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カノンソング  作者: 黒十二色
カノン進行
18/48

第18話 ある卒業式 レンジ篇

 視界に、薄紅色の花びらが舞った。


 この冬は暖冬だったから、まだ三月だというのに、桜吹雪。


 校庭の桜は、四月にやってくる新入生を迎えることなく散ろうという勢いだ。


 ところが、その日に限ってはもう三月下旬だというのに、冬のように寒かった。


 調子に乗って半袖でのこのことやって来たレンジに、冷たい風は容赦なかった


 レンジは、記念すべき中学の卒業式だったというのに身体をこするのに夢中で式の内容なんてものも、全くと言っていいほど記憶に無いのだった。


 ――まあ、総じてアホなことばかりやっていた中学生活の締めくくりとしてはむしろ相応しいか。


 と、そんなことを考えた時、目の前にエリカの顔が現れた。


「ね、レンジ、写真……」


「ああ、いいぜ」


 俺はエリカの右手から少し強引にインスタントカメラを受け取る。そしてエリカの方に向けて構える。ちょうど桜を背景にできるアングルだった。


「え? ちょっと……ちがっ……」


 戸惑うエリカ。心の準備ができていなかったのだろうか。何か言いたげな素振り。


「ほら、撮っちまうぞ。いくぞ、ハイ、チーズ」


 それでもシャッターを押す瞬間には表情をキメてピースサインをしているあたり、エリカらしいと思った。


「ほい、カメラ返すぜ」


 俺はエリカにカメラを手渡した。


 するとエリカは、振り絞るように、


「ち、違うよ! あたしは、レンジと一緒に写真に写りたくて!」


 ――それは困る。俺はあまりの肌寒さに鳥肌状態なんだ。しかも半袖ワイシャツ。こんな姿がエリカのアルバムに収められるなんて、まっぴらごめんである!


「断る!」


「何でよ! いいじゃん! 一枚くらい!」


「俺の姿を見てみろ! どう見たってアホだろうが。こんな姿で卒業式に出たことが保護者たちの間で広まってみろ! 永遠にバカな子として語り継がれたらどうする!」


「親御さんたちの間で広がるのを恐れてんの? そんなのもう手遅れじゃん! 周りみてみなさいよ。親御さんだらけよ! だいたい半袖で卒業式なんて何考えてんの? バカなんじゃないの?」


「ふっ、中学を卒業した俺は、もはや半分以上大人。バカとか言われたくらいで、どうってことないぜ。事実だしな。とにかく、だな、俺は半袖のまま写真に入ることはできない」


「じゃあ、あたしの上着貸すよ。あたしは中にセーター着てるから寒くないよ」


「エリカはそれで良いのか。俺が女物のブレザーを羽織っていても良いというのか? 俺的にはNGだぞ。普通の感覚じゃないだろ。そんな女装じみたマネした写真なんてダメだ!」


「じゃあ半袖でもいいじゃない」


「嫌だ!」


「撮らせて!」


「ダメだ!」


「撮りたい!」


「撮られたくない!」


「撮りたい、撮りたい撮りたい!」


 気圧された。しかも気付けば周囲の注目を集めてしまっている。


「だ――」


「撮りたい!!」


 エリカは絶対に引き下がらない。


 ここまで周囲の注目を集めてしまった以上、もはやレンジのほうも引くことはできなくなった。一度口にした言葉を変えるのは、男らしくないなどと思っているのだ。


「いいか、エリカ。何も今日で一生会えなくなるわけじゃないだろ。だから写真はまた今度――」


「サイテー! レンジは何にもわかってない! 確かに今日で会えなくなるわけじゃないかもしれないよ? だけど、今日という日はもう来ない。卒業式って言ったら大事でしょ? しかも桜が舞ってるんだよ? こんなシチュエーションなかなか無いのに、何であたしが逃さなくちゃならないわけ? あたしがレンジと撮りたいって言ってるのに、何でオーケーしてくれないわけ?」


 自分勝手もいい加減にしろと言いたいレンジだった。しかし、彼の感情とは裏腹に、響いてきたのは、周囲の人々のエリカに対する拍手だった。


「よく言った。女の子」


「レンジくん、撮ってあげなよ。半袖でも良いじゃないさ」


「男らしくないぞー」


 などと、口々にエリカを後押しする声援が飛ぶ。


 レンジは結局、そのアウェイ感に屈した。


「わ、わかったよ……じゃあ、エーイチから上着借りてくるから待ってろ」


 俺は頭をフル回転させ、そのまま逃げる手段として、エリカから離れようとした。


 しかし、


「あたしも行く。あたしからも一緒に頼むわ。エーイチに」


「いや、それは……俺が一人で」


「何で?」


 ――もしや、逃亡作戦が見透かされているのか? ここで反論しては、また外野から「女々しい」などと言われてしまうかもしれん。それは屈辱だ。俺は男らしくありたいのだ。


 しかし、よくよく考えてみれば上着さえあれば、写真を撮られても全く問題は無いのだ。レンジはエーイチを探した。


 エリカはすぐにエーイチを発見し、勢いよく駆け寄りながら、


「エーイチ! 上着貸して!」


「な、何でだよ……だ、第二ボタンでも欲しがってんのか?」


「ちがうよ。ありえない」


「……ありえッ……いや、じゃあ何でだ」


 エーイチがメガネを弱々しく光らせて訊くと、


「レンジと写真を撮るの!」


 弾けるような笑顔であった。






 エリカは、エーイチから上着を奪って戻ってくると、それをレンジに強引に着せる。


 近くに居た人にカメラを渡し、撮ってくれるよう依頼した。


 レンジは最後まで渋り続けていたのだが、


「はい、ポーズ」


 それでもシャッターが押される瞬間には表情をキメてピースサインをしていた。


「あー終わった終わった。さて帰るか」


 エーイチに乱暴に上着を投げ返し、レンジは早足で三年間過ごした中学の門を出て、アスファルトを歩く。


 しばらく歩いて、振り返ると、


「ん? レンジ、どしたの?」


 エリカが付いて来ていた。


「どしたの、じゃねえよ。何で付いて来てんだ?」


「寒いかなって思って」


「意味わからん」


「そこで、じゃーん。ほら、手袋。半分貸してあげる。はめてみて」


 俺はこの強引娘に言われるがまま、左手に牛っぽいシロクロ柄の手袋を装着した。


 正直、センス悪い手袋だと思った。


 そもそも半袖であることが寒いんであって、手の先はそれほど冷えていない。どうせ言っても聞かないだろう。今日のエリカはいつも以上にわがままだ。


「で、こっちはあたしで、ほら、おそろい」


 とても嬉しそうな顔をしながら、右手にシロクロ手袋をはめるエリカ。彼女の持ち物のはずなのに、ぶかぶかだった。


「で、何で付いて来てるんだ、エリカ」


「手袋貸してあげるからさ、かわりに家まで送って」


「まぁ、いいけどよ……」


「ねえ、レンジ。もう片方の手、寒くない?」


「別に」


「……そう」


 エリカは、がっかりした。今日のエリカは少しおかしい、とレンジは不思議に思った。


「こうして二人で一緒に帰るなんて、久しぶりだなあ」


「うん」


「そういや、エリカは、高校どこだっけ?」


「隣町の女子高」


「女子高か。可愛い子多そうだな」


「そうかもね……」


 そして、それっきり沈黙。無言空間が訪れた。


「…………」


 二人とも黙ったまま、しばらく歩き、


「あ、あたしの家、ここからすぐだから」


「どうした? 家の前まで送るぞ?」


 レンジはエリカの家を知っている。この十字路を曲がってすぐだ。ほんの数十歩くらい、家の前まで送ったって、あまり変わらない。


「大丈夫。ありがと」


 エリカは少し俯いた後、


「ばいばい」


 と言って、ゆっくりと手袋をはめた右手を振った。


「ああ。ばいばい……」


 俺も左手を振って応える。


 エリカはフフッと笑って、勢いよく俺に背を向けると、駆け足で視界から消えていった。


「あ、おい、手袋っ……」


 レンジの手にジャストフィットする手袋が、まだ左手にあった。追いかけて忘れ物を渡すべきか、後日渡すべきか、数秒間考えた。


 その時吹いた風が冷たくなければ、追いかけたかもしれない。しかし、体を震わせたレンジは、半袖で左手に手袋をはめたままというおかしな格好で帰った。


 それから数年、エリカに会うことはなかった。





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