第40話 2月15日、午後2時 エーイチ篇
静かな病室に、レンジ、エリカ、あかり、ケイコの四人がいた。女性陣は、ベッドの前に置かれた丸イスに座っていた。
「紹介しよう、初美。これが、オレの幼馴染全員集合だ」
「…………」
初美は、皆に挨拶することもなく、窓側、レンジの顔が見える場所へ行き、はっとした。息を吸い込み口元を押さえた。そして、
「レンジ……」
呟いた。
「え、知り合い……なのか?」
「うん、そうだ。おれ、レンジと付き合ってた……」
「…………」
七人分の沈黙。
それぞれが何を思ったかなんて想像もつかない。少なくとも、俺は初耳だったから、言葉を失うくらい驚いた。
「えっと……皆さん」
最初に声を出したのは初美だった。皆は初美の言葉に耳を傾ける。
「ちょっと、エーイチを借りますね」
初美はそう言うと、オレの腕を引っ張り、病室の外へと連れ出した。
オレは相変わらずボンヤリとした頭でいて、ただ歩いているだけなのに時々よろけたりしていて、そんなオレに対して初美が言ったのは、
「エーイチ、何度でもいうけどな、こんな時だからこそ、ちゃんと食べないと。ほんとにミイラ取りがミイラみたいになっちゃうぞ」
だそうだ。自分でもそう思う。でも、
「レンジだって何も食べてないだろ」
「あいつは点滴があるから大丈夫」
「それもわかってるさ。でも、理屈じゃないんだ。オレは今、何も食べたくない」
「ったく……変なとこ頑固だよな、エーイチは」
「それで、初美。急用って何だ」
「あ、うん。時間が無いみたいなんだ。歩きながら話すよ」
オレは、レンジを皆に任せて初美と出掛けることに決め、皆にそう伝えた。
「ヒロ、レンジに何かあったら、すぐ連絡してくれ。絶対だぞ」
「わかった」
強く頷いてくれた。
初美と街を歩く。
初美は、話すべきことをあれこれと頭の中で必死に整理しているようだった。
「なあ、初美。もっとレンジと一緒にいなくてよかったのか? 今でも嫌いになったってわけではないんだろう?」
「そんな時間ないんだよ。それに……」
「それに?」
「昔の……その、おれがいたら、気まずくて起きれないだろうし」
「あの男に元カノなんて概念が通用するかどうか疑問だがな」
「ああ、たしかに」
そう言って笑い合ったとき、ぐぎゅりゅぅと異常な声で、オレの腹の虫が鳴いた。
やっぱり、何か食べないとな……。
初美が、ほらほらさっさとメシを食えというメッセージを込めた瞳で、真っ直ぐオレの目を見据えていた。
「しょうがないか」
オレが折れて、食事をとることにした。
★
「それで、初美。急用っていうのは何なんだ?」
「ああ、うん。そうだね。その話をしないと」
駅近くのファストフード店で、ハンバーガーを食べながら初美の急用とやらに耳を傾ける。
せっかちな初美のことだ。何でもないような用事でも急用だと言って呼び出されたことが何度もあった。
だが、今日はオレの親友が生死の境を彷徨う怪我を負っている。そのことを知った上でオレを連れ出したのだ。よほどの急用なのだろう。
もしもこれで大したことない用事だったらオレは本気で怒る。
女だろうが容赦なく引っ叩くかもしれん。
まさか、そんなことには、ならないだろうが……。
「いいかエーイチ。全部、本当の話だからな。ウソだと思わないで真面目に聞いてくれよ?」
「ああ」
「実は――」
さてさて、初美との長い話を要約すると、次のようになる。
今現在、初美の知っている街が間もなく街ごとその一生を終えようとしていて、街を生かすために必要な条件は『箱』が開いている状態を保つこと。
その『箱』を閉めたのはレンジという男だが、オレたちの知ってるレンジの事故との関連性は不明。
その『箱』を開けるために小さな鍵は初美が知り合いの幽霊から受け取って、希望を託されている。
だが『箱』の場所がわからない。初美は、以前ヒロが『閉まらずの箱』という話をしていたのを思い出し、呼び出して詳しく訊いたが、心当たりは無いという。
そしてヒロが「エーイチなら何か知っているかも」と言った。
……といったところだ。
本当だとしたら確かに重大事件だ。
天秤にかけられることではないが、あえて天秤にかけると、レンジの件と同じくらいに重い。
街の命が消えかけているということは、多くの人間の命もなくなりかけているということだろうからな。
「エーイチがわからなかったら、本当に『箱』の場所がわからないんだよ。手がかりがゼロになっちゃう。なぁ、心当たり、無いか?」
「はっきり言おう」
オレはメガネを鋭く光らせる。
「心当たりは、――ある!」




