第34話 入社試験 レンジ篇
就職活動には、これでもかってくらい難航している。
アルバイトをやめてまで取り組んだというのに、俺宛てに来る郵便やメールは、全て薄っぺらい紙や内容ばかりで、お祈りの言葉が記されているだけだった。
このままでは、家賃さえ滞納してしまいかねない。
そろそろ就職活動をいったん休止してでも、アルバイトを再開しなくては。
慣れないパソコンで、何か良いアルバイトがないかと探していたところ、妙に目立つ広告を見つけた。
『高給! アルバイト!』
シンプルで実に良い広告だ。こういうわかりやすいものを俺は求めているんだ。
赤とか黄色とかでビカビカ光って、クリックして欲しそうに飛び跳ねている。
気になった俺は、その広告をクリックしてみた。
で、個人情報入力画面に飛んだので、レンジという名前だとか、口座番号とか、住所とかメールアドレスとか、全ての必要事項を入力して『送信』ボタンをクリックした。
ずいぶん後になって、小学校時代からのメガネの友人にそのことを話したところ、
「何してんだ! ネット上の怪しい広告から個人情報入力とかすんなよ!」
すごい剣幕で怒られた。どうやら軽率な行動だったらしい。
そういうところから、危険な事件に巻き込まれたりする若者が話題になったりしているようで、今となっては、ちょっぴり反省している。
★
さて、広告をクリックした翌日。
俺宛てに差出人不明の手紙が届いた。
中身を取り出してみると、二枚の紙と、新幹線の切符があった。
一枚目の紙。
『入社試験のお知らせ。このたびは、わが社の試験に応募していただき、誠にありがとうございます。我々の製作した広告をクリックできたということは、今までに多くの不思議な出来事を体験してきた方と思われますので、一次から四次試験までは免除とし、最終試験のみ行います。
試験は、新幹線車内で行われますので、同封した切符に記された便に間違える事なく乗ってください。なお、車両内で試験と同時に面接も行いますが、普段着で来てください。パキパキにキメて来ても結構ですが。なるべく普段と同じような慣れた格好でお越しくださるようお願いします。リラックスが重要です。試験の内容は、同封した二枚目の紙に記してあります。』
二枚目の紙。
『面接官をさがせ! ヒントはめがね!』
「……なんじゃこりゃ」
そして、新幹線の切符を見てみると、
『東京→博多 十時十分発 新幹線のぞみ十九号 指定席十七号車 十三のA』
とのことだった。
「うーん……」
多少の不安は感じたが、ちょうど一人旅でもしたいと思っていたので、いい機会だと思い、行ってみる事にした。
次の日、ジャージ姿の俺は、電車をいくつか乗り継いで、東京駅に立った。
何故ジャージなのか、といえば、試験の時の服装は普段通りで良いと言われたからだ。最近の俺の普段着といえば、ジャージとパジャマだから……まあ、その二択でいけば当然、ジャージだよな。そのくらいの社会的常識はあるつもりだ。
乗り込むのは、新幹線のぞみ十九号の十七号車。手の中にある切符が、十七号車の指定席券だからだ。
発車八分前にホームに立つと、既に列車が停車していた。
俺はあいていた扉から17号車に入る。しかし、六十席以上ある座席は、ほぼ埋まっていた。
空いているのは、一つだけ。しかし、そこは俺の席ではない。
これ、どういうこと?
俺の席は?
俺が座るはずの「十三のA」窓際最後尾の席には、オシャレ系サングラスをかけ、耳にヘッドホンを装着した短めの金髪のイケメンにいちゃんがガムをクチャクチャ噛みながら体を揺すっていた。
空いているのは、その隣の通路側の席だけ。
とりあえず、窓の外を見つめているその男の肩を叩いて言う。
「おい、そこ、俺の……」
「ああん?」
「そこ! 俺の席なんですけど!」
「ああん? 何言ってっかわっかんねえよ!」
そりゃそうだ。ヘッドホン外せよこの野郎。
しかし、俺も以前のあたたまりやすい俺ではない。様々な経験をして、出会いと別れを繰り返し、温厚な皮をかぶれるようになったのだ。決して怒ったりしない。
身振り手振りで伝えようと試みる。
――ここ 俺の席 確認したい 切符みせろ。
するとグラサンへッドホン金髪男は、ポケットから切符を取り出して見せてきた。
通じたらしい。
どうせ日付が間違ってたり、車両を間違えているんだろう。そんな彼の可愛いしくじりを、親切に教えてやろうじゃないか。
「……何だよこれ」
俺の持っている切符と全く一緒だ。血まなこになって間違い探しをしてみても、何もかも同じ。書いてあることも、質感も重さも。
本物が二つある。
サングラスの男は、俺から切符の一つを優しく取り上げると、何事もなかったかのように、音楽にリズムを合わせて揺らぎ出した。
いや、なんだこれは。一体俺にどうしろと言うんだ。
はっ、そうか。隣の席が空いている。そこに座れということか!
金髪サングラス男に不審な顔をされながら、隣の席に座って待っていると、電話の着信音みたいな音がした。続いて扉が閉じる音がして、列車が発車したらしく、車両全体が揺らぎ出した。
そして、それと同時に、前方の自動扉が開いて、息を切らせた女が入ってきた。
「はぁ……はぁっ……んっ」
その眼鏡をかけたスーツ姿の女は、俺の席の前まで歩いてきて、切符と、頭上にある席番号と、俺の顔ををかわるがわる見つめた後、
「あのっ! この席――」
「はい! どうぞ!」
俺は彼女が全て言い終わる前に席を立ち、彼女に席を譲った。
当然のことだ。やはりそこは俺の席ではなかったのだから。
しかし、それにしても、何だかわけがわからない。
容量控えめな俺の脳みそは、列車の揺れよりも大きく揺らぎ出した。
よくよく思い出してみるんだ。何かを忘れている気がするぞ。
そう、それは、俺に切符と一緒に送られてきた紙に書いてあったことだ。
たしか、『面接官をさがせ! ヒントはめがね!』だったか。
そうだ。そうだった。それが試験の内容なんだ。
つまり、博多に行く事が試験なのではなくて、博多に向かう新幹線の中で試験が行われるというということなんだ。
面接官を探し出せなければ、面接がはじめられず、自動的に試験は不合格になるという仕組みになっているのだろう。
今日の俺は冴えている。普段だったら気付けなかったかもしれない。
いける。いけるぞ。こんな俺でも、今日なら試験に合格できる!
その前にこれ、何の仕事の試験なんだろうか。
などと、考えていても仕方ないか。とにかく、めがねの面接官とやらを探そう。話はそれからだ。
俺は、十七号車の車両内を端から端まで歩いた。乗客全員をチェックしてみて、気付いた。
――いやっ、メガネ率ッ!
俺以外全員メガネを着用している
六十人以上の乗客全員メガネって何のオフ会だよ!
ここはどこのメガネ博物館だ!
すさまじい疎外感を感じるんだが!
この大量のメガネ集団の中で何の手がかりもなく、どうやって面接官をさがせと言うんだ。
サングラス、黒縁、縁なし、赤フレーム、丸型、半月型、星型やハート型までいやがる。
完全にお手上げだった。
座ることのできない指定席エリアに居続けるのも不審だと思われるので、俺は扉から出て、乗降口のあるエリアで座り込んでいることしかできなかった。
★
東京を出発してから三時間か、四時間くらい経った頃だった。
《間もなく、広島駅に到着します》
というアナウンス。
俺はといえば、しばらくずっと、現実から逃避していた。
というよりも、メガネ率が高すぎる車両内を現実と認めたくなかったんだろう。
ずっと窓の外に見える、初めて見るが大して珍しくもなく、何の面白味も無い風景をひたすらに眺めていた。
新幹線のぞみは、すでに何駅かに停車し、何人もの客を降ろし、軽くなっていた。
次の駅でも多くの乗客が降りそうだ。俺の前に何度目かの行列。
ふと、近くに居たメガネ女児が話しかけてきた。
「ねえ、おにいちゃん」
母親らしき人と手を繋いでいた。
「えっ、俺?」
女児はこくこくと頷く。
「何かな」
俺はしゃがみこみ、彼女と同じ目線。
「きもちわるいの? ずぅっとここにいるでしょ? これ、あげるよ」
「ん?」
「おばさんが持たせてくれた、エチケット袋。吐く時はねえ、ここに吐くんだよ」
おいおい、こんな小さな子にまで心配されてんのか。
「ああ、すみません……うちの子ったら……」
女児のお母さんは、少々困ってる様子だったので、俺はエチケット袋は受け取らず、
「いえ、大丈夫です」
精一杯の笑顔で応えた。
そして、新幹線は、広島駅に到着した。
「じゃあ、ばいばい、おにいちゃん」
「ああ、ばいばい」
メガネ親子に手を振って扉がまた閉じた時、あることに気付いて、はっとした。
そして、十七号車の中を覗いてみる。
思ったとおり、メガネが減っている!
乗客は、入れ替わったり減ったりするんだ!
これなら……面接官が特定できる、俺の直感が告げていた。
再び十七号車に足を踏み入れる。
ヒントは平仮名三文字で「めがね」ということだけ。
車両内に、人はまばら。ここまで候補が絞れてきたなら、解決できそうだ!
さてさて、これは俺の個人的な直感的な話なのだが、「メガネ」といえば、一般的なものや、先刻の金髪男のオシャレ系サングラスっぽい。「眼鏡」といえば、さっきのスーツ女子のようなビジネス系やシンプルな老眼鏡っぽい。では、「めがね」といえば、どうだろう……。俺には一つしか思い浮かばない。
ズバリ、丸めがねだ!
明治大正昭和時代くらいの偉いおじいさんの写真とか、国語の教科書に載ってる昔の偉い文学者さんの写真とか、そういったものでよく見かけるあの形だ。
そして今!
さっきまでとは違い、この車両内に、丸めがねをかけた人は一人しかいない!
窓際の席で静かに眠っている白髪のおじいさん。
穏やかそうなその輪郭を更に穏やかに見せるように、もじゃもじゃの白いヒゲをたくわえていた。
「あの、すみません。失礼ですが……もしや面接官の方ですか?」
全てを見透かすような開かれた瞳に、しばし見つめられる。
僅かに流れた沈黙の後、おじいさんはこう言った。
「……ふむ、合格じゃな。採用じゃ!」
どうやら、何かに合格したらしい。
俺は、「合格」という言葉にホッとして、ずいぶん久しぶりに、心の底からあたたかい気持ちになれたのだった。




