第14話 運動会 エーイチ篇
運動会は、終盤戦に差し掛かっていた。
《続いてのプログラムは……騎馬戦ッ!》
アナウンスが流れ、中学校の校庭を拍手が包む。
エーイチの居る白組と、敵の赤組の差は、僅か。
これから始まる騎馬戦と、最後のリレーの得点で勝敗が決まるのだ。
エーイチとしては赤組には絶対に負けるわけにはいかない。
なぜなら、小学校からの友人であるレンジたちがいるからだ。
レンジは、エーイチのライバルだが、赤組にいるのはレンジだけではない。あかりとヒロも赤組だ。その三人のいるチームに負けたとなれば、エーイチのリーダーとしての地位が危うくなってしまう。
「エーイチ」
背後からチームメイトのエリカが彼の名を呼んだ。白い帽子をかぶっていた。相当キツい性格をしていて、エリカもまた、幼馴染である。
「なんだ、エリカ様」
「様とかつけんな。てか、なんだじゃないでしょうが。周りを見なさい。ボーっとしてないで、早く騎馬を組まないと失格になるよ」
周囲を見渡してみると、なるほど、確かに騎馬を組んでいないのは自分たち四人だけ。あとは横にびっしり、向こう岸にびっしりと騎馬が並んでいる。第二学年の全員、百二十人が騎馬を組んで並んでいるのだ。
つまり三十の騎馬。それが半分ずつ、十五対十五でぶつかり合う。
騎馬の上には、体重の軽い女子だけが乗っているが、学年の全生徒である百二十人のうち、約半分が女子である。全ての騎馬の下層をオール男子で固められるはずもなく、男女混合の騎馬もあれば、女子のみの騎馬もあった。
エーイチたちの騎馬は下が男三人で、上にエリカが乗る形だ。
エーイチ自身は騎馬の真ん中、扇の要的ポジション。
「じゃ、乗るよ」
エリカが乗って、ようやくオレたちの船が完成した。
オレが中央、上にはエリカ。両舷を固めるのは、そのへんの男子二人だ。
頭に置かれたエリカの両手。
「しっかりやるのよ、エーイチくん」
「ああ、任せておけよ、エリカ様」
「様って言うなっての」
エリカは騎馬の髪の毛を引っ張った。
エーイチはまるで本当に手綱を引かれる馬にでもなったようで、いい気分ではなかった。しかし、様づけしてふざけた自分が悪いとも思う。
「いくぞッ」
号令で騎馬全体に活を入れる。
――これは負けるわけにはいかない戦。しっかりやろう。
狙う騎馬はただ一つ。
エーイチとレンジの視線が交差して、火花が散ったかのようだった。
《位置について、よーい……》
銃声と共に、決戦は開始された。
騎馬が崩れるか、帽子を取られるかしたら失格となる。
しかしエーイチは楽観していた。騎馬が崩れることなどありえないし、スポーツ万能のエリカがそんじょそこらの騎馬に帽子の取り合いで敗北することも考えられないと。
自分たち四人は事実上のエース機なのだと考えていた。
だから、負ける可能性があるとするなら……やはりあの騎馬のみ。
中央にレンジ。上にあかり。オレから見て右側にヒロがいて、左には運動部の男子。
開幕して、互いに様子見から始まった。
様子見とはいっても、エリカが次々と帽子を奪い取っていった。獅子奮迅の活躍とはまさにこのことである。
「エリカ! 右舷45度に敵だ」
「うげんって何? わかる言葉で言ってよ!」
「右ナナメ前だ」
「わかった。それっ!」
エリカが掛け声を上げて、また一つ、赤い帽子を奪い取った。
対する、レンジたちはといえば、なんだかグラグラしていた。
「大丈夫か……あれ……」
レンジは「ヒロ、お前が一番頭いいんだから、ちゃんと指示しろよな!」と言い、「そんなこと言われても、僕、左側しか見えないし」ヒロが返す。
「なにぃ」
「レンジが引っ張るべきだよ」
「はぁ? お前無責任なやつだな」
「そんな言い方しなくてもいいじゃん!」
その時、あかりが、
「二人ともぉ! なにケンカしてんのよバカバカ!」
火に油を注いだ。
「バカだと? 女の子がそんな暴言吐いて良いと思ってるのか」
「なによ。馬のクセに何なの。いうこと聞きなさいよ!」
ギャアギャアと実に賑やかである。
「なに遊んでるんだあいつらは……」
エーイチは呆れて呟いたが、
「放っておきましょう。あたしたちの敵ではないわ」
「ああ。そうだなエリカ」
とはいえ、気になるので、エーイチは騎馬をコントロールしながらも様子を窺っていることにする。
「真面目にやりなさいよ。崩れたら負けなんだから!」とあかり。
「安心しろ、あかり。この船は決して沈まない」とレンジ。
「喋ってないで進め! 右よ右!」あかり。
「いいや、ここは左に行く場面だ」レンジ。
「ちょっとォ、何で言う事聞かないのよ!」
あかりがそう言って、髪の毛を引っ張る。
「いててててて! ハゲる! ハゲるだろ!」
「じゃあ右に行くの!」
「嫌だ! ことわる!」
「レンジ、ここはあかりに従わないと」
冷静なヒロがようやく修正を図るが、
「リーダーは多い方が良いんだよ。『船頭多くして船山にのぼれ』って言うだろ」
レンジが間違った言葉で正当化しようとしていた。
「微妙に違うし、船のくせに山に登ってどうするんだよ」ヒロ。
「おいおい冷静になって考えろ、ヒロ。船が山に登るんだぞ。それってすげえじゃねえか」
それでは船の意味がない。
「冷静になるのは、レンジだろ」
「キャ!」
不意にあかりが悲鳴を上げた。
「なんだよ、あかり、どうした」
「レンジ! 今おしり触ったでしょ!」
「は? 触ってねえよ、物理的に不可能だ。触ったら肩が外れる」
「じゃあ、肩外して触ったんだ!」
「何でそうまでして触らなくちゃいけないんだよ。俺は無理だからヒロだろ」
「違う違う」大きく首を振るヒロ。
「何でヒロのせいにするのよ! レンジのスケベ!」
「言ったな、あかりのアホ!」とレンジも言い返す。
「何よ、変態変態、変態! エッチな本いっぱい持ってるし絶対レンジだ!」
「違う! あのエッチな本は、エーイチがくれたものだ! だから俺はスケベじゃない!」
「エーイチがムッツリなのは前から皆がわかってることでしょ? それを利用して何でもエーイチくんのせいにするなんて卑怯!」
「本当だって!」
エーイチは苦々しく思い、歯を食いしばり、顔を地面に向けた。
「大声で、何を言ってくれる……」
「どうしたの? エーイチくん」とエリカ。
「許せん。あいつらがケンカしてるのに、オレの清純なイメージが崩れるなんて、この世界はおかしい。というか、レンジの頭がおかしいッ!」
「あ、ちょっとエーイチくん! そっちじゃない、そっちじゃ」
「そうは言うがエリカ、あれは明らかにオレにケンカを売る行為だ。そのまま置いておけば紳士なオレが、実はとんでもないスケベ野郎だというイメージが学校全体に広がってしまうに違いない。だから、あの騎馬は! 生かしておいてはいけないんだ!」
エーイチがレンジにエッチな本を勧めたというのは事実だが、とにかく許してはおけない。
「レンジたちを倒すぞ」
エリカは少しだけ考え込んだ後、大きく頷く。
「わかった。やろう!」
エーイチは、やはり自分たちの方がチームワーク良いじゃないかと思った。
「騎馬戦においては従うべきところは従い、時には主の意見に逆らってでも全体のために尽くす。決してオレ個人のために動いているわけではない。レンジたちの騎馬に隙があるうちに帽子を奪い取れば、我々白組の勝ちは揺るぎないものになる!」
エーイチは、まるで言い訳のようなことを早口で呟き、レンジに向かって走る。
標的の騎馬は、いまだにモメていた。
「二人ともケンカしないでよ!」とヒロ。
「いてててて、あかり、てめえ、後でおぼえとけよっ」レンジ。
「あーら女は殴らないんじゃなかったの?」あかりが言うと、
「当り前だ。だが、お前の泣き虫だった頃の恥ずかしい話を……」卑怯なレンジが脅しを繰り出した。
「構わないよ、そんなの。昔は昔。今は今」しかしあかりは平気な顔をした。
エーイチたちは突進する。あかりのかぶる赤い帽子を奪い取れば、自分がスケベ野郎だと大声で発表されたことに対するささやかな復讐が完了する。
「それっ」
エリカがそう言って、帽子を奪い去ろうと手を伸ばしたが、
「わっ」
あかりが危機察知能力を発揮して見事に避け、エリカの右手は空を切った。
レンジの騎馬はバランスを崩し、ヒロの方から崩れそうになったが、何とか体勢を立て直そうとする。
しかし、エーイチたちは攻撃をやめない。
「エリカ! もう一度だ!」
「うん!」
「こんな隙だらけの騎馬、簡単に崩してやれ」
しかしその時、あかりが言った。
「あ、エリカ、お父さん来てるよ!」
「え? どこっ?」
エリカの攻撃が止まったようだった。
その間に、レンジたちは体勢を完全に立て直した。
「あかり! パパいないじゃん!」
「あれー? いたと思ったんだけどなー」棒読みである。
「騙したわね! サイテー!」
バトルが開始される。
「まて、心を乱されてはいけないぞ、エリカ! 冷静にいこう!」
「わかってるわよ!」
どう聞いてもその声は、冷静じゃなかった。
「これは勝てる戦だ。普通にやればチームワークの差でオレたちが勝つはずの戦。だが心を乱されては、負けるッ」
「えいっ」「それっ」
あかりとエリカは同時に声を出した。
結果は、相打ちだった。
終了を告げる銃声が響き渡る。
エーイチたちは、その時には最後の騎馬で、赤組に生き残っていた騎馬がいたため、白組は、負けた。
騎馬戦を落とし、リレーでも追いつけず、総合的にも敗北し、しかも「エーイチくんがいやらしい」という噂がクラスだけでなく学年全体に広がる。更に親御さんにまで尾ひれが付いて広がってしまった。
エーイチにとっては、まさに最悪の結果である。
「許さんぞ、レンジぃ……!」
夕日に強く復讐を誓ったのであった。




