第5話
「自信か」
真人が言った。
わたしの話を聞いて、彼は少し考え込んでいたようだった。
何だか少し辛そうな感じの表情だった。
「彼だからこそ掴んだ自信だね」
「真人さん」
「そうだな」
真人は目を伏せて続けた。
「自分のために生きず、他人のために生きるということは、結局は逃げだと思うんだよ」
「逃げ…ですか?」
「そう。彼はそのことに気付いていないようだね。他人のために生きるということは本当は脆いんだよ。とてもね」
「そうなんですか?」
真人は顔を上げるとわたしをじっと見詰めた。
思わずどきっとした。顔までほてってくる。
それに気付いたのかどうなのかわからないけれど、彼はそのまま続けた。
「大好きな人がいたら、その人のために強く生きようと思う。それは確かに素晴らしいことだ。だけどね、もしその好きな人が死んでしまったら?」
「…………」
「好きで好きでたまらなくて、その人しか見えてなくて、その人なしでは生きていけないほどに愛している、そんな相手が死んでしまったら、立ち直れなくなるんじゃないかな、きっと。最悪、後追い自殺なんかしてしまったり、とかね」
「後追い」
そうだ。確かにそう。
よく芸能人で自殺しちゃった人の熱狂的なファンが、そんなことになったということは今までにあった。
わたしはそういう気持ちになれるほど芸能人に入れ込んだことないから、そういう人たちの気持ちなんて全然わかんなかったけど。
でも、それだけじゃない。
わたしはだいたいにおいて冷めた目で他人を見てるとこがある。
大好きではあるけれど、それほどのめりこまないというか───そんな感じ。
きっと、わたしって冷たい人間なのかもしれない。
でも、人には嫌われたくない。
何だか矛盾してる。
だからこそ、亜矢のあの熱意が羨ましくもあり、そしてうざったいと思うときもあったんだ。
「じゃあ、真人さんは、ゲクトもそんな感じで他人のために自滅しちゃうこともあるって思っているんですか?」
「いや」
「え、じゃあ、なんで?」
「彼は違うよ。他人のために生きているけれど、自分のためにもちゃんと生きている」
「…………」
わたしは首を傾げた。
それを見た真人がふっと笑った。
それを見たら、なんだか急に彼を抱き締めたくなった。
「わからないって顔してるね。彼はね、他人のために頑張ろうという気持ちをうまく自分の自信に変換しているんだよ」
「変換、ですか?」
「そうだよ。他人のために生きる───その人を守ってあげよう、笑わせて楽しませてあげよう、だから大好きな人のために頑張ろう、強くなろうという気持ちは本当にその人を強くするよ、それは間違いないことだ。けれど、中にはそのことだけにがむしゃらになってしまう人もいる。それが危険なことなんだよ。俗に言う依存ってやつだね」
「依存……」
ああ、そうか。
それならばわたしにもわかる。
何かに依存しないとちゃんと立てれない人。
明らかに自分にとって不利益なのに「これがないと生きていけない」という人。
そうだよね。
それって本当に強くなったとは言えないよね。
「でも、依存も場合によってはいい方向に向かうこともあるんだよ」
真人は言う。
「失って生きることができず、自分までなくしてしまうのではなくて、この人のために自分は生きているんだ、この人のために自分は頑張れるんだと強く強く自らに念じて、その人にふさわしい自分をイメージする。そうするとね、不思議といつのまにか一人でちゃんと立てるようになるんだ」
「イメージする、自分はふさわしいと」
「そうだよ。幸せな自分、強い自分───自分が理想とする自分をイメージするんだ。確かにそれは最初はただの幻想だ、真実の自分じゃない。けれど、必ずそれは本物に変わる、必ずね。そういう形の依存というのは人を成長させるよ」
「…………」
幸せな自分。
強い自分。
それをイメージする。
ああ、ゲクトも似たようなこと言ってたな。
ウジウジ悩んでる暇があったら、まず動く。
自分は何でもできるんだ、自分は幸せになるんだって強く強くイメージして、それに向かってまっすぐ走っていく。
不思議だ。
真人の言葉を聞いていると、なんだかゲクトの言葉を聞いているみたい。
でも、こう、なんというか畳み込むように言葉を繰り出すゲクトとは違って、真人は包み込むようにやんわりと諭してくれてるって感じ。
言ってることは同じようなことなんだよね、この二人って。
ただ、何となく印象が違うってだけで。
ガンガンに攻めていくゲクトに、癒し系の真人。
わたしはどっちのタイプが好きなんだろう。
「君は自分をしっかりと持ってる人だ、君は大丈夫だよ」
「…………」
大丈夫?
わたしが?
なんでそんなこと言うの?
じゃあ何?
亜矢は大丈夫じゃないの?
亜矢はどう見たってあたしより強いじゃないの。
わたしなんかそんなに強くないよ。
なんでそんなこと言うのよ。
全然わたしのことわかってないよ。
ちっともわたしのことわかってない!
その言葉を聞いたとき、わたしの心に悪魔が舞い戻ってきた。
「わたしを抱いて」
「貴世子さん……」
わたしはガマンできなかった。
この人を自分のものにしたいと。
亜矢は好き。
好きだけど、憎い。
どうして亜矢なの?
わたしだって自分を理解して慈しんで包み込んでくれる人がほしかった。
なのに、なんでわたしにはそういう人が現れないの?
いつもいつも悔しかった。
でも、それを認めちゃだめだって、そう自分に言い聞かせてきたよ。
認めたら負けだって。
「抱いて」
諦めるなんてできないよ。
今のわたしは、どうしても彼が欲しい。
どんなことをしてもこの人を自分のものに───
「お願い、わたしを抱いて」
わたしはやっぱり悪魔かもしれない。
このとき、自分のことしか考えてなかった。
それがどんなことになるかって。