第26話 日曜日 初美・ヒロ篇
そいでさ、ほら、今朝くもりだったでしょ?
それでちょっとガッカリしたんだけど、それとは比べれないくらいありえないことがあったわけよ。
おれの彼氏、来ないっていうね。
約束の時間が過ぎても、おれはずっと待ってたんだよ。
うん、それで三時間も遅刻してやってきた彼はさ、
「よお、すまんすまん」
とか言って左手ポッケに突っ込んで、右手を軽く挙げて軽薄な挨拶してきてさ。
おれもさすがに頭にきてさ、何で遅れたのか、刑事とか記者みたいにメモを取りながら彼を問い詰めたの。ちょー詳しく。メモみる? 別に良い? そう? あ、ていうか手帳どっかに落としてきちゃったから無いや。あはは。
それで……そしたら出てくる出てくる。言ってること矛盾だらけ。
さすがのおれも、ハラワタにえくり返っちまってさあ。
で、一時半くらいになった時――ってちょっと、ヒロ、なに目つぶってんのよ。聞いてんの?
★
女友達の初美は、連絡もせずにいきなり僕のマンションに押しかけてきた。
折角の日曜日だからどこかに出かけようと思っていたのだが、折角来てくれた大切な友達を追い返すだけの度胸も無い根暗な僕は、初美を家に上げたのだった。
何の用だろうと思ったら、延々とカレシに対する文句をぶっ放し続けるために来たらしい。
考えるに、いや、考えるまでもなく、初美はまた彼とケンカしたんだろう。
よくケンカになるという話を以前聞いた。ケンカするほど仲が良いとも言うし、初美とは同い年ではあるが、ここは僕が、オトナの余裕というやつを見せつけてやろうじゃないか。
僕に文句を言われてもどうしようもないというのもある。
「ほほう、なるほど、それで初美さん。その日の午後一時ごろ、なにがあったのですか?」
「そんな、記者みたいに訊かないでよ」
「ごめん……刑事のつもりだったんだけど」
「ヒロ弱そうだから刑事役とか絶対ムリだし」
「ひどいこと言うなぁ……けどまあ、それだけ軽口たたけるんなら、大丈夫かな」
そう言って、僕は立ち上がり、冷蔵庫にラップをかけてしまってあった、あるものを取り出して温める。電子レンジが「ピー」という音を発した時、僕の狭い部屋をスパイシーな香りが包んでいた。
「初美、カレー、食うだろ?」
僕は背中を向けたまま訊いた。
「…………」
返事は無かった。でも、きっとコクコクと頷いているんだろうな。
昔から素直さのカケラもないからな、初美は。たとえ頷いていなくても、無理矢理食わしてやる。長年の研究によって生み出した自慢のスパイスカレーだから。
僕はラップを外した手作りカレーを初美の前に置く。
スパイスの力は偉大だ。多くの場合、嫌いなものでもカレーに入れれば食べられてしまう。
初美の抱えている苦みも、カレーが何とかしてくれるはずだとさえ思う。
「さ、これを食って元気出せ」
「…………」
しばらく無言でカレーを見つめていたが、やがて勢いよくかきこみはじめた。まるで、怒りをぶつけるように。悔しそうに涙を流しながら。
僕はコップに注いだミネラルウォーターをカレーの横に置いて、初美と向かい合って座る。
初美は、涙を拭いながら、僕の視線に気付き、
「……なに見てんのよぉ」
「おいしいかなって」
「悔しいけど、すげえうまい」
震えた声だった。




