ブルーハワイが広がるように
「かき氷はブルーハワイが一番美味しいわ」
姉の佳澄は、夏が来るたびに決まってこう言うのだ。
「姉貴、かき氷の味はどれも変わらんて」
私がこう言うと、彼女はまた得意げな顔で返す。
「ふふ。まだ君にはこの違いが分からないか」
子どもの私はなんだかコケにされた気がして、悔しいから食い下がる。
「なんでこんな食欲が奪われるような色の液体をかけるのさ」
「空とか海みたいでいいじゃない。この光る青がじわじわ広がっていくのが最高よ」
「……なにそれ」
私の呆れた顔を見て、彼女はまた、ふふと笑った。
佳澄は優しくて要領が良かったから、みんなに好かれていた。
通知表もほとんど5で友達も多く、年子の私は随分と早いうちに劣等感を抱いた。
だけども彼女の努力を見ていたからか、反感を持つようなことはなかった。
そんな彼女は高校3年生の夏、部屋に閉じ籠った。
稀に見る冷夏だったのを覚えている。
母が言うには、彼女は皆から期待される存在だったから、それがかえってプレッシャーとなり心を閉ざしてしまった、らしい。
しかし、きっともっと直視するに堪えないような、具体的な理由があったのだろうと何となく察知した。
私も繰り返し、その冷たい扉を叩いてみたが、ほとんど返答はなかった。
それから2年が経ち、また夏が来た。
私は大学生になり、佳澄はまだその部屋にいた。
「誠也、こっちや」
白い軽自動車に乗った母親が、窓を開けて私を呼んだ。
「せっかくだし、運転して帰る?」
私が車に乗ると、母はそう言った。
「初心者マークないからいいわ」
母はそっか、と言ってエンジンをかけた。
「試験会場混んでた?」
「そうでもないけど」
私は、バイト代と親に借りたお金で自動車の免許を取った。
特段、車に興味はなかったが、片田舎ではどこに行くにも車が必要なのだ。
帰る途中、100円ショップで若葉マークを買って、家に着いた。
それから私は、久し振りにあの冷たい扉の前に立った。
ここに立つと、少しだけ眩暈がしてしまう。
それでも拳を作って、コンコンと叩いた。
「姉貴、おるか」
返答はなかった。
「あのさ、俺免許取ったんだ」
何のリアクションもないが、それでも言葉を紡いだ。
「……でさ、岬の方にかき氷でも食いに行きたいんだけど」
また目が眩んだが、唾を飲んで続けた。
「1人で行くの怖いから付いてきてくれない?」
きっと気を遣われているのだと思うと、彼女は来ないだろうから、こんな言い方にした。
しかし、音はしない。扉も開かない。
やはりダメだったか、と思ったとき、ポケットに入れた携帯が鳴った。
『ちょっと待ってね』
佳澄からのメールだった。
『部屋で待ってて』
またポン、と文字が出た。
暫くしてリビングに行くと随分やせこけた佳澄がいた。
「あ、あの、準備、できた、から……」
「じゃあ行こっか。母さん車借りるよ!」
「早速事故らないでよ!」
2階にいた母親が言うと、佳澄はへへ、と苦笑いした。
くまも付き、容姿はすっかり変わってしまったが、昔の姉と完全に重なる笑顔だった。
また少しずつだけど、彼女の世界に、私の世界に色が着いていくのだと思う。
白い氷に、ブルーハワイが広がるように。




