第13話 不協和音
「歌いにくい」
クラス対抗の合唱コンクールのためにレンジが書いた詞は、これでもかというくらい不評だった。
「暗くね?」
「きもちわるい」
「ていうか薄気味悪ィ」
「なんか辛いことあったの?」
「名曲を汚すな」
「ヨハン・パッヘルベルさんに謝れ」
合唱練習なんてものにやる気を出していなかったクラスが見事にまとまり、素人作詞家に集中砲火を浴びせていた。
それでもレンジは一致団結の罵声のなかで開き直った。
「ようし、俺のおかげで、やる気が出てきたみたいだな。じゃあ、練習再開だ」
パッヘルベルのカノンは、誰もが耳にしたことのある名曲であろう。美しい和音に乗せて、だんだん音が重なっていき、豊かになっていく。
レンジは、クラスや担任の控えめな反対を押し切り、作詞を強行し、クラスメイトに歌うことを強要した。
それでも、誰も引っ張っていかないよりはマシだと思えたし、なにより、レンジという調子に乗った若者に、黒歴史の一つでも与えてやりたいとさえ、クラスメイトたちは考えていた。
ただ、レンジは、きっとこの詞を人生の汚点になどしないだろう。
美談にするか、完全に忘れ去って、のんきに生きていくのだろう。
クラスのほとんどが呆れながらも付き合うことになり、合唱コンクールの朝練は続いた。
★
小さな箱から 私に届いて
険しいこの道 一人でのぼって進む道
誰にも果たせないことができると信じた あの日
すぐにも消えそうになるあの子の面影を 思い出す
夜に一人で 箱を開けに行くよ
ずっと私のそばにいることが 当たり前のように思えていたのに
いつの間にか君のその姿 闇に溶けて見失っていた
閉じたゲートを抜けたその先に 微笑む君 手招く白い手
霞みゆく世界の片隅で 粗いノイズが旋律に変わる
明日も会おうと約束したよね
だけど守れなくてごめんね
できるようなら今すぐ出てきて
こんな私を叱りつけてくれ
いつも心に引っかかるものを
うまく言葉にできやしないけど
言ってしまえばこの深い傷は
恋とか愛とか呼ばれてるものかな
君は今 何してる 誰の目を見つめてる?
私から 手を伸ばし 会いに行くべきなのか
だけど嫌だ もう二度と 会えないと言われたら
その程度 君なんか 君なんか君なんか
時が過ぎ 忘れ去り 傷を消すことだけが
苦しみを 蹴り飛ばす ことなんだ そうなんだ
蛍光灯の 明かりなく 君はもう おかえりか
いつからか 覗き見ることさえも……
また会えることを願うよ いつの日か
時が流れても 君の事 忘れない
ただの思い出と許す君と 笑える日が来ることを
先に進もう 約束は忘れよう
鎖された扉 慣れない音色が
永遠に一瞬に 広がっていくよ
★
休み時間になって、特に仲良くもない女子が、レンジに声をかけた。
歌詞の内容を心配したわけではない。歌詞の内容をみて興味が生じたのである。彼女もまた、レンジのことが気になっている一人だった。
「レンジくんさ、この歌詞はどう考えても、あれだよね。失恋したの? 相手は……引っ越した……えっと、ケイコちゃん、っていう子いたよね、むかし」
「何だそれ。ケイコに失恋とか、何の冗談だ」
「じゃあ、あかりに振られた?」
「そんなわけない。あかりは昔より俺好みに活発にはなったけど、近くにいて当たり前だし、別に付き合ってもないし、離れてもいないし。まあ、なんていうか、この歌詞は、俺の才能があふれ出した感じだ。自動筆記ってやつかな。言葉が空から降りて来たっていうかさ。だから、無いぜ。俺の失恋の気持ちを歌にした、なんてことは全く無い」
「ふぅん、まあいいけど。でもさ、やっぱ、こんなの自動的に書いちゃうってことは、恋してんでしょ? もしやエリカのこと好きだったり?」
「なんだそれ、あんなの、一番ありえねーよ」
「そう? でもエリカが一番、レンジくんのこと好きだと思うよ?」
「はっ、それこそありえないね。あいつ、最近は前より俺にすっげえ冷たいし。今回も、この歌詞を見せたら、いきなり不機嫌になって、口もきいてくれなくなってるくらいだ」
「じゃあさ、レンジくんは、今、エリカもあかりも好きじゃないってこと? 別の子が好きなの?」
「どう、なのかな。考えたことなかったけど」
「まあ、近くにいるほど、大事なものって、わかんなくなるもんねぇ」
そう言い残して、その女子は教室を出て行った。
続いてレンジの前にあらわれたのは、小学校から仲の良いヒロという男子であった。
「レンジ、なんかこの歌詞みるとさ、病んでる感じするけど、僕でよければ相談のるよ?」
「そんなに病んでっかな、これ」
「なんというか、言いにくいけど、一目ぼれした人をストーカーしようかどうしようか迷ってるのかなって思って」
「俺がそんなことするわけなかろう」
「でもさ、たとえばここの、『蛍光灯の明かりなく、君はもう、おかえりか。いつからか覗き見ることさえも……』とか、夕方に明かりが消えるまでコソコソ待ち伏せしてる光景が浮かんできて、不審者まっしぐらだなあって」
「おいおいヒロ。その部分に着目しておきながら、真意に気付かないとは、俺のことを全く理解していないな」
「ん、どういうことだよ。真意って?」
「よく見てみろ。『蛍光灯』の中にはケイコがいる。『明かり』は言うまでもなくあかりだ。『おかえりか』って十回言ってみろ。いつの間にかエリカの名前を呼ぶことになる」
「うわあ、それをクラスの皆に歌わせるセンスが、僕には全くわからないな、レベルが高すぎだ。だいたい、名前を忍ばせるのに何の意味があるんだ?」
「だからさ、俺の意思とは関係なく筆が舞い踊ったっていうかさ、自動で言葉が降りてきたんだ」
「それって矛盾してないかな。レンジ自身が真意を込めた歌詞があるのに、自動で降りて来たって、両立しないんじゃ……?」
「こまかいやつだな。あかりを見習えよ、細かい事なんか気にせず、元気に力強く歌ってくれてたぞ」
しかし、あかりもまた、この歌詞には不満があるのだった。
「知らない女の子とどんな約束したか知らないけどね、約束は忘れたりしないで、ちゃんと守らないとダメだよ、レンジ」
「はぁ? 何いってんだ。約束? 身に覚えがねえよ」
クラスの大半がレンジの詞を嫌がっていることが原因で不協和音が生じ、合唱コンクールで好成績を収めることはできなかった。それでも、元が名曲なだけに、あまり爽やかとは言えない歌詞は、かえって多くの聴衆に強い印象を残したのだった。




