「虎者物語」
今回は第一回目と言うことで説明回的な枠組みです。
この世界には無数の物語が存在する。最悪な終わりを迎える物、最高の終わりを迎える物。英雄による冒険譚、魔王による侵略録。
いずれの物語も登場人物達は必死に生きている。最悪に抗おうと、最高へと到ろうと。
「けど、結末が最初から決まっているなんて知ったら彼等はどう考えるのかしらね?」
様々な本が散らばる部屋の真ん中の椅子に腰かける白髪、白服の真っ白な少女。正確には少女と言える年齢ではないのだが…。
そして、少女は足元に散らばる一冊の本を手に取り、口にする。
「物語の登場人物がどんな行動をしようと結末が変わるわけがない。だって、どれだけ考えて行った行動も初めから決まっているものなのだもの。当然よね。」
そう言いながら手に取った本を開く。
「仮に貴方が悲劇の物語の登場人物だとしたら?貴方の行動全てが予め定められたもので結末はどうしようもない悲劇。ともう決まっていたら?」
彼女はページをめくっていく。
「それでも、貴方はその事に気がつく術はない。何せ、その事に気がつくなんて運命は無いのだからね。」
そして、彼女はとあるページで指を止める。真っ黒に塗りつぶされたそのページ以降、全てのページは同じように黒く染まっていた。
「けれど、もしも知ってしまったら?何かの間違いで気がついてしまったら?はたして気にせずに今まで通りの生活を続けることができる?」
…
…
…
僕は………。
「っと意地悪な質問をしたわね。」
ニヤニヤとしながら彼女は僕にそう言う。
「ほんとですよ!ちょっとドキッ!としましたよ!!!」
僕の名前はデウス・エクマーナ。物語の管理者、ストーリーリペアーの見習い、弟子だ。
目の前で意地悪く笑う少女はリテラ様。これでも、僕達からすれば神様のような存在だ。
ちなみに趣味は今みたいに他人を悩ませてニヤニヤすること。
「アハハハハ!ほんとデウスったらからかいがいがあるわぁ!」
机の上に置いてあるおまんじゅうを食べながらリテラ様は笑う。
「もう!ほんとにリテラ様は…。突然真面目な顔で何を言い出すのかと思えば…。」
こんな彼女ですが、その実体はストーリーリペアー。彼女、リテラ様の仕事は、物語を正しい結末へと導くことなのです。
っと言うのも、当然物語とは本来結末が決まっているもの、登場人物の行動から、運、状勢まで全て初めから決まっているものだ。物語のキャラクターが描かれた結末以外の結末へ進むなど本来あり得ない…。
しかし、極一部の物語で登場人物が自分が物語の登場人物である、と言うことを認識してしまうことがある。
当然、本来の筋書きにはそんな事は描かれていないのでそこから結末が変わってしまう。
さっきのリテラ様の質問、もしも自分が悲劇の物語の登場人物と知って今まで通りの生活を送れるか?
恐らく、必ず迫り来る絶望の未来を知って、それを受け入れていつも通り送れる方が珍しいだろう。
その事に気がついてしまったキャラクターの大半は本来の筋書きとは違う行動を起こしてしまう。
例えば、英雄の死によって世界が平和になり、幸せを向かえる、と言う物語。その結末を知って自暴自棄になった英雄が悪に寝返り辺りを血の海にしてしまい、英雄は生き残るが最悪な終わりを迎えてしまう…。
最悪の場合、主人公がそこで何もしない、行動を起こさなくなってしまって、続きが消える。物語が壊れてしまうことすらあり得るのだ。
そんな壊れてしまったり、変わってしまった物語、それを修正するのがストーリーリペアー、リテラ様の仕事だ。
そして、今日もまたリテラ様が手にしている真っ黒の本、結末が変わってしまった物語の修正が始まるのです。
…
…
…
「さーて、雑談はこの辺にしておいて、まあ大体察しがついてると思うけど、壊れた物語が発見されたわ」
「まぁ、黒くなった本持ってましたし想像は難しくないですね。」
「まあそれもそうね。」
微笑みながらリテラ様は言う。
「そして、今回壊れてしまった物語は『虎者冒険譚』。心の優しい若者と罪を償う虎の話よ」
「はい。」
「まあ、とりあえず壊れた『虎者冒険譚』の大まかなあらすじを話すわよ?」
リテラ様は手に持った本、壊れてしまった虎者冒険譚を口だして読み始める。
『虎者物語』
かつて、赤滝川と呼ばれる真っ赤な川があった。赤滝川の奥地には激流が打ち続ける滝があり、そこに、とある虎が現れました。虎は人間を嫌っていて、滝へ近づいてきた人々。迷いこんだ子供や修行にきた若者、果実を取りに来た老人。多くの人間を喰らい、殺してきた。その血が川に流れ、赤く染めていたのです。
川は血にまみれ、飲むことができなくなってしまいました。
水が使えなくなってしまった村人達は困り果てました。
そこで、とある若者が言いました。
「僕が虎を追い払い、綺麗な川を取り戻して見せましょう!」
村の人たちは次々に、お前じゃ無理だ。やめておけ。と若者に言いました。
しかし、若者は村人達の制止を振り切って、武器も持たずに、川の奥へと向かってしまいました。
滝へとたどり着き、滝の上に上るとそこには話の通りの恐ろしい虎がいました。
「やあ、虎さん!お話いいですか?」
村人は虎に話しかけました。
しかし、虎は
「駄目だ。人間と話すことなど何も無い」
そう言って襲いかかってきたのです。
しかし、若者は襲いかかってきた虎の攻撃を避けこそせよ、反撃することはしませんでした。
やがて、攻撃を避けることができなかった村人は顔を爪で引っ掛かれて大きな傷を負ってしまいます。
虎は
「ざまあみろ、これで終わりだ!」
そう言って鋭い爪を立てて、若者の身体を引き裂こうとしました。
しかし、虎は足を滑らせ滝から落ちてしまいそうになります。
虎は必死で崖に爪を引っ掻けました。
しかし、自力で上ることができません。
もう限界だと手を話してしまいそうになった時、若者が離れてしまった虎の手を掴みました。
「なにをしている!?」
虎がそう聞くと
「お前を救おうとしている」
若者はそう答えました。
「何を馬鹿なことを言っている。私はお前達の仲間を沢山殺した。助ける理由などないぞ」
虎がそう言いますが、若者は手を離しません。
「私を救えば、また私は人を喰らうぞ!」
虎がそう言いますが、それでも若者は手を離しません。
「すぐに手を離さないと、お前を道連れにするぞ」
虎がそう言いますが、若者は決して手を離しませんでした。
やがて、時間を掛けて若者は虎を無事、崖から引き上げることができました。
ずっと虎の手を握りしめていた若者の手は爪が突き刺さり、血に濡れてしまっていました。
「何故、そこまでして私を助けた?」
虎がそう聞きます。
すると若者は
「お前がまだ悪い虎なのか分からなかったから」
そう答えました。
それに対して虎は
「私は沢山の村人を食べたのだから悪に決まっている。」
そう返しましたが、若者は
「それなら、何か人間を食べる理由があるはずだ。」
そう答えました。
すると、虎は少し考えてから
「いいだろう、私が人を嫌う理由を話してやろう。」
そう言い、自分の過去を話し始めました。
話によると虎の故郷は、悪い人間達に滅ぼされてしまったそうです。悪い人間達は魔法を使って、仲間達を次々と焼いて、里を滅ぼし、去っていったのだと言う。
そうして、虎は人間達への復讐のため人間を食べ始めたのだと言う。
しかし、虎は
「だが、私がどれほど攻撃してもやり返しても来ず、私の命まで救ったお前を見て、いい人間もいると知って、それが間違いだったことに気づいた。」
そう、泣きながら言いました。
「私はもう人間を食べることは無い。」
そう虎は言いました。
若者は時々ここに来る。その時また話をしよう。
そう言い残し、村に去っていきました。
そシて虎ヲ助けタ裏切リものトして村人ニ食べラれマした!!めデたシ!メでタし!
…
…
…
「ひっ!」
「ふむ…」
「ここ…ですね…。」
「えぇ、間違いないでしょうね」
明らかに不自然な結末。間違いなくここから本来の筋書きと変わっている。
「今回は物語の破綻ね」
「そのようです。」
物語の破綻。
物語に気づいてしまった登場人物が、主役、または、それに準ずる重要人物や物を殺してしまったりすることで、ストーリーが破綻してしまい、先に進めなくなり物語が終わってしまうことだ。
今回の場合は主役の死によって、物語が先に進まなくなったことによる強制的な終わり、破綻である。
「この時点では若者さんが虎を助けた…なんて村人が分かるはずありませんからね…」
「うん、その通り!なかなか鋭くなって来たじゃない!」
リテラ様の弟子になってからしばらく立つが、未だにこの壊れた物語だけは慣れない…。
突如として不自然に始まる残酷な展開がどうしようもなく不気味に感じるのだ。
「つまり、知らないはずの事を知っている村人の誰かが語壊しの可能性が高いわね!」
「はい、僕も同意見です。」
語壊し(かたりごわし)、それこそが本題である物語に気がついてしまったキャラクターだ。
「さて、じゃあさっさと入って終わらせましょう!」
「分かりました!!」
リテラ様が本に手を翳す。
ストーリー リ テラーの仕事、物語の修正。そのやり方は、
「3ページ。座標固定。行くわよ!!」
僕達が物語に入り、元凶である語壊しが起こす行動を防ぐのだ!!
…
…
…
…
…
…
…
「何言ってんだ!!お前じゃ無理だよ!」
「やめとけ!命が勿体無いぞ!!」
「いえ、大丈夫です!絶対にやって見せます!!」
「あぁ!おい!」
どうやら無事に虎者物語の世界に入ることが出来たようだ。
「ふぅ…成功ね。」
すぐ後ろにリテラ様も現れる。
「ここはどうやら、主人公である若者さんの村見たいですね。」
「そうみたいね。あそこに若者いるし、赤い川もあるし」
リテラ様が言ったようにちょうど僕達の側で主人公である若者さんが虎の元へ向かっていった。
「あぁ…もう!アイツは…」
「もう知らんぞ!」
若者さんの説得を諦めたらしい村の人達が引き返してくる。
「…?ってあんたら見ない顔だな?」
そして、さっきまで若者さんを説得していた村人の一人が僕達に話しかけてくる。
「はい、旅をしていて。」
「そうか、この先の滝には近づかない方がいいぜ?おっかねえ人喰い虎がいるからな。特に、子供いるんだろ?目を離さないようにな」
「分かりましたぁー。」
「まぁ、ゆっくりしていくといい。」
そう言って村人達から離れる
「ちょっと!誰が子供よ!!」
「リテラ様!抑えて!抑えて!」
「ッ!まあいいわ!村人が虎を救って帰ってくるまで、物語の描写的に大体3~4時間としてその合間に語壊しが動くはずよ」
「はい、そして語壊しが何かをしでかす前に退治、僕達はすぐに去る。といういつもの修正ですね?」
「えぇ、そうよ。だいぶ慣れてきたわね」
フフフとリテラ様が笑う。そりゃ僕ももうリテラ様の弟子として物語の修正に立ち会うのも十数回目だ。少しは慣れてくる。
その中でも今回はトップクラスに楽な方だ。
まず、舞台が小さな村であること、更に語壊しの正体が村人であることも割れているのだ。
難しい時は丸々一国からなんの手かがりもない語壊しを探しださなくてはならない…なんて事もあった。しかも、思い出したくもない出来事満載だ。
「さてと、じゃあそろそろ語壊し探しと行くわよ?」
「はい、すぐに終わらせて帰りましょう。」
そう言って、リテラ様は辺りをキョロキョロと見回す。
「うーん。ぱっと見た感じで怪しそうな人は居ないわね」
「でも、現時点では村人達は若者さんが虎を救った事を知らない様子ですし、語壊しは何処かで確実に村人達にその事を伝えに現れるはずです。」
「えぇ、そこを叩きましょ。」
…
…
…
…
見張りを初めて数時間が立った頃だった。
「…!」
「!…」
「!!」
「?何か村人の様子が…?」
先程まで普通に町を歩いて居たはずの村人達が突如としてガクリと首を下げ始めたのだ。
「おーい!!」
「嘘!?若者!?」
更に、若者さんまで帰ってきてしまう。
「皆!もう虎が人間を襲うことはないぞ!!川もいずれ元に…」
「裏切リ物がァ!!!」
若者さんを目にした彼等は突然そう叫び、彼に襲いかかった。
明らかに様子がおかしい!!
「デウス!!!」
「分かっています!!」
僕はコートから銃を手にして、若者さんに襲いかかった村人に狙いを定める。
「ッ!」
そして、引き金を引く。
しかし、銃口から放たれた弾丸は村人を撃ち抜くことはなく無数の糸に枝分かれし、村人に絡み付く。
機械仕掛けの神銃。今までに修正した物語の力を宿した銃弾、僕の唯一の力だ。
その中で、僕は最近修正したとある蜘蛛の物語を宿らせる。
「まだ来るわよ!!」
「分かってます!!!」
僕は若者さんの前にたち、次々と襲いかかってくる村人を無力化していく。
「君たちは!?」
「神様とでも思ってて!!」
「リテラ様!若者さんを!!!」
「分かってるわ!!!」
「ちょ!ちょっと!?いったい何が!?」
「いいから来て!!!」
リテラ様は若者さんを連れて滝の方へ走っていく。
その合間に僕は村人の無力化、そして語壊し探しだ。
それにしても、いったいどう言うことだろう。誰も村人に何かした様子はなかった、事実を知ってしまったように見える人物も見当たらなかった。
なんの前触れも無く村人達が凶暴化し始めたのだ。
当初、僕達は語壊しが知ってしまった事実を村人に共有して、物語を破綻させたものと考えていたのだが…。
そこでふと思い出す。
先程、リテラ様に読み聞かせてもらったストーリー、その中に虎の故郷を滅ぼした悪い人間、その人間が魔法を使ったと言う一文があった。
つまり、この世界には魔法、超常的な力が存在しているのだ。
ならば、精神に異常を与えるような魔法が存在して、それを遠隔で使われる。つまり、語壊しが今の一瞬で村人を操り、若者さんを殺させた可能性もあるのだ。
虎を助けた裏切り者として村人に殺された。この文章ならば、若者さんを裏切り者だと知った誰かが、村人を操り殺させた。でも裏切り者として村人に殺された事になる。
そうなると犯人が村人と言う可能性が無くなる。当然だ、もし、村人が魔法を使えるのなら、はなからその人が虎を倒して物語が終わってしまう。
虎が魔法など効かないくらい強い可能性も無くはないが、生身の若者でも対処できた虎がそこまで強いとはあまり考えられない。
しかし、現時点までの登場人物は被害者である若者さん、若者さんと話していた虎、そして村人だ。
若者さんは被害者なので除外、村人も無いだろう。虎も魔法が使えるから、その魔法で若者さんなんてとっとと倒してしまえるはずだ。
つまり、まだ登場していなかった登場人物が犯人の可能性が出てきてしまうのだ。
「裏ギッ!!」
「ふぅ…。」
最後の村人の拘束が終わる
「裏ギリ…」
「虎、虎、虎!!」
「殺…」
「…」
しかし、村人の様子はおかしくなったままだ。
本当に洗脳されているかどうかはリテラ様じゃないと分からないので、少し可哀想ではあるけど、村人達は一度放置。
一応全ての民家を調べ終え、怪しい人物が居なかったのを確認すると、僕は一度目を閉じた。
…
…
…
「ちょ!ちょっと!何処へ行く気ですか!?」
「とにかく逃げるの!!!」
私は突如凶暴化した村人達を弟子であるデウスに任せ、若者を連れて何処かへ逃げる。
あの子には神銃があるからすぐに片付けて追いかけてくると思うけど…。
「ねえ!?村の人達はなんであんな風に!?」
大袈裟とも言えるほど取り乱しながら若者が聞いてくる。
「知らないわよ。でも、あのまま村に居たら貴方、殺されてたわよ?」
「殺…!?」
「む、村の皆がそんなことするわけ無いだろう!!!!冗談でも言っていいことと悪いことが…」
「へぇ…じゃあ引き返す?」
「裏切り者って目を血走らせて突っ込んできた皆が居る村に戻るの?」
「ひっ!」
私は立ち止まって若者を睨み付ける。
「…行くわよ。」
「……」
次は無言でついてきた。全く、度胸無しね。
「…一体君は何者なんですか?」
若者がそう聞く。
「神様…みたいなものだと思っておきなさい。」
…
…
…
考えろ…今、自分が何をするべきか…。
若者さんはリテラ様が守っている…なら、この物語の主人公が殺されて物語が破綻する心配は無い…。
…いや。待てよ?この物語の主人公は一人じゃないのでは?
確か、この物語のタイトルは『虎者物語』。者が若者さんのことだとするなら、虎は勿論人喰いの虎のことだろう。
今回の語壊しは主役を殺害することで物語を破綻させることが目的だ。
それならば…
「まずい!!」
若者さんの殺害に失敗した犯人がどこへ行くか…そんなものは一つしかない。
僕は川に沿って走り始めた。
…
…
…
ここまで来れば大丈夫でしょう。
そう考え、私は村から離れた洞窟で足を止める。
「しばらくここでじっとしていなさい。」
「しばらく…って一体いつまで…」
「しばらくはしばらくよ。ほとぼりが覚めるまでここに隠れるわよ。」
今回、私は若者の護衛で手が放せない。必然的にあのこ一人で語壊しを探し出さなきゃいけないわけになるのだけど…。
語壊しは大まかに二パターン存在しているのだ。
一つ目はなんの力も持っていない場合
例えば、お姫様が王子さまと結ばれて幸せになりました、という物語で王子に対して姫の悪い噂を流して結婚をやめさせることによって、物語を破綻させる。等陰湿な手口を使うがあくまで力はないので見つけ出せば対処できるタイプ。
二つ目は謎の力を持っている場合
物語の結末を知ってしまったのが、バトル物のキャラクターだったり、結末を知ったことで学ぶ等して力を得たパターンだ。
この場合は大抵その力で主役なんかを殺害する直接的な方法で来る。
そして勿論二つ目ならば、大抵、語壊しによる抵抗がある。
今回はほぼ確実に二つ目の力を持っている場合だ。恐らく語壊しとの戦闘になるだろう。
あのこ、大丈夫かしら…
無論、私の部下というだけあって、あのこはそこらの人物とは比べ物にならないほど強い。しかし、時に語壊しは凄まじい強さを発揮する場合もある。
大丈夫だといいのだ…
…
…
…
…
…
…
若者さんの殺害に失敗した犯人が次に狙うとすれば、間違いなく虎だ。
恐らく、この物語の主人公は若者さんと虎。
若者さんが殺せないのなら虎を殺しに来るはずだ!
虎の居場所は赤い川、赤滝川の奥にある滝であることは先程リテラ様に読み聞かせてもらった本からの知識で分かっている。
僕は全力で川に沿って走り続けた。
息も絶え絶えにそれらしい滝を見つけた僕は一目散に滝の上まで駆け上がろうとする。
しかし、その道中
「若者さん…?」
若者さんが立っていた。
なるほど、リテラ様も同じ考えに至り、虎の保護に来たということだろう。
「!やぁ、君は確かあの女の子と一緒に村で僕を救ってくれた人だよね?」
若者さんもこちらに気がついたらしく、話しかけてくる。
「はい。リテラ様、女の子に聞いたと思うんですが、実は貴方と虎さんに危機が…」
ガキンっと金属同士がぶつかる音が辺りに響く。
若者さんが唐突に僕に剣を振るったのだ。
咄嗟にコートから銃を取り出し、銃身で刃を受け止めることが出来たが。
「どういうつもりですか…?」
「中々の反応速度。武術の心得でも?」
「生憎、単なる才能ですよ。」
僕は後ろに下がった若者さん…語壊しに銃を放った。
勿論一筋縄でいくわけもなく、魔法の壁によって阻まれたが
「リテラ様はどうしたんです…?」
「殺したさ、僕が」
「何故、自分を殺してまで物語を壊そうとするんですか…」
「おいおい、自分のお仲間が殺されたっていうのに動揺一つなしって…」
「質問に答えてください。」
落ち着いて僕はいい放つ。
するとはぁっとため息を付いた後
「何故だと思う?」
語壊しはそう返すと、僕の回りに黒いオーラに満ちた糸のような物が現れ始める。
如何にもな操り糸だ。恐らくこの魔法で村人を操って自分を殺させたのだろう。
左から、右から、上から、下から。様々な方向から僕を掠め取ろうと飛んでくる糸を避けていく。
「僕は生まれた頃から僕の人生の結末を知っていた。」
糸を操る語壊しの手を狙って銃を放つが、その瞬間糸は消え、鉄の壁のようなものが語壊しの手を守る。
「人喰いの虎と仲良くなって」
手を守っていた長方形の鉄の壁は二十数個に分裂し、奴の全身を守るように覆った後に回転し始める。
警戒した僕は一歩、後ろに下がった。
「一緒に冒険して」
すると、鉄の壁の一部が弾丸のように飛んでくる。
魔法により空気抵抗を受けていないのだろう。まるで紙のような速度で飛んでくる壁を避け続ける。
「最後は虎の故郷を滅ぼした悪者が村に攻めてくるんだ」
二十数枚の壁全てを避けきったその時、気がついてしまった。
今まで避けた壁が僕の回りを回るように浮いているのだ。
しかしそれは、語壊しの回りを飛んでいた時のように僕を守る為では無い。殺すためだ。
「でもね、最後に虎は死んじゃうんだ。」
回りの壁が寸分狂わず一斉に飛んでくる。
すぐに僕は地面に銃口を向け、引き金を引く。
放つのは硝子で出来たお姫様の物語。
銃弾の当たった地面から、中に僕を入れ、守るように硝子の球が生成される。
ガシャンと音を立てて硝子が割れるが、壁は僕を押し潰すこと無く、魔法の効力が途切れて消滅する。
「何で死んじゃったと思う?」
すると、一度攻撃が止んだ。辺りに散らばる硝子に、すっかり暗くなった空から注ぐ月の明かりが反射して黄色く光り、どこか幻想的な空間が演出される。
僕も攻撃を一度止める。
「…」
「僕のせいだったんだ。」
「冒険を終えて、村の皆に許してもらおうと、謝ってみようと、僕と一緒に村に戻った虎を皆は僕を襲っていると勘違いして…」
「認めたくない。まだ会ってもいない知りもしない未来の友達、それが死んでしまうってことが最初から分かっているんだ。」
「なら、虎が僕に会う元々の原因、人を殺す理由を潰そうとして、魔法を学んだ。」
「魔法で虎の故郷が燃やされる前に何とかしようと思った。」
「でも勝てなかった。」
悔しそうに語壊しが言う。
「僕は結局、命からがら逃げ出して、知っていた人生通り、虎の故郷は燃やされた。」
「いっそのこと、虎に会わないようにしようとも思った。けれど、それじゃあ結局虎は救われない。僕に会わなければ一生復讐心を抱いて苦しむだけだ。」
「それにね、多少僕が物語と違う行動をしても結果は変わらないんだ。」
修正力、ストーリーをあるべき方向に進めるための力だ。
例えば、語壊しが先程言ったみたいに虎に会わないよう、今日家にずっといたとしても、次の日かまた次の日か、何処かで必ず行かなければならない状況になるだろう。
虎の故郷を滅ぼした悪人に勝てなかった。と言うのも本来の流れを曲げまいとした修正力の流れの可能性が高いだろう。
「だから、決定的な破綻に追い込もうと思った。」
「この世界は僕の人生だ。それならば、僕が死ねば…少なくとも何かが変わる。」
「虎が生き残ってくれるかもしれないんだ。」
「だから、それを邪魔するお前らは…」
「ッ!!」
油断した…!!足元から大量の糸が現れる。避けきれない…!!!
足元から現れた糸が体に絡み付く…
直前、その場で糸が消滅する。 まるで最初からなかったとでも言うように。
「なっ!」
「ふぅ…」
危ないところだった、自分がまだまだ半人前であることを実感する。
「どうも、語壊し?改めて名乗らせてもらうわ。ストーリーリテラー、リテラよ」
「馬鹿な!?お前は確かに僕が殺したはず…!!」
「書き直したのよ。正しい結末に」
これこそがリテラ様の力。
修正だ。
狂った物語を本来あるべき道筋に近づける能力。
例えば、リテラ様がここで死ぬと言うのは本来あり得ないことだ。リテラ様はこの世界の住民じゃないのだから。
語壊し、若者さんが魔法を使うのは未来を知って練習したから。本来あり得ないことだ。
こうした本来の物語からずれた要素、事象を書き換え、正すことが出来る。
それが死であろうと、天罰だろうと、誤った物語なら書き換え、無かったことに出来る、まさに神のごとき力だ。
最も発動条件はかなりシビアらしく、全知全能とまではいかないようだが。
「デウス!!」
「はい!」
そして、後は僕の仕事だ。魔法が使えるという前提を修正されてしまった語壊しに銃を構える。
「くっ…くそ!なんで!なんで魔法が…!!」
「終わりです。」
そして、引き金を引く。
物語は装填していない、正真正銘の実弾が語壊しの胸を貫いた。
「っガァ…」
「…」
物語の修正の最終段階、それは語壊しの殺害だ。
正確にはただ殺す訳ではない。『外部』の人間による殺害だ。
物語の中の人物に殺されれば『○○に✕✕は殺されてしまった。』っという物語の結末になるだけ、破綻した物語が出来るだけだ。
しかし、物語の外の人間が殺すことによって、存在しないはずの人間が殺すことによって、いわばバグのような物、ゲームで例えれば前者ならば改造されたエンディングにたどり着けるが、後者はフリーズ、エラーを起こしてしまうのだ。
すると修正力はフルパワーで物語の修正を行う。その際、狂ってしまった箇所、その原因まで時間を巻き戻し、修正される。
そうすることで、物語の修正が完了するのだ。
「ねぇ…なんでだよ…なんでだよ…」
胸から止めとなく血を流し続けながら語壊しは問いかける。
「嫌な結末を変えたい…それが悪いことだっていうのか…?」
「そうよ。」
語壊しの問いにリテラ様は答える。
「友を救いたい。その願いが悪いことだっていうのか…?」
「そうよ。」
尚も語壊しは問い続ける。
「僕たちは…俺たちは…予めしかれたレールの上を歩き続けることが正解だっていうのか!?」
「…。」
これにはリテラ様は答えない、答えられない。
「なぁ?何で、何で、救われない結末を知っていて俺達は…」
「…救われないのは貴方だけよ。」
「はぁ!?何を言ってる!!!殺された虎が一番の…」
「彼が死んだ時、どう考えていたか知ってる?」
「そ、そんなの、辛かったに決まって…」
「彼はね、死んだ時、これで良かった。そう、考えていたのよ。」
「…ッ!」
そうして、リテラ様は話始めた。本当の「虎者物語」の結末を…。
村人は虎が若者を襲っている。そう勘違いして、虎を矢で射てしまいました。
戦いの後で満身創痍だった虎は矢に射たれたことで、力尽き、その場に横たわってしまいました。
何故、どうして、そう横たわる相棒の前で泣き続けました。
しかし、虎は自分の相棒にこう言ったのです。
「私はたくさんの人々を殺した、それはその報いだ。」
若者はそう口にする虎に対して
「そんなことはない。仕方がなかったんだ。」
そう言います。けれど虎は
「それでも私が殺した人間にも家族が居る、仲間がいる。私がやってしまったことはあの悪人達と同じなのだ。」
「きっとこのまま生きていても、私はずっとその苦しみを背追い続けていた。」
「今ようやく、それから解放されるのだ。ようやく裁かれるのだ。」
「お前は悪人を倒した英雄になって幸せに暮らして欲しい…。そしてまた何時か生まれ変わって…」
そう言い残して虎は息を引き取りました。若者は、何時までも何時までも泣き続けました。
「そ、そんな…」
「少なくとも、虎は自身の死を嘆いてもいないし、何より貴方に幸せになって貰いたかったのよ…」
「俺は…俺はぁ…。」
「未来を知ってしまった、それがどんなに辛いか、よく分かります。」
「貴方もまたこの事件の被害者なのですよ」
「安心して眠りなさい。目が覚めれば、全てが終わって、そして全てが始まるわ。」
辺りが光りに包まれる。修正が始まる…
…
…
…
…
…
…
「おわっ!」
「っ!」
元の本だらけの部屋に戻ってくる。物語の修正が完了したのだ。
「はぁ…疲れたわね…」
「若者さん…生まれ変わった虎に会えましたかね…。」
「さあね、それは読み手次第よ。この物語はここで終わりなのだもの。あの世界の続きは誰にも分からない、もしくは読者の数だけ存在するのだからね。」
「そうですね…」
「さあ、お腹が空いたわ。デウス?何か頼める。」
「あぁ!はい!分かりました!!」
僕は急いで台所に駆ける。
虎者物語には続編がない。あの続きには決められた物語ではなく、あの世界の住民の人生があるのだ。
それでも、虎の願いが果たされるよう、僕は願いたい…
次回「魔法少女 マジックドリーマー」