第21話 私が守る レンジ・リサ篇
私は、恋をしていた。
私という存在が、恋という感情を持つに至るモノなのかという疑問や、恋とは何かを理解するに至るモノなのかという疑問は大いにあったけれど、私が恋だと言い張れば、それは恋なんだと思う。
相手は、年下のレンジ君。少し角ばってるけど、色んな人をあたためることの出来る素敵な存在だ。時々、あたためすぎたり、あたためちゃいけないものをあたためちゃって失敗することもあるけれど、それはレンジ君が悪いわけじゃなくて、レンジ君のことをちゃんと理解していない人が悪いんだ。
でも……でもね、私とレンジ君との間には、埋められない隙間がある。
たった十センチの隙間だけど、自分の力では動けない私にとってその十センチは何千万光年と等しいくらいに絶望的な距離。
でも、いいんだ。彼の声が届く場所に、いるのだから。
私も、レンジ君にあたためられたい。だけど、私は大きすぎて、レンジ君には入り切らないかな。
ふと、玄関の方から炎の気配がした。
何かが燃えるパチパチという音がした。
あっという間に煙が広がり出した。
火事?
どうやらそのようだった。
玄関はすぐ近くだ。このままでは私のところにもすぐに炎が。
そう思っている間にもう、目の前に炎が来ていた。
ああ、神様おねがいです。少しでいい、私に炎を消すだけの力を下さい。
それが欲張りだと言うのなら、僅かでもいい。炎を消せる可能性を下さい。
レンジ君を守れるだけの力を!
そう願った時、私の中の歯車が切り替わった気がした。
動く。私の体から手足が生えた。
歩ける。ドシドシと重たい音を立てながら。
自分で体が動かせる。
これなら……レンジ君を守れるかもしれない!
私はレンジ君の前に立つ。私の背中より先に、炎は少しも通さない。
ごおごおと炎の音。
「おおおおん!」
私の産声。
製氷室を解放し、目の前に迫った炎に冷たい風を浴びせる。
効果はいまひとつ。
ならばと、私の体の中に入っていた氷やら冷凍食品を炎に向かって射出したが、これも効果は薄かった。
液体のほうが事態を収めてくれるかと期待して、私の体の下段に入っていたスポーツドリンクをぶちまける。少し炎は弱まったものの、炎の勢いが増すスピードの方が遥かに上のようだった
最後の頼み、牛乳天の川アタック。スポーツドリンク同様、炎を完全に消す事ができない。
――効かない! 消えない! 何で!
私に残された選択肢は、全ての扉をばたつかせて、レンジ君から炎を遠ざけようと風を起こすことくらい。それくらいしか、できなかった。
「どうしよう? どうすればいいの? どうして炎が? 誰か……助けてよ」
熱で、意識がぼんやりしはじめた。私は、目の前に広がっていく炎を、ただ見ているしかなかった。
「きゃああああ! 何よ、これ」
朦朧とする私の意識を現実に呼び戻した声。玄関からだった。
私のご主人様の声だ。
「リサ、落ち着いて」
「だって、レンジくん! 火が!」
ご主人様の新しい恋人の名前もレンジというのだ。
ご主人様とお揃いなのだ。
数か月前、ご主人様が電話で嬉しそうに彼の名を口にしたとき、そんな偶然か必然が、すこし嬉しかったのを、おぼえている。
「ホースどこだ、ホース」
「そこ、それ!」
「オーケー」
「消えるの? これ消える?」
「どうかな。でも、まだ燃え始めて間もないみたいだからもしかしたら……。ていうかリサ、ボーッとしてないで、消防車と警察呼んでくれ」
「警察? どうして? レンジ何か悪い事したの? また浮気?」
「おい、浮気なんぞしたことないだろ。リサひとすじだぞ。オンリーワンだ」
「じゃあ何で警察なんて」
「どうも放火っぽいからだ。ドア蹴破るからな、そこ危ない、もう少し離れてろ」
「う、うん」
ご主人様の恋人が勢いよくドアを蹴破った瞬間、室内に点在していた炎が一気に強まった。
彼はホースを持って入って来た。そして散水。
みるみるうちに燃え始めの火たちは消えていく。
やがて完全に鎮火され、白い煙だけが残された。
よかった……。
ご主人様は、部屋を覗き込むと、散らかった部屋に驚いていた。
「ねえレンジ君。何で冷蔵庫のあった場所が変わってるの? 動かした?」
「最初からこうだったぜ」
「火事……冷蔵庫が原因かも。古かったから」
「どうだろかなぁ、そうは見えないけどな……」
その声を最後に、私の視界は暗転した。
次に私の意識が戻ったのは、火事になった家の前の歩道だった。
私の体にはいくつかのカラフルなシールが張られている。
どうやら私は捨てられるらしい。
「でもね、レンジ君が無事なら、私は幸せ」
これから私を載せるトラックが、目の前に停車した。




