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カノンソング  作者: 黒十二色
前奏
4/48

第4話 サンタさん来ました エリカ・健一篇

 エリカは、玄関の鍵を開けて中に入り、鍵をかけた。


 そして、ランドセルを乱暴に玄関に投げ出すと、自分の部屋に入って鍵をかけた。


 普段は部屋の鍵をかけるなんてことはしない。でも今日は特別だ。


 今日は、イブ。サンタが来る日だからだ。


 エリカは、とっくにサンタという伝説を信じていなかったが、それでもカレンダーに最も目立つ印をつけるほど重要な日だと思っていた。


 決戦の日だからだ。


 サンタは父親だ。それは確信している。でも証拠が無い。


 見事に言い逃れできない証拠を手に入れて、今まで自分を騙してきたことを責めてやろうと考えたのだ。


 この部屋には煙突もないし、健一とかいう和風な名前の中年サンタが入ってこれるような状況じゃない。


「あ、そうだ」


 サンタが来るまえにやらなくてはならないことがあった。


 エリカは部屋の鍵を開け、リビングを抜けてキッチンまで走り、お湯を沸かす。


 湯たんぽを作るのだ。


 お湯が沸くと、火傷しないように気をつけながら湯たんぽをつくる。踏み台に乗ったまま、ヤカンを傾ける。湯気が前髪をかすめていって、湯たんぽは完成した。


 なるべく熱が逃げないようにタオルでぐるぐる巻きにして自分の部屋に戻る。枕元に吊るしてある大きな靴下の中にそれを入れ、ひとりほくそ笑む。


 ――湯たんぽを作った理由は、後になればわかることよ。父親の焦る顔と共にね。


 お湯を沸かす際に、リビングに見つけた書置きでは、サンタは今日も帰りが遅いらしい。夕飯は、冷蔵庫に入っているからチンして食べろということだ。クリスマスだっていうのに、味気ない。


「まぁ、別にあたしは信心深くはないから、構わないけどね。できたてのアツアツじゃなくても別にね」


 エリカはいつもより少しだけ豪華な食事を一人きりで済ませた後、サンタの書置きがあった場所に、サンタへの手紙を置いた。


 エリカは自分の部屋から手紙を。何日か前からずっと置きっぱなしだったし、置いた位置から少しだけ動いていたから、サンタは既に目を通したことは確信している。


 戦う意思を表明するために、絶対に見るであろう場所に手紙を置く。


『サンタクロースさまへ。――あたしは、桜とアイスクリームが欲しいです』


 実現不可能なプレゼントが書いてやった。


 桜は春に咲くものだ。十二月に咲く桜なんてあるはずがない。アイスクリームも、湯たんぽで温まった大きな靴下の中で溶けていってしまうだろう。我ながら完璧な作戦だとエリカは思った。桜風味のアイスクリームなんて買って来ようものなら、ウソ泣きして困らせてやろうとも考えていた。


『サンタさま、寒いところお疲れ様です。まずは、湯たんぽで冷えた体を温めて下さい』


 そこに湯たんぽが存在するもっともらしい理由を書いた紙を靴下の中に投入し、部屋の鍵を掛ける。電気を消して布団に潜る。


 ――そうだ。どうせ明日は小学校も休みだ。できる限り起きて、サンタの正体をこの目で確認してやろう。隙が大きければ、インスタントカメラで盗み撮りしてやろう。


 そう思っていたのだが、我慢しきれず、眠たくなって寝てしまった。


  ★


 朝、目覚めてすぐに跳ねるように起きる。枕元にあった大きな靴下を確認した。そこに、サンタへのメッセージも湯たんぽも無かった。それどころか、桜やアイスクリームすら無かった。


「何で……」


 エリカは落胆した。泣きそうになった。自分が変な事書いたから、父が怒ってしまったんだと思った。素直じゃない自分に腹が立った。


 ――サンタなんて別にいなくて良い。あたしは、ただ……。


 暗い顔をしながら鍵のかかっていない自分の部屋を出る。


 廊下を進み、リビングに続く扉を開けると、そこは、暑いくらいに暖房の効いた部屋だった。


「おう、おはよう」


 健一は新聞を読みながら、エリカと目を合わせずに言った。


「おはよう」


 エリカも言って、テーブルの上に目を落とす。


 彼女が手紙を置いた場所にあったのは、陶器製の鉢。つぼみをつけた株だった。


 つぼみの隙間から、薄いピンク色が僅かに見えている。


「なに、これ、桜……? なんで?」


「冬に咲くやつをな、買ってきた」


「そんなの、あったんだ……」


「まだ、つぼみだけどな。早く咲かそうと思って、暖房ガンガン焚いたんだが、間に合わなかったよ。あ、アイスは、冷凍庫に入ってるぞ。高級なやつ」


 父は、自分がサンタであることをもはや隠す気は無かった。娘の手紙を見て、エリカがサンタの正体に気付いていることを知ったのだ。


 エリカは、なんだか負けた気がした。


 ――素直に欲しいものを書けばよかった。きれいなお洋服とかが、本当は欲しかったのに。


 エリカは冷蔵庫の中から、高価なカップアイスを取り出し、テーブルにつくと、逆手にもったスプーンで食べ始めた。


 新聞を折りたたみ、テーブルの上に無造作に置いてニコニコするお父さん。


「おいしいか?」


 アイスを食べながら、彼女は頷く。


「ごめんな。仕事ばかりで」


 申し訳無さそうにお父さんは言った。


 また黙って頷いた。


「昨日も、浮気調査……じゃなくて。えっと、取調べが長引いてしまってなぁ」


「いいよ、もう」


「春になったら、一緒に花見でも行こうな」


「……うん」




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