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カノンソング  作者: 黒十二色
カノン進行
17/48

第17話 早朝の神社 エリカ篇

 それは、エリカが中学三年になったばかりの頃。


 春の、ある肌寒い朝のことだった。


 午前四時。まだ真っ暗な世界。外灯の黄色い光だけが眩しい世界。


 エリカは、父親と早朝ジョギングをしていた。


「さむいよ~。もう帰ろうよ~」


 いつもと同じコースを走る。五キロメートルほどのコースを、時速六キロくらいのスピードで走るのが日課だ。


 エリカも今年はもう受験。


 父親が言うには……勉強を効率よくこなすためには適度な運動が必要なんだ、とのことらしい。彼女はそれに納得して、早朝ジョギングをはじめたのだが、何だか騙されている気もしていた


 根性の足りないエリカは、まだ百メートルも走っていない辺りで、あっという間に弱音を吐いてしまう。


「パパ、つかれたよ」


「――エリカ、好きな人できたのか?」


「えっ? な、なんでいきなり、そんな事」


「もう中学も三年生だろう。周りの子たちは、そろそろ彼氏でもできたりしてるんじゃないのか?」


「まあ」


「いるのか? どんなやつだ」


「…………」


「ま、そうだよな。パパには教えたくないよな。じゃあ、もうパパと街を走るのは嫌か?」


「そんなことない! 好きな人ができたって、パパはパパだもん。世間に出して恥ずかしいパパじゃないから」


「そうか、じゃあ、あと少しだ、がんばろう」


 なんだかうまいこと操縦されている気がした。






 ジョギングコースはようやく折り返し地点。


 ロケット型の滑り台のある公園の横を通り過ぎ、神社へと続く参道をチラッと見ながら、ようやく半分、と気を引き締め直す場所だ。


 でもいつもと少し違うことが起きた。


「とりゃああああああ!」


 女の子の、叫ぶ声がきこえてきたのだ。


 若い声。どこかで聴いたことのある声だとエリカは思った。


 エリカは、父の背中を一瞥して、コースを勝手に変えた。鳥居をくぐって参道を走る。


 そこで見たものは――!


 魔法少女のようなステッキを振り回して、猫に語りかけている人の姿。


 ――あのセーラー服は、たしか隣町の女子高だ。けっこう優秀な学校のはずなんだけど……。いや、気のせいかもしれない。気のせいだと思いたい。変な人だと決めつけるのは、ちゃんと確かめてからだ。


「今のはどうだった? しゃむ」


「にゃあ」


 猫が返事をした。


「何がいけないってのよ……」


「にゃあ、にゃあ」


「弱肉強食? 弱気になったら食われる? 何それ、受験戦争みたいなこと言って」


「にゃあ」


「あいにく私はもう去年受験終わったの。まぶしいキラキラの高校生活が、私を待っているのよ。そう、素敵な殿方との出会いとかね!」


「にゃあ? にゃあにゃあ?」


「女子高で悪かったわね! 出会いくらいあるわよきっと!」


「にゃあ」


 やっぱり猫と話していた。


 気の毒な人を見るような目で呆然と眺めながら、エリカはその人のことを思い出すことに成功した。


 ――学年一つ上の先輩……バレー部のカオル先輩じゃないか。何度か話したことがあったはずで、あたしの脳みそは、ただ優しいだけの先輩だったと記憶している。


 あたしは、カオル先輩が猫に話しかけながらステッキを振り回す光景を、しばらく眺めていた。


「そもそも私はね、しゃむ。本当はそんな悪霊なんてオカルトに興味ないの。居ると言われても私の目には全く見えないし、倒せって言われたって……どうすればいいのよ?」


「にゃんにゃにゃにゃんにゃ、にゃあにゃにゃにゃんあ」


「考えるものじゃない、感じるものだ……ですって? 猫のくせに何言ってんの。どっかでカンフー映画でも見たの?」


「にゃあ」


「まったく……」


「にゃあ、にゃんにゃにゃニャ!」


「え? ちょ、待って……」


「にゃあ」


「きゃあああああああああ!」


 甲高い声を上げて、カオル先輩は急に倒れた。


 エリカは駆け寄ろうかどうしようか数秒迷った後、倒れるカオル先輩に駆け寄ることを選択しようとしたのだが、誰かに両肩を引っ張られて止められた


 エリカを止めたのは父だった。


 振り返ると、小さく首を振っていた。


「ね、パパ……先輩が猫と会話した後に倒れたんだけど……おかしな人だったのかな。それとも、春だからかな」


「なんだ、エリカの知り合いなのか?」


「うん、カオル先輩って人。いっこ上の」


「そうか……まあ、いずれエリカにもわかる日が来るさ」


「え、何が?」


「世界には、色んな人がいて、色んな事情があるんだよ」


 エリカは首を傾げた。


 カオル先輩は、


「うぅ……しゃむぅ……ちょっとは手加減してよぉ」


「にゃあ」


「……でも、もう一回よ、しゃむ! 今度はちゃんと避けてみせるから!」


 なんだか楽しそうだった。


 ――あたしも混ざりたいな、なんて一瞬でも考えてしまったことは、誰にも言えないな。





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