第20話 窓辺の席で レンジ・ミユ篇
「おっ、いかにも昭和な感じでいい喫茶店だな。寄ってかないか?」
「ええ、いいわね」
好きな席に座っていいと店員がいうので、男は彼女を窓際の席まで導いた。
窓の外を見渡すことのできる奥側の席に女を座らせ、落ち着いたところで男は言う。
「……なあなあ、突然だけどさ、ミユ」
「何?」
「俺さ、女子と二人での帰り道にはトラウマがあるんだ」
「何それ」
「聞きたいか?」
「言いたいんでしょ? 聞いてあげるからさっさと言えば?」
「そんな冷たい言い方しなくてもいいだろ、俺は明るくて優しい子が好きなんだぜ。出会った頃のお前みたいな」
「悪うござんしたね、キツい女で」
「まあ、案外キツい女の子も好きなんだって最近は思い始めてるけどな」
「はいはい。それで? 何を聞いてほしいんだっけ?」
「ああ。実は、俺がまだランドセルを背負っていた頃の話なんだが」
「また昔の話? レンジったら昔話多いよ。もういい加減飽きてきたよ」
「まあまあそう言わず。ちゃんと聞いてくれよミユ。聞いてくれるって言ったろ? 約束は守らないとだめだろ」
「はいはい……」
「俺は昔、好きな子が大勢いてなぁ。一緒に帰ったその子のことは三番目に好きだったんだ」
「その時点であんた最低なんだけど、どうしたらいい? 順位つけて愛でるなんてあんた何様? どっかの王様にでもなってたの?」
「いや怒った顔も可愛いけどな、そんな怒るなよ。もちろん今は違うんだぞ。今は好きな人はミユ一人だけだからな。オンリーワンだ」
「ああはいはい。それで? いちいち変なアピール挟まなくていいから。話の続きは? トラウマって何なの?」
「ああ、それでだな。帰り道の途中で、いきなり彼女は言ったんだ」
「何て?」
「きみが好きだ、ってな」
「あら、告白じゃないの」
「だと思うだろ? だが続きがあるんだ。俺が驚いて、何て返したら良いかぐるぐると考えていたところ、ケイコは言ったんだよ。『あれれー? 何びっくりしてんのぉ? あんたのことじゃなくて卵の黄身のこと言ったんだよー。騙されてやんの! あはは!』ってさ。指差して笑いやがって。しかも走って逃げ去りやがった。あの天然娘には、今でも憎しみがこみ上げてくるよ」
「それで、そのケイコちゃんとは?」
「それっきりだ。引っ越しちゃったんだよ。その次の日に」
「へーそうなんだ……んん?」
「どうした?」
「いや……今ね、窓の向こうにさ、すごいこわい顔で私のことニラんでる女の人がいた気がしたんだけど……」
「気のせいだろ」
「案外、ケイコちゃんだったりして」
「そんなわけないだろ。遠い街にいるんだ」
「帰って来てるのかもよ」
「だとしても、あいつはそんな他人をにらみつけるやつじゃないよ」
「それで、レンジさぁ、あんたのトラウマってのは、そんなことなの?」
「ああ、そうだ。俺は真剣に自分も好きだと言おうかどうしようか悩んだ。なのに、その数秒を、ふみにじられたんだ。とても許せることじゃない」
「あほくさ」
「な、何だと……」
「だってさ、そのケイコちゃんは、たぶん本当にあんたのことが好きだったんでしょ?」
「……何でだよ」
「わかんないの?」
わからん。
「だって引っ越してしまったら、もう会えないでしょ? それで、気持ちを伝えたくて、でも恥ずかしいし、不毛な気がして、その中途半端な告白を選んだケイコちゃんの気持ちがわからないの? 私がケイコちゃんでも、同じようなことしちゃうかもなぁ。レンジの事は気に入ってるからサービスで教えてあげるけどねえ、女の子は、男の子からのアクションを待ってるものなんだよ」
「そ、そうだったのか……好かれてたのか……」
「ま、私ならそうするかなってだけで、ひとそれぞれだから、わかんないけどね。でも、ケイコちゃんの本心はともかく……」
「何だよ」
「私はね、きみが好きだよ」
「おい、目を見て言えよ、そういうことは」
「きみが好きだよ」
「どっちの?」
「さあね」




