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カノンソング  作者: 黒十二色
カノン進行
29/48

第29話 ボクが斬る チェーンソー篇

 この世界に生きているモノならば、皆わかるだろうけど、ボクは不満だ。


 チェーンソーとしての生しか与えられていないのだから。


 人に、わかるのか。わかるというのか。ボクのこの気持ちが。人に使われ、木々を斬ることしかできない、このボクの気持ちが。


 そうさ。ボクはチェーンソー。木を斬るために生まれた。


 ――だけど、斬りたくない木だって、あるんだ。


 ボクは、逃げた。真夏の午後に逃げ出した。


 生えたばかりの細い足で、人の目につかないところを移動する。


 地面は土からアスファルトに変わった。熱されたアスファルトは痛い位に熱い。


 ボクはチェーンソー。


 あの木は斬りたくない。


 ボクは、その木を、ずっとずっと遠くから見ていた。


 街を見下ろし、優しく見守っているような、とても高い杉の木だ。


 この街のシンボルだと思っていた。


 今や、薄汚い黄色と黒の簡易フェンスに囲まれた土地は、杉の木を中心にして、大小さまざまな草木の森が広がっているらしい。人間たちの話を総合すると、そんな場所だ。


 ボクはチェーンソー。


 あの木を斬るのが、ボクに与えられた役割だ。


 今までは、どんな木だって伐ることができた。


 何も感じずに、回転刃で真っ二つだった。


 それを誇りにすら思っていた。


 この街に、また、新しいマンションが建つらしい。


 たった今、ボクが辿り着いたフェンスに囲まれたこの森は、その建設予定地なんだそうだ。


 聞いていた通り、あの杉の木があって、周りを背の高い草が囲んでいる。


 この場所には周りの住宅も巻き込んで、巨大マンションを建てる計画らしく、退去を余儀なくされた家族もあったらしい。


 そうまでして建てたいマンションに、ボクはあの木以上の価値を見出せないでいる。


 チェーンソーであるボクは、全長一メートルほどの体をフェンスの隙間に滑り込ませ、森の中へと入った。


 草が邪魔だ。あの高い杉の木に近付くためには、この草をどけなくてはならない。


 迷路ほどの隙間も無い小さな森。刈るしかない。


 エンジン音。刃のまわる音。五十センチ以上もある刃が、周囲の草を刈り取る音。


 目の前をぐちゃぐちゃに草が舞う。


 あの木まで、一直線。


 ボクの通った道が、トンネルになった。


 そしてボクは辿り着いた。高い高い杉の木の下に。





 風に枝葉が揺れて、心地よい音色がボクの耳に届いた。


「ねえ」


 声が、聴こえた。杉の木の声だ。


「はじめまして、ボクはチェンソー」


「チェンソーさん、あなたに、お願いがあるの」


 杉の木はそう言って、枝葉をざわつかせた。


「何だい、お願いって」


「この敷地内にある草や木を、全部刈り取ってほしいの。暑っ苦しくて耐えられないわ」


「じゃあ、ボクのお願いも聞いてください」


「言ってごらんなさい」


「ここから、逃げてください。そうしないと、君は斬られてしまう……」


「わかったわ」


 よかった、よかった。わかってくれた。話の分かる木でよかった。


 さあ、君の願いは、今叶えよう。


 轟音を上げながら、ボクは草を刈る。丁寧に丁寧に。森が芝生になるように。


 やがて折り重なる草木たちが、建設予定地内を埋め尽くした。


「君の願いは果たしたよ。さあ遠くに逃げないと」


 そう言ってボクは手を伸ばす。


「無理よ」


 君はボクの手を弾き飛ばして、微笑んでいた。


「ど、どうして……さっき『わかった』って……」


「あなたの言いたいことは理解したというだけの意味よ。私は、ここから動きたくないの」


「どうして!」


 しかし彼女は理由を告げなかった。


「それで、優秀なチェーンソーさん。あなたにもう一つ、お願いがあるの」


「何だい、お願いって」


「私を、()って」


 何を言っているのか、信じられなかった。


「人の手にかかるくらいなら……あなたに殺されたいのです」


 そんなの。できるわけない。何のためにボクが走って来たと思ってる?


 ――君を助けるためなんだぞ。


 どうして、自分から殺されたいなんて言えるんだ!


「きこえていますか、チェーンソーさん。私を早く、きりたおしてください」


 杉の木は、また枝葉をざわつかせて、言った。


 ジリジリジリ、火花のように木屑を散らかしながら、ボクの刃は、君の中へ。


「そうそう、そうよ、その調子」


 悲しそうな声がする。


 ゆっくりゆっくり、刃は進む。


 チェーンソーの音、ボクの音。


 バキバキドシンと、君の音。 


 君の大きな体に、ボクは押し潰された。


 あたたかい何かに包まれたまま、ボクの視界は暗転していく……。


 待ってほしい、今しばらくの間、意識だけは、なくしたくない。


 他の意識と混ざり合ってでも、何が何でも、ボクはここにいたい。


 切り株になってしまった……君のそばに――。


  ★


「こんなとこにあった」


「よかったな、見つかって。壊れてないといいが」


「まったく……誰だよ。チェーンソー勝手に使いやがって……」


「おい、見てみろよ この切り株」


「ん? おお、綺麗な切り口だ。プロの犯行か?」


「かもな。チェーンソーは大丈夫だったか?」


「いや、ダメだな、動かない。新しいヤツ買うしかねえか」


「チェーンソーだって安くねえってのに、痛いな」


「まったくだ」




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