第39話 2月15日、午後1時 エーイチ篇
久しぶりに会った親友は、寝ていた。
そして、なぜか寝たままずっと、起きなかった。
相変らず失礼な奴だ。
もうすぐ春だから、先取りして居眠りしているのか、それともまだ冬だから、冬眠から目覚めないでいるのかもな。暖房を浴びせるか冷房を浴びせるか、迷うような状態だと思った。
個室。いかにも病院のベッドって感じのベッド。一定間隔を正常に刻む電子音。
左半身は包帯まみれ、頭もぐるぐる巻きで、見えてるのは顔の右半分と右半身だけ。
ミイラごっこかよ、と言って頭の一つでも叩いてやりたくなる。
そんなことしたって、この状況が良くなることはなく、目を覚ましたりもしないだろうから、やらないけれど。
しばらく椅子に座ってレンジを見つめていたところ、中年の男が、後ろから話しかけてきた。
「レンジの、友達か?」
「はい」
父親だろうか。
「レンジのお父さんですか?」
「お父さんだ? 絶対に違う。未来永劫、ずっと、私がこの男のお父さんになることは受け容れられん」
「そうですか。じゃあ、失礼ですけど、どういう……」
「私は、この男の会社の上司だが、ん、君は……どこかで見たような……」
あれ。待てよ。
この人、もしかして、幼馴染のエリカの……。
「パパ。ちょっといい?」
開いていた病室の扉の向こうには、やはりエリカの姿があった。
弁当片手に手招きしていた。
昔とは見た目が変わったようだが、雰囲気は変わらない。
何も、こんな時に、こんな所で再会しなくてもいいのにな、って思う。
「エリカ!」
オレは、彼女の名前を呼んだ。
「もしかして、エーイチ……?」
オレはメガネを弱く光らせて、
「ああ、エーイチだ」
エリカは、レンジの上司だと名乗る父親に、弁当を届けに来たようだ。
「エーイチは、どうしてここに……?」
「レンジが、バイクに撥ねられて……意識が無いんだ」
「レンジ? レンジって……?」
エリカは病室内を走り、窓側まで行って、室内で寝ているレンジの顔を確認する。
「な?」
そう言っては見たものの、包帯だらけで顔なんてちょっとしか見えないか。
「これ、ほんとにレンジなの? 何で……事故なんかに……」
「さあな。バカなんだろ」
オレはそう言ってやった。
皆に心配かけやがって、オレに心配かけやがって。オレが楽しみにしていたエリカとの再会をこんなしんみりしたものにさせやがって、許せないよな。
「パパ。あたし、今日仕事休んで良い?」とエリカ。
「ダメだ。お前は仕事へ行け」エリカの父。
「行かない! だってレンジなんでしょ! 危ないんでしょ?」
「わかったよ。本来、私がレンジを見ているべきなんだが……」
「その前に、どうしてレンジがパパの会社にいるって、あたしに隠してたの?」
「隠してなど」
「うそだ! 新人はみんな一緒のとこに入るのに、わざとあたしの部署と違う場所に配置したんだよね。会わせないようにしてたんだ!」
「レンジは、他の皆とは違うんだ。強い力を持ちすぎているから……」
「なるほどね。レンジの周りで危険なことが起こるかもしれないから、あたしに危険が及ばないようにレンジとは引き離してたってことね」
「いや……」
図星らしかった。
「ねえパパ……レンジは、やっぱり、悪い霊ってやつの仕業でこんなことに……?」
「おそらく、そうだろう」
悪い霊?
真剣な顔で、何を言っているんだ。
「……とにかく、あたしがレンジをみてるからっ!」
「わかった。頼んだぞエリカ……何か変化があったら知らせてくれ」
「うん」
エリカの父にしてレンジの上司でもある男は、開けっ放しの扉から外へ出た。
「…………」
オレとエリカの間に重苦しい沈黙が流れたが、しばらくしてエリカが叫んだ。
「あー! イライラする! ちょっと、コーヒー買ってくる。エーイチも飲む?」
「いやオレはいい」
開いていた扉から早足で病室の外へ出た。
オレは、一連の会話を、どこか異世界にいるみたいな心地で見聞きしていた。
何だろう、頭がボンヤリする。
「ねえ、エーイチ!」
買い出しに行ったはずのエリカが、すぐに戻ってきた。
「どうしたんだ、エリ――」
振り返ると三人の影。エリカだけでなく、他の幼馴染二人の姿があった。ケイコも。そして、あかりまで居た。
「何で?」目を丸くした。
「びっくりだよ。あたしが外に行こうと思ったら、廊下で懐かしい二人が話してるんだもん」
「久しぶり、エーイチくん」とあかり。
「まだメガネかけてるんだね」とケイコ。
あかりはともかく、ケイコ。再会の第一声がメガネについてとは相変わらずだな。おかしな娘で、少しくすぐったいような嬉しさがある。
「ああ、二人とも、よく来てくれた」
「今、エリカからきいた。本当なの? レンジが事故って……」
「…………」
オレはあかりの質問に、無言で包帯まみれのレンジに視線を送るしかなかった。
「このまま……起きないなんてこと……ないよね」
「大丈夫だろ、星の寿命が尽きても、女の子がいる限り死なないような男だぞ? ここにハーレムがあるってことに気付いたら、すぐ目を開けるさ」
「そう……だよね」
「ネギでも首に巻いておけば治るんじゃないか」
「それ風邪の予防法じゃん……」とあかり。
そんなとき、不意に携帯電話が軽妙なメロディを奏でた。
「あ、すまん。オレのだ」
着信は初美からだったが、とりあえず外に出てオレから掛け直すことにしよう。
「ちょっと、三人でレンジを見ててくれ。電話してくる」
オレはそう言って、外に出ようとしたが、
「待って、エーイチ。今の携帯の着信音、何?」
ケイコに呼び止められた。
「ん、これは、パッヘルベルの『カノン』っていう超有名な曲だぞ」
「それ、流行ってる?」
「いや? 思い出の曲ではあるけどな」
「どんな?」
「中三の時のクラス対抗合唱コンクールに出場した時の曲だ。なぜかレンジが作詞したがって、オレが指揮して、エリカが伴奏して……皆で歌って……。ああそうか、その時には、ケイコはもうとっくに引っ越してたから……」
「そっか……」
「じゃ、オレは電話して来るから」
「あ、うん」
オレは外に出ると、芝生の上に置かれたベンチに座り、俯いたまま携帯電話の電源を入れた。
そして初美に電話を掛ける。
《もしもし! エーイチか! なに電話切ってんだよ!》
思わず携帯を耳から離してしまうくらいの大きな声が響いてきた。
「ああ、いや、すまん。病室だったから」
《病室だ? なるほどなぁ。ごはん食べなすぎで、ついに倒れたか》
「いや、オレじゃなくてだな」
《ヒロか?》
「いいや、違う」
《だよな。だって今、おれの横にヒロいるもん》
「…………」
《あれ? おーい、エーイチ。いつものツッコミがないぞ。元気ないなぁ……》
オレは初美にわからないように口元から電話を離し、一つ大きくため息を吐いてから、芝生を見つめて訊ねた。
「それで、初美、何か用か?」
《うん、そう。急用なんだ。これから会いに行くというか……もう目の前にいるんだけど……》
「え?」
顔を上げると、初美とヒロがいた。
なるほど、オレが病院にいることはヒロから聞いたわけか。
目の前で初美は電話を切り、オレに立てとばかりに手を伸ばした。
その手を掴んで、立ち上がる。
「よっと」と初美。
「おっと」とオレ。
ふらついた。初美に支えられて、転ばずに済んだ。
「エーイチ……ごはん食え。友達が大変だからって、お前まで一緒に入院を目指すなんてダメだろ」
「ああ、すまん……ばれたか」
そこでヒロが、神妙な面持ちで、
「ついさっき、エリカから連絡が来たよ。レンジが起きないって、本当なの?」
「ああ」とできるだけ平然と答える。
「ん、『レンジ』って……いや、まさかね……」
初美が意味深に呟いた。
「あのレンジがそんなことになるなんて、想像できないよ」
表情を隠すのが苦手なヒロは、あからさまに悲しそうな顔をしている。
「……ま、今頃女子に囲まれて、復活してるかもな。初美も来るか? 薔薇をくわえた男の話をしたバカの顔が見れるぞ。半分くらい」
「ん? 何、それ」
ああ、忘れたのね。
まあ確かに、以前ヒロが面白くない怪談話をした時の話なんて、ゆるやかな日常に埋没してしまうくらいに、他愛の無い話だったもんな。
「とにかく、行くぞ、二人とも」
オレは、フラフラした足取りで、二人を連れてレンジたちのいる病室へと戻った。




