第32話 思いはループしながらも発展してゆく ケイコ篇
月日が経つのは早いもので、年が明けたばかりだと思っていたら、いつの間にやら一月も終盤になっていた。節分間近の、冬の寒い寒い夜だった。
泣きながら帰った姪っ子の涙を引き継ぐかのように、外は予報通りの大雨になりそうだった。大雪とかだったら、まだ雪だるまを作ってみたりと楽しみはあるのに、冬の雨は冷たいだけ冷たくて、何も良いイメージが無い。
何となく点けっ放しだったテレビニュースは、遠く西の球場のプロ野球が雨天中止だという情報を流しており、明日も明後日も突発的な豪雨の可能性があることも告げていたが、日本全土が大雨洪水警報におびえているであろう中、私の頭を満たしていたのは、洗濯物の心配だけだった。
――部屋干しでちゃんと乾くだろうか。
私は普段、部屋干しはしないことにしている。太陽の匂いが好きだからだ。
数年前、受験勉強に本気になり、何ヶ月も太陽の光を浴びない生活をした時に痛感した。人は、日光を浴びないとダメになるってね。
それにしても、うちの姪っ子ったら、もうかわいいったらありゃしない。
マフラーをなくしたことで、ごめんなさいごめんなさいウワーン、って泣きじゃくって。
でもね、私があげたマフラーをなくしてしまったくらいで泣きじゃくってるってことはだよ、私がそんなことで怒るとでも思っているのだろうか。まったくもって心外だ。誰よりも甘くて心優しいケイコおねえちゃんなのに。
雨足が強まった。
――お姉ちゃんと姪っこは、大丈夫かな。ちゃんと駅まで行けたかな。電車止まっちゃったりしてないかな。心配だ。
「…………」
しかしまあ、ずっとボンヤリと心配していても仕方ないので、私は大学に提出するレポートを書くことにした。
テーマは、えっと……うーん……閃かない……。
「なんだかなあ、テーマも自由とか言われると、何書いたらいいか、わかんないや」
その時、最近私が身に付けているマフラーが目に留まった。壁のハンガーに掛けられて、垂れ下がっていた。
私は、この街に引っ越してくる以前、小学校時代に、この街に住んでいたことがあった。この間、姪にあげたマフラーは、この街に住んでいたときによく身に付けていたものだった。それで、なんとなく、その頃のことを思い出す。
私の転校が決まって、まず私は皆のリーダー的存在であるエーイチくんに打ち明けた。打ち明けてどうなるものでもないと思ったけど、黙って別れるのは嫌だったから。
エーイチ君は、皆で送別会をやろうって言ってきたけど、それは断った記憶がある。
私には当時好きな人がいて、その人にだけはギリギリまで転校する事を知られたくなかったからだ。何でそんな風に思ったんだか、いまになって考えると謎でしかないけど、そこが「思い出」の面白いところでもある。
それで、その次の日に、私が消しゴムを買いにスーパーの文房具売り場に行くと、そこにエリカって友達がいて、色紙三枚を手に「やっちまった」って顔してた。
その時は、何でそんな顔してたのかわからなかったけど、転校する前の最後の挨拶をした教室で、謎が解けた。
エリカが手に持っていた色紙は、寄せ書きをするためのものだったんだってね。
今、思い出してみると、あの時文房具売り場にいたときのエリカは、めちゃめちゃかわいかったな。
「色紙? エリちゃん、色紙なんて買ってどうするの?」
って私が訊いたら、
「こ、これは、あたしのサイン練習用なのよ。将来アイドルになるからっ!」
まるでレンジくんが口にしそうなことを、顔を真っ赤にして言ってたな。
転校するとき受け取った三枚の色紙。一枚目と二枚目は、クラスの皆の寄せ書き。
三枚目だけは特別で、エーイチくん、エリカちゃん、あかりちゃん、そしてレンジくんの四人が、私のために書いてくれたものだった。
今、皆、元気かな。元気だったらいいなと思う。
レンジくん、どうしてるだろ。まだサッカーやってるのかな。もう芸能界入り諦めたのかな。
……あ、今また一つ思い出したことがある。
転校するときに先生から渡されたものの中に、紅茶の缶があった。
オレンジペコという種類の紅茶。オレンジペコって、よく見てみると、私の好きだった、レンジくんの名前が隠れてるのよね。こういう嫌がらせなんだか粋な計らいなんだかわからないことを考えるのは、エリカっぽいなって思うけど、転校して以来皆に会ってないから、正解はわからないな。
「そうだ、紅茶飲もう」
窓の外は、滝のような雨。
バラバラバラバラと屋根や地面を打ち付ける派手な音がきこえる。
明日は晴れてほしいなと思う。
レポートを書こうとボールペンを握る。
その時私は唐突に、雨音がそうさせたのだろうか、来週やってくる節分の日に鬼の役をやろうと決意した。




