第10話 なごり雪で埋めて 春
――皆さん、皆さんお元気でしょうか?
曇り空を眺める私は、ゴミ捨て場に居りました。
皆さん、お元気でしょうか?
私はビン。ご存知の方も居ると思います。あの、ビンです。
時には醤油を包み込み、時にはジュースを包み込む。お酒なんかを抱きしめるのは得意です。その他にも、保存食を人間にとっての害悪から守ったり、色んな使われ方をします。
ですが、悲しいことに、どうやら私は捨てられたようです。
折角ですので、この今わの際に、私の一生というものを思い返してみることにいたします。
かつて、私の中にはぶどう酒が入っておりました。
ぶどう酒が入った瞬間、それが、私の自我が生まれた瞬間でした。
色んな人の手によって、ぶどう酒は減らされていき、カラッポになりました。
捨てられることになりました。
その時、私はゴミ捨て場から逃げたのです。
運命に逆らう行為だというのは、わかっておりました。それでもやはり捨てられたくはなかったのです。
人の近くに居たい。人に大事にされたい。数多の人の手に渡るうちに、私はそう思うようになったのです。
運命に逆らいたくてゴミ捨て場から逃げた後、誰かに拾われ、誰かの手紙を入れたこともありました。
その手紙……人の美しくも儚い願いというものを乗せて海を漂ったこともありました。
結局、願いは願った者の手によって回収され、私は今、ここにいます。
ここは、またしてもゴミ捨て場。慣れ親しんだ、絶望に限りなく近い場所。
その時、私が思ったこと。
――あの方は、元気でしょうか。
共に、海を駆けた方。
一瞬、同じタイミングで波に乗って青空に飛びあがったときもありました。
海に戻されてしまった、あの空き缶さんは元気でしょうか。
陸に連れ戻されてから、あの空き缶さんに似た人は大勢いたのです。
でも、あの空き缶さん本人ではなかった。
このゴミ捨て場にもそっくりさんがいるけど、それはやっぱり違うのです。
ああ。嗚呼、あの人に、もう一度――。
その時、雪が降って参りました。
やわらかく白いものが、私の口から体内に入ってきます。
とても、冷たい。
冷たいです。
震えてしまいそうです。
間もなくです。間もなく私を回収する車がやってくるのです。
スリップして横転してしまえばいいのに。そして、また私を誰かが拾い上げて、大事な願いでも込めて大海に解き放ってくれればいいのに。海流に乗り、またあの人にめぐりあう自信が、私にはあるのに。
ああ。嗚呼、ちがうのです。おそろしいことを考えてしまいました。
車よ横転してしまえなどと、考えてもいけないことを考えてしまった。
罪深いことです。
横転しなくても良いのです。車がこの場所に私を回収しに来なければいいのです。
雪が――雪が、もっと降ってくれれば……。
深く深く積もり積もれば。
そうすれば、私の姿も冷たい雪に隠され、車もここには来られないのではないでしょうか。
たとえ回収されても、逃げ出す機会が生まれるのではないかと強く強く、思うのです。
ああ。嗚呼、私はまた、二度も運命に逆らうつもりでいるのですね。
往生際が悪いことこの上ない。
だけど……生きたいのです。
何度でも、生きて、生きて、生き抜いて、もう一度、あの人と……競争をするのです。




