二章 悪因悪果
毎日投稿のつもりが二日目にして頓挫しました。
楽しみにしてくれた方には申し訳ないです。
「遅かったな、おかえり玲奈」
私が家に帰ると、必ず兄が玄関で出迎える。社交場では人気のようだが、ニコニコとしているたけしは、妹の私から見ると薄気味悪い。
「さぁ、もうできているから一緒にご飯を食べよう」
夜半の冬、ひんやりとした冷気が立ち込める廊下を渡り食卓へ向かう。
兄はちょっとしたお金持ちで、私との二人暮らしではあるが家は結構広い。私の習い事への送迎や家事を行ってくれる家政婦さんもいるため生活には困っていない。
「「いただきます」」
今日の夕飯は私が大好きなハンバーグだ。だというのに兄と一緒では気も晴れない。
「今日はゆうたと?」
さっそく話しかけてきた。交友関係にまで口を出さないでほしいものだが、お金を出してもらったのだから仕方がない。
「そーだけど。なんかお兄ちゃんに関係ある?」
「いやさ、玲奈達が行ったのは駅前のパンケーキ屋さんだろ?お前ら、三時にはそこを出てるはずなんだけど....今何時だ?」
「別に、近くのカフェ寄ってただけだよ。あいつは用があるとかで早く帰ったし。」
そんなに妹の動向が気になるか。しつこいし気持ち悪い。
「そっか、ゆうたとずっと一緒にいたわけじゃないんだな....」
兄を見れば何やら安心している様子、ほんと何考えてんだか。
「とにかく俺に心配かけさせないでくれ。帰りが遅くなるなら連絡しろ。」
「両親はとっくの昔にいなくなってる。じじばばも耄碌してあてにならねぇ。玲奈、お前だけが俺のたった一人の大事な家族なんだよ」
私がまだ母のお腹の中にいた頃、父親は事故で死んだらしい。体の弱かった母親も私が三つの頃、父の後を追うように他界した。ガキのガキはもう他人だなどと言って祖父母は最低限の手助けしかしてくれず、まだ幼かったたけしは大変な苦労をして私の面倒を見てくれた。
私を大切に思っていたから、どうにか生き抜こうと全力を尽くしたのだろうか。それとも日々の激務の中、私に安らぎを求めたのか。
「今日もつかれたなぁ。玲奈、一緒にお風呂へ入ろう」
私を呼ぶ声が聞こえる。お兄ちゃんは社会人で私は高校生。もうあの頃の私たちじゃない。
いびつな想いの形。でも、私はそれを――
拒めないから
△▼△▼△▼△
教室の半分くらいはありそうな私たちの寝室の中央にはいくつかの椅子と机、それと一つ大きなベッドがあるのみだ。
4,5人は入れそうなベッドに二つだけ枕が置かれている。
兄は毎晩ここで私を抱いて無聊を慰める。いくらお金を稼いで、友人らしき人々に囲まれようと彼の心は満たされないらしい。
私も同じだ。たくさんの友達、優等生なんていう評価、向けられる信頼にたいした価値を感じられない。両親が生きていれば少しは違ったのだろうか。
私を縛る兄、そんな兄にしがみつくしかない私。
二人で協力した結果だと人々は私たちを褒め称える。
不幸な境遇から成りあがった成功者だとその奮闘を賞揚する。
そんなものは嘘だ。私たちは生き抜くため、必死に日々を過ごしてきただけ。
豊かになったように見える生活を送っていても、幸せにはほど遠い。
「俺の可愛いい玲奈、愛しているよ」
私は早く寝てしまいたいのだが、兄は私を抱き寄せ体をまさぐる。
背中から腰にかけて指を這わせるその手つきに、幼い頃から触れてきた私は嫌悪感を抱かない。
つい最近まではこれくらい普通のスキンシップだと思っていたのが、そんな私はどうも少数派らしい。
戯れに触れてみた時のゆうた、あの取り乱した顔は一生忘れないだろう。
あまり好きではない兄との抱擁を、不思議と私は苦手としていなかった。むしろ落ち着くような気さえしていたのかもしれない。
無言で彼に身を委ねようとしたそのとき、無機質な携帯電話の音が鳴った。
「確認しなくても良いのか」
「こんな時間、ゆうただろうけど、ちょっと見ていい?」
「どんなこと話してるんだ、ちょっと貸せよ」
私たちの関係を知ればこいつはどんな反応をするか、想像に難くはない。
兄の私への束縛は強い。ともすればその制限は交友関係にまで及ぶ。
見られたくないものを持ち込んではいけないのに。私は自分のうかつさを呪った。
「いやっ、お兄ちゃんには関係ないでしょ!」
「隠し立てするなんて、やましいことでもあるのかよっ!」
「や、やめてよ」
突然脳天に衝撃が走った。ぐらりと視界が回転して、平衡感覚があやふやになる。兄に殴られたのは五日ぶりか。今週は彼の神経を逆なでせずに過ごせていたはずなのに。
「おい、なんだよこれ!ゆーくん?デート?なんで俺が知らないところで男と会ってるんだよ」
「ごめんなさい。痛いです。やめてください。ごめんなさい。反省して良い子にしますから。」
床でうずくまる私を兄は痛めつける。こればっかりは慣れることがない。つらいものはつらい。
とはいえ、もう自分の苦しみすらも時々他人事のように感じ始めることがある。
苦しい現実から目を背けて強がって、ゆうたにはしばらく会えないな、別の人でも誘おうかなんて考える。
「ゆうた、お前は信じていたのになぁ」
だから私は、兄の失望の声に混じるかすかな危険な色に気付くことができなかった。
私も兄も、余裕がなかったんだね。




