第35話 お礼がしたかっただけなの ケイコ篇
午後二時ごろ、すっきりとした晴れ空の下、ケイコの足は、神社に向かっていた。
つい先日、公園の猫たちに襲われた際に、美味しいシュークリームをくれた巫女さんに対してケイコがしたことといったら、魚肉ソーセージのにおいの付いた手で彼女の手を掴んだことくらいだったから、お礼とお詫びとして何かプレゼントをしようと考えたのだ。
というのは建前で、本当の目的は違う。
年齢も近くて素敵な巫女さんだったので、お友達になれたら、と考えていた。
ちなみに、巫女さんから頂いたシュークリームは、姉と姪と一緒に食べた。二人とも喜んでくれて、姉には「ケイコも気が利くようになったわね」なんてことを言われて、ちっとも嬉しくなかったという。
実際は気の利かない人間なのに、と、むしろ落ち込んだりもした。
手には今朝、最近人気の洋菓子店で並んで買った、季節限定のアップルパイ。
――最高級の林檎を使用し、本場フランスで修業したパティシエが一つ一つ心を込めて手作りした高級アップルパイ。見た目は最高の芸術品のように輝いているし、当然、味のほうもセボンセボンの超メルシー。つまり、とても美味しい。きっと喜んでもらえるはずだ。
オシャレもした。流行のマフラーをして、流行のブーツで、流行のコートを着て、恥ずかしくないオシャレをした。今日のケイコにぬかりはない。完璧だ。あと注意すべき点があるとするなら、あのロケット型の滑り台がある公園だろう。
――あそこの猫たちはありえないほど狂暴で、しかも狡猾。アップルパイの香りを嗅ぎつけて、襲い掛かってくるに違いない。奴らに見つからないように注意して進まなくては。
などとドキドキしていたのだが、猫たちはケイコの顔を見た後すぐに目を逸らして興味なさそうに欠伸したりしていた。
――あれ、なんだろう、寂しいな……。
★
気を取り直して神社の敷地内。
巫女の姿は、目につく所には無かった。
あちこち探し歩き、森の中の参道をしばらく進むと、石畳の、開けた場所に出た。
と、そこでケイコは、シュークリームの巫女さんを発見……したのだが。
「いくわよ、しゃむぅ!」
よばれた猫は「にゃあ」と鳴いた。
「えい!」
「にゃぁああ!」
「やー!」
「にゃぁー」
「とーう!」
「にゃー!」
魔法少女が持つようなステッキをビシバシと振り回して、猫と戯れていた。
ケイコは呆然とした。
巫女服に袴姿で、猫にステッキを振り回して暴れている巫女さん。自分と年の離れていないであろう彼女に掛ける言葉を、すぐには用意できなかった。
「いくぞいくぞ、まだまだいくぞぉ、必殺ぅ――はっ……」
巫女さんがをこれまで以上に気合を入れて技名を唱えようとしたまさにその時、ケイコと目が合った。
「よ、ようこそお参りくださいました!」
赤面した巫女は、ペコリと頭を下げた。
動揺しながらも、必死に対応しようとしている。
「あ、えっと。その、巫女さん……」
「何か、見ましたか?」
恥ずかしそうな巫女に、ケイコは目を逸らしながら嘘を放つ。
「何も、見ませんでした」
重苦しい沈黙が流れる。
「……この間は、ありがとうございましたぁ!」
ケイコは大声で言って、深くお辞儀。アップルパイの入った紙袋を無理矢理手渡した。
本当に何も見なかったと自分に言い聞かせながら走り去る。
「いたっ」
走りにくいブーツだったからか、参道で一度、転倒してしまった。
よろめきながら、逃げるように鳥居の外に出た。
自分を悪い猫たちから助けてくれた優しい巫女が、ステッキを振り回して猫に必殺技をぶつけようとするような人だとは、夢にも思わなかった。
――違うのよ、巫女さん。あなたの秘密を盗み見るつもりじゃなかったの。
――ただ少し……ただ一言だけ、お礼をしたかっただけなの!




