り出したんだ。ヒロのも」


「おい……何で僕のも勝手に掘ってんだよ!」


「だって一緒に入ってたんだもん」


「それで……初美は何て書いてたの?」


「ピアニスト」


「そういえばやってたね。ピアノ」


「これ書いた直後やめたけどね。願いなんてのは、土に埋めちゃいけないのかもしんないね」


「僕のは、何て?」


「聞きたい? 後悔するかもよ」


「いいから、読めよ」


「『初美くんのお嫁さんになりたいです』だそうだよ」


「……いやいやいやいや。それ僕書いてないよ。ゼッタイ捏造だ」


「書いたからここにあるんだろ。あのね、ヒロ。おれは女なの。そしてヒロは男。どう頑張ったってヒロがお嫁に来るのは今の決まりじゃ無理なの。わかる?」


「む、昔の話だろ!」


「女がボーイソプラノになるのは無理だし、男が歌姫と呼ばれるには相当な努力をしなければならないよ」


「きっとそれは、昔の僕が、『初美さんを嫁にしたい』って書きたかったんだろ」


「へぇ」


「反応うすっ! ありがとうとか言ったらどうなんだよ!」


「ごめんなさい」


「くっ……」


 ぎゃふんって感じだった


「なあヒロ。おれ、もう一度ピアノはじめようかな」


「やればいいよ。腱鞘炎にでも悩まされればいいよ」


「あ! 言ったな、この野郎!」


 楽しそうにじゃれ合っていた。






 タイムカプセル掘り出しイベントも終わりに差し掛かった頃、俺は皆に問いかけた。


 あかり、エリカ、ケイコ、ヒロ、エーイチ、初美。


 みんなに、今幸せかと問いかけた。


 ちゃんと幸せだって返ってきた。


 だけど……俺は自信を持って言ってやる。


「甘いね! 今、世界中で、俺が一番幸せだと思うね!」


 そしてこれからも、幸せでいられるという確信があった。たとえここにいる皆と、しばらく会えなくなっても、きっとまた再会して笑い合えるとも思った。


 次に会う時までに、なんとしても、ビッグな男になっておかないとな。




きっと大丈夫。何もかも、ちょっと遅れても、遅すぎるなんてことはない。

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