第11話 不思議な出来事(猫) レンジ篇
レンジが中学校を下校しようとしたところ、下駄箱に手紙が入っているのを見つけた。
「なんだよ、またかよ、今度は誰だ?」
呟きながらラブレターと思われる手紙を開封してみると、ミミズのはったようなボールペン字で挑戦的な言葉たちが並べられていた。しかし、字が汚すぎて大半が読めない。
『よくも……カオ……ったな。………かせ……許さねえ! 今夜三字、ロケ……公園に来い。……殺………』
そのまま読もうとしても、意味が解らない。
レンジなりに補足修正しながら読み上げる。
「よくも良いカオに生まれやがったな。顔かせこのイケメン。許さねえ! 今夜三時、(ドラマの)ロケがあった公園に来い。貴様が芸能人になる前に殺陣をみっちりそのボディに叩き込んでやるぜ」
自分勝手な解釈を繰り広げていた。
「なんだ。むしろ良い話じゃないか。よろこんで受けたいぜ。でも午前三時は無理かもな」
呟いていたところに、幼馴染がやって来た。
「レンジー!」
「おお、あかりじゃないか。何してんだ?」
「何って……家に帰るに決まってるじゃん」
同じクラスの元気娘、幼馴染のあかりだった。かつては元気なんてまるでなく、泣いてばかりの女の子であったが、中学になると、彼女は変わった。
「って、あ! まーたラブレターもらってる! へぇ。モテる男は大変ねぇ、このこのぉ」
「あ、いや、これはだな……」
「違うの?」
「ああ、よく解らんが、違うようだ。まず解読できない」
「貸してっ」
あかりはそう言うと、俺の手から手紙を奪い取り、読み上げ出した。
「えーっと……『よくも僕らのカオルちゃんを振ったな。しかも泣かせやがって許さねえ! 今夜三字、ロケット公園に来い。来なかったら殺す。』……物騒な手紙ね。でも、『三字』ってこれ『三時』のことよね。こーんな簡単な字間違えるなんて、バカね、こいつ」
「まて、あかり。何故読める?」
「昔のレンジの字に似てるわよ。っていうか、また女の子泣かせたの? だめじゃん!」
「なっ……」
「じゃ、また明日! 決闘がんばってねー!」
あかりは、昇降口を飛び出して、校庭ど真ん中を走り抜けて行った。
「嵐のような娘になってしまったな……」
泣き虫じゃなくなるのを願ったことはあったけれど、ちょっと元気になりすぎじゃないかとレンジは寂しくなった。おとなしかった昔の面影が、キレイサッパリなくなってしまった。
レンジは家に戻ると、もう一度、下駄箱で手に入れた手紙を開く。
レンジは中学生だ。だから午前三時なんて深夜にどこかに出かけるなんてのは、常識はずれ。そもそも、そんな夜中まで起きていられない。というわけで、ロケット公園には行かないことにした。
ちなみに、ロケット公園というのは、小さな神社の横にある公園で、ロケット型の滑り台がある、どちらかというと子供向けの公園だ。最近じゃ野良猫の溜まり場になっているなんて噂も聞く。
「そういや、小学校卒業して以来、行ってないな、あの坂の上の公園にも」
★
翌日、眠い目こすりながら学校へ行き、楽しい授業を半分くらい寝て過ごし、放課後、下校。もう夕方だった。
その道中、アスファルトの上、一匹のトラ猫が擦り寄ってきた。
金色の毛をすりよせてくる動きに、尋常ならざる可愛さを感じた。
猫大好きなレンジとしてはヨダレが出るレベルだ。
「ああ……可愛いな、お前」
しゃがみこみ、その猫の背を撫でようとした瞬間!
「い痛ってぇ!」
差し出した手をバリッと引っ掻かれた。
さらに、咬みつかれて流血。みるも無残なことに。
「あぅ……何故だ! 昔から猫に嫌われたことなど、一度もなかったというのに!」
なおも本気で咬みついてくるトラねこの態度。
「ふっ、そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。動物をいじめるのは、悪い事だ。それは承知している。しかし、やられっ放しでやり返さないだけの優しさなんて、俺は持っていない! 人間様の恐ろしさというものを、ほんの少しだけ思い知らせてやる!」
レンジはトラねこの尻尾を掴む。
「ギャア!」
毛を逆立てた後、トラねこのひっかき攻撃。しかし当たらなかった。
とっさに尻尾を掴んでいた手を放したのだ。
レンジの掴み上げる攻撃。しかしトラねこには当たらなかった!
トラねこは逃げ出した。
追いかけていくレンジ。
「まてっ、このっ」
素早く逃げるトラねこ。塀の上に上って余裕を見せつけてくる。
「ふっ、俺がその程度の塀に上れないとでも思っているのか?」
トラねこを追い、塀の上へジャンプで飛び乗る。
トラねこはビクッと体を震わせた後、慌てて駆け出した。
一人と一匹、塀の上を走る。緑の木のトンネルを抜けて、途切れたのは、ドブ川の土手だった。
「うおぁ」
勢い余って川に落ちそうになるが、なんとか岸に掴まってよじ登る。
「ふぅ……」
はるか頭上、太めの木の枝を悠然と歩くトラねこは、ニヤニヤしながら、レンジを見下ろしていた。
「ちくしょう……ばかにしやがって……」
足場の不安定な、川沿いの道を走る。
トラねこはさすがの運動能力でぴょんぴょんと飛び跳ねていく。
緑のフェンスを飛び越えて、またニヤニヤと挑発的に笑っていた。
レンジがフェンスをよじ登り、反対側に降りると、トラねこは再び走りだす。
真っ赤な橋を渡って、反対側の川沿いの道へと入った。
すぐにまた塀に上って、追いかけっこが再開される。
塀の上にあった植木鉢が落ちて壊れた。トラねこが倒したのだ。
その後もガシャンガシャンと植木鉢をなぎ倒しながら進んでいく。
「なんつー迷惑な猫だ!」
これは、どうしても一回とっちめて言い聞かせてやる必要があるとレンジは使命感を強く抱いた。
制服を汚したり破いたりしながらトゲまみれの植物のトンネルを抜けると、そこは、神社の横にある公園だった。ロケット公園。
ロケット型の滑り台があって、そこを野良猫たちが占拠していた。
塀からジャンプして降りたとき、滑り台にいた大量の猫たちは、全員、レンジに目を向けた。
――こわい。狩られる。
そう思い、身を翻して逃げ出そうとしたのだが、ばふっと、やわらかくて、あたたかくて、巨大な何かに触れた。
ずん。そんな音がしたかと思う。
化猫。
威圧的な表情をした化猫が、立っていた。
二本足で立っていた。
真っ白い毛並みに、赤い首輪。
左右の眼の色が違う。赤と青。オッドアイの巨大ネコ。
自分よりも巨大な猫との遭遇に、呆然とするしかなかった。
――いやいや、いくらなんでも、化け猫が過ぎんだろ。
恐ろしく感じて、レンジはあとずさった。
「貴様がレンジか」
「これが妖怪、猫又というやつか。突然変異にも程があるだろ」
猫は長生きすると人語を操れるようになるという迷信がある。そうしたことは、レンジも漫画で読んだことがあるから知っていた。
「貴様がレンジかと訊いている」
「いかにも、俺、レンジだが」
「僕の手紙は読んだか?」
「そりゃどんな」
「この場所、ロケット公園に来るようにと伝えたはずだ」
「てことは、お前が手紙の主なのかっ。予想外すぎるんだが!」
「読んだのなら、何故来なかった」
「だって、『午前三字』じゃあなあ……」
「そんな時間ではムリだと?」
「いいや、字が間違っていたから理解でなかったんだ。というか、字が汚かったのでわからんかった」
「嘘だな。知っててバックれたニオイがする」
「ばれたか」
「僕らは、カオルちゃんが好きだ!」
「ん? えっと……なんだ急に。カオルちゃんって誰?」
「な、ん、だ、と」
「いやあの、どちら様でしたっけ?」
「丁寧に言いなおしても許さん。一昨日、下駄箱にラブレターがあったはずだが?」
「ああ……放課後待ってますってやつか。そういえば、カオルちゃんって名前だったような気がしたな」
「その程度の……印象しかないだと? 貴様! カオルちゃんがどれだけの勇気を出したと思っている! 断るどころか、すっぽかすとは! 人間じゃない!」
「どう見たって、お前の方が人間じゃねえよ。猫だよ。それにさ、俺ラブレターとかいっぱいもらいすぎてさ、あんまりありがたみとかないんだよ」
「貴様ッ……呪われろ!」
白い巨大猫は叫ぶと、俺に殴りかかってきた。
「うお」
「避けるな!」
「いやいやいや、当たったら痛いじゃねえか」
猫の弱点といえば尻尾と相場が決まっている。
レンジはその猫の尻尾を掴もうとしたが、その化け猫には尻尾がなかった!
殴り倒されて、仰向けに倒れた。
空には新月。
すぐに月は隠され、目の前に迫ったのは、爪。
避ける。
「顔はやめてくれ。俺は将来スター的なものになるんだ」
「ならば、そうなれないような顔にしてくれる!」
「猫は家でミルクでも飲んでろ!」
「僕はかつおぶしの方が好きだ!」
意外だ。西洋風の顔立ちをしているのに。
レンジは、右手で公園の砂を掴み、目潰しのため投げる。
巨大猫はひるんだ。それを見て飛び掛り、逆に仰向けに倒した。
するとその時、背中に引っかかれたような痛みが走った。
「いてぇ!」
レンジが振り返ると、大勢の猫たちが、飛び掛ってきていた。
どうやら背中はこの小さな猫たちに引っかかれたらしい。そして小さな猫たちは、俺をさらにザリザリに引っかいて、巨大猫の援護をするつもりらしい。
「やめろ!」
巨大白猫の声。
小さな猫たちは、レンジを素通りして着地した。
「正々堂々、一対一の決闘だ。お前らは手を出すんじゃあねえ」
「へっ、猫のくせに格好いいじゃねえか」
その後も戦いを続け、お互いが動けなくなるまで殴り合った。
決戦が終わった時、ちょうど神社の森の方から朝日が昇っていた。
夜を徹しての戦い、その勝者は――。
「はあ、はあ、やるじゃねえか、化け猫」
「フゥ、お前もな、人間」
妙な友情が生まれていた。
朝、ボロボロで家に帰ったレンジを待っていたのは、目の下にクマをつくった両親。
泣きながら怒り狂う母と、ただ怒り狂う父だった。
乾いた音と鈍い打撃音。
かわりばんこにぶん殴られて、レンジの視界は暗転した。




