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カノンソング  作者: 黒十二色
カノン進行
33/48

第33話 電話ボックス レンジ篇

 男子生徒が二人、通り過ぎて行った。


「おい、知ってたか? ここの電話ボックス、取り壊されるらしいぜ」


「へえ、まあ、俺毎日ここ通ってるけど、中に人がいるの見たことないから、仕方ないかもな」


「つーか、別に電話ボックスなんていらなくないか? ケータイあるしさ」


「それもそうだよな」


 電話ボックスである自分には、同意できようはずもない。


 やがて雨が降り始め、自分の頭を撫で始め、やがて強く叩き始めた。


  ★


 急に雨が降ってきやがった。


 朝のニュースから、今日の夜は豪雨になるという予報だったのだが、予報通り本当に降るなんて参ったぜ。


 もともと古くなっていた小さなビニール傘では襲い来る巨大雨粒を凌ぎ切れなかった。穴が開いた上にひん曲がってしまった。


 というわけで、降り始めたばかりだというのに、足元は泥まみれ。このままじゃ一張羅のスーツが台無しになりそうだ。


 もしそんなことになったなら、就職活動ができなくなってしまう。


 よく氾濫することで有名な近所のドブ川にかかる橋を渡る。


 と、橋を渡り切ったところにポツンと電話ボックスがあるのを見つけた。


「よっし、ここでしばらく雨宿りしていこう」


 電話ボックスに入った。暖かい。


 冬の雨は異常な冷たさだからな。あのまま外を走って家に向かうのは自殺行為だった。


 台に鞄を置いて、溜息一つ。白い息。緑色の電話機と、ふたりぼっち。


 周囲に雨宿りできる場所は無く、この電話ボックスだけが救いだった。


 いや、まったく、参ったね。


 雨は更に強くなり、滝のように降り続いている。


 本当に、ずっと止まなかったらどうしよう。一晩中電話ボックスの中で過ごせというのか。さすがにその選択肢は無いな。


「電話……かな」


 誰かに傘持ってきてもらおう。


 ケータイを取り出してみる。


『圏外』


 古いケータイだから、仕方ないかもしれない。


 参ったな……テレホンカードなんて絶対に持ってないしな。


 出てこないことをわかりつつも、鞄の中身をチェックしてみる。テレカどころか何も入っていない。そりゃそうだ。入れていないからな。何か入ってたら逆にこわい。


 財布の中身をチェックしてみる。バッティングセンターのタダ券とかは出てきたが、テレカはなかった。


「この分厚いのの間に挟まってないかな」


 黄色い電話帳をバラバラと捲ってみる。


「お?」


 こぼれ落ちたテレホンカードが爪先に当たり、濡れたコンクリートに着地した。いやらしい服装の女の子の写真がプリントされたテレカだった。探してみるものだ。


 テレカについた水や汚れをスーツの袖で拭き取り、緑色の電話機のカード挿入口にテレカを差し込んでみる。


『残り度数 四十二』


 なんだか不吉な数字の並び。まさか呪いのテレカとかじゃあないよな。


「えーっと……」


 両親は、ずっと前、高校時代に遠いところに行ってしまったので、迎えには来られない。


 携帯電話の電話帳を開いて、知り合いの電話番号を確認する。


「出てくれっかな……」


《お客様がお掛けになった電話番号は、現在使われておりません》


 ガチャン、と受話器を下ろした。


「やっぱ、そうだよな……初美には、繋がらんよな……」


 まったく、俺は何してるんだろうね。


 別れた彼女に真っ先に電話するとか、我ながら今の行為はアホだった。


 しかし、アホなことをしたついでに、別の昔の彼女に掛けてみよう。


《お客様がお掛けになった電――》


《お客様がお掛けに――》


《お客様がおか――》


《おきゃ――》


 ガチャンガチャンという音が何度も響いたわけだ。


 全滅とはな。予想通りだ。


 ならば、親友に掛けるまでだ。


《…………この電話を転送します…………カチャ……この電話を転送します…………カチャ……この電話を転送します…………カチャ……この電話を転送します…………カチャ……この電話を転送します…………カチャ……この電話を――》


 俺はゆっくりと、なるべく音を立てないように受話器を置いた。


 いやいやいや、何だ今のは!


 転送しすぎ! ていうか、どこに転送されんの! ホラーじみてんぞ!


 これ、本当に呪いのテレカだったらどうしよう……。


 気を取り直して、別の友人に掛けてみたが、出ない。


 いやおかしい。これじゃあまるで俺が孤独で、かわいそうな人間みたいじゃないか!


 どうなってやがる。


 今頃は、家に帰って、ソファで彼女と肩を抱き合い、ピザを広げてポップコーン片手にウフフ、アハハと笑っているはずだったのに!


 脳内彼女と!


 やばい、強がりのつもりで考えたことで、余計に自分がかわいそうな人間に思えてきてしまった。


 俺はこの豪雨の中、野垂れ死ぬのか?


 それは嫌だ。


 電話ボックスの壁に寄り掛かり、外を見た。


 少し、雨が弱くなった。


 と、同時に、雨の灰色世界に、一つだけ、黄色いものがあるのが見えた。


 あれは……何だ?


 目を凝らしてみる。


「タオル……?」


 いや、違うな……マフラー?


 橋の鉄柵に掛けられたマフラーは、今にも川の中に落ちそうだった。


 おそらく、誰かの落し物を、誰かが拾い、橋の柵に結びつけて行ったのだろう。


 雨が弱くなるタイミングを見計らい、電話ボックスの扉を開いて外に出る。


 俺は走り、黄色いマフラーを回収して再び電話ボックスへと戻った。


 直後、まるで雨雲が屋根のある場所に戻るのを待っていたかのように雨足が強まった。


「うわわ……びしょ濡れだ」


 俺が、ではない。黄色いマフラーのことだ。俺自身はほとんど濡れなかった。


 マフラーを鞄が載っているガラスの台に置く。台に水たまりができた。


 ――全く、俺は何してるんだろうね。こんな所で一人きりで。


 マフラーから染み出した水が、水滴になって革靴に落ちた。


「他に、この近くに知り合いいたっけかなぁ」


 ふと、マフラーに貼られていた名札に、見たことのある名前が書かれていた。


「ケイコ……だって……?」


 その下には、電話番号。


 そういえば、このマフラーには見覚えがある。小学校の時引っ越していったケイコがよく身に付けていたものだ。


 この大きな文字の電話番号も、見たことがあるような気がした。


 俺は、迷わず名札に書かれた電話番号を押した。


《お客様がお掛けになった電話は、現在使われておりません》


 まぁ、そうだよな。小学校の時に引っ越した知り合いに、繋がるわけがないんだ。繋がるとしても、別の誰かに繋がるはずだ。


 それにしても、このマフラーがどうしてここにあるんだろうか。ケイコがこの街に戻っているということだろうか。


 あるいは、マフラーだけがこの街に留まって、色んな人の手を経て、今この場所にあるのだろうか。そんな奇跡みたいな話ってあるのか?


 小学校を卒業してから、もう、八年以上も経っちまってるんだぞ。


 ……皆、元気かな。


 元気だったらいいなと思う。


「はぁ、何かいいことねえかな……て、いかんいかん!」


 俺はぶんぶんと頭を振った。


 このままではいけない。「何かいいことないかな……」なんてのが口癖になるような人生の袋小路は、何が何でも回避しなければならない。そんなことを言っているうちは、いいことなんか起きないのだ。


 こんなはずじゃなかった。


 就職して、結婚して、賑やかな家庭を築いて、面白おかしく喜びばかりに満ちた人生を歩むはずだったのに。


 ふと外をみると、大雨の中、数分ぶりに通行人の姿。大きな傘に二人で入って、泥だらけになるのもかまわずに歩き去っていった。


 世界ってやつに置いていかれて、独りぼっちな気がする。


「はぁ……」


 もう一度、白い溜息を吐いて、電話ボックスの天井を見ると……


 ――なんだ、これ……。


 電話ボックスの天井や壁が、まるで水族館の水槽の中にいるように風景が変わった。


 とてもキレイだ。クジラや、深海魚や熱帯魚が俺を一瞥して去っていく。


 なんとも不思議で、不思議すぎておそろしい。


 白昼夢というやつだろうか?


 あるいは、もしかして俺は死んでしまったのだろうか?


 走馬灯のように風景がめぐるという例のアレか?


 雨音だけは変わらず響いている。


 電話ボックスの扉を開けようと考えた。


 しかし、透明な扉はびくともしない。開かない。


 思い切り殴ってみても、壊れない。


 しばらくすると、体が動かなくなった。


 ただ鮮やかな、色とりどりの魚群が見える。


 次にきこえてきたのは、サイレンの音。どこかで火事でもあったかな。でも、この雨だ、どんな火事でもすぐに消えるだろう。


 ……ああ、でも違うな。


 これは、そうか、河川が氾濫した時に、危険を告げるサイレン。


 だとしたら、やばいんじゃないの。この電話ボックスは川沿いだ。このまま体が動かないままでいたら、助からないんじゃ。


 ――ああ、でも、キレイだ。キレイだ。


 魚群が俺を導いていく。


 どこへ行こうとしているのだろう?


 渦を巻いて上に昇っていっている感覚があるから、天国かな。地獄ではないのかな。


 何だろう、この青い光は、なんだか落ち着く。心地いい。


 やわらかい何かの感触。ふわふわと毛糸みたいでもあり、女性のニノウデように低反発でもあり。よくわからないけれど、とても美しいものに触れている感覚がある。


 やっぱり、これは、死なのか。


 不意に、視界が開けた。体の回転も止まった。超高層ビルのエレベーターから下を見る時のような視界。光を放つ地上が遠くに見えた。


 ぐんぐん高度を上げ、光り輝く高い山脈を越えた時、列島の形がはっきりと見えた。


 そして、一転、落ちていく。


 流れていく視界。


 激しい重力を感じる。それ以上に強烈な恐怖を感じる。


 ――いやだ、いやだ。死にたくない。


 俺は手を伸ばし、濡れた何かを掴んだ。






 気付けば俺は、真夜中のアスファルトの上、黄色いマフラーだけを握りしめて立ち尽くしていた。


 周囲に電話ボックスなんてものもなく、記憶も曖昧で、その場所が自分の家の近くだと気付くまでにずいぶん時間がかかった。


 天気は小雨。


 体も何ともない。ポケットに入っていた財布も無事だ。何も入っていない鞄だけが失われていた。


「一体、何だったんだ……」


 頭を押さえて考えてみても、何も、わからなかった。


 今は、体を刺すような寒さが、むしろ俺を安心させた。


  ★


「あれ? ここの電話ボックス、もう取り壊されたのか?」


「いや、この間この川が氾濫しただろ? その時に流されて行ったらしいよ」


「流されてったって……どこまで……」


「どこにも見つからないんだから、海の底に沈んでるんじゃないかって話だ」


「へぇ、そりゃあ、すげえな」




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