第2話
「どうしたの?」
「亜矢のことで相談したいことがあって…」
「そうなんだ」
彼はまったく疑いを持ってないようだった。
それ見て「なんだかなー」とは思った。
何でもお見通しっていうの、亜矢だけにしか発揮されないんだなって。
そりゃ当たり前だろうね。
真人が好きなのは亜矢なんだから。
「真人さんは亜矢のこと好き、だよね?」
若い恋人たちがよく来るという洒落たレストラン。
真人がよく亜矢と来るという。
ビルの最上階から見える街のイルミネーションは絶景だ。
亜矢はいつもこんなとこで彼と食事してるのね。
「そうだね。好きだよ」
「…………」
一瞬、なにか違和感を感じた。「そうだね」という言葉に。
彼の喋り方は初めて聞いた時から独特だなあと思っていたけれど、こうやって聞いてると、なんというか主体性が感じられない。
でも、やっぱり「好きだよ」という言葉を聞くと胸の奥がチクッと痛む。
「いいなあ」
「貴世子さん?」
わたしは疑問を口にした。
ずっと抱いていた疑問を。
「亜矢に聞いたけど、初めて貴方が亜矢に出会ったとき、泣けばいいって言ったそうね。なんでそんなこと彼女に言ったの?」
「え?」
「あの時、亜矢が失恋してたってこと貴方知ってた?」
「………」
わたしは持っていたフォークとナイフを皿に置いた。
ガシャンという音が響く。
「わたしは信じない。亜矢は貴方のその一言で貴方を好きになったらしいけれど、人の心がわかるなんて、わたしは信じない。亜矢みたいな子が貴方のような人を好きになるなんて……教えて、貴方は知ってたんでしょ? 亜矢がどういう心の状態だったか。誰かに聞いたの? そんな卑怯な手を使っても彼女がほしかったの? そんなに彼女がいい? わたしなんかより?」
「貴世……」
馬鹿だ、わたし。
真人がびっくりした顔してる。
わたしがこんなこと言うとは思わなかったんだろう。
だってわたしはいつも何も言わない女。
それに、「わたしなんかより?」って───わたしほんとに馬鹿だ。
わたしは亜矢の合コンには出てない。
真人が亜矢とわたしを比べることなんてできない。
わたしはそこにいなかったんだから。
わたし、支離滅裂なこと喋ってる。
だめだよね。
やりなれないことすると、ボロが出る証明だよ。
まくしたてながら、わたしは穴があったら入りたい気持ちになっていた。
でも───
「貴世子さん、君、もしかして僕のことが好きなの?」
「!」
静かな声で彼がそう言った。
どうして?
どうして彼にそれがわかったの?
わたしの心まで彼にはわかると?
わたしはわかってなかった。
世の中にはそういう察することのできる人がいるってことに。
そして、彼はそういう人だった。
だから、亜矢の心もわたしの心も、この人にはわかってしまうんだって。
「僕にどうしてほしいの?」
「どうって……」
困った。
こんなことになるなんて思ってなかったから。
自分の想いをうまく言えない女が、悪女を気取って友達の彼氏を取ろうなんて───そんなこと考えるんじゃなかった。
「……………」
わたしは困ってしまってうつむいたまま黙り込んだ。
真人の顔なんて見れないよ。
きっと呆れられてる。
「出ようか」
「え?」
わたしは顔を上げた。
眼鏡の奥の彼の目は、相変わらず細くて、彼が今何を考えているのかわからなかった。
そうこうしているうちに、彼は立ち上がると、さっさとレジのほうに歩いていってしまった。
「あっ、待って……」
わたしは慌ててバッグとコートを取ると彼の後を追いかけた。
なんなのよ、なんなのよー。
わけわかんないー。
そりゃ、わたしもこの人と知り合ってから間もないし、どんな性格なのかって把握してるわけじゃないけれど、今まで接してきた男たちとまったく違うよ……って、言っても、わたしもそんなに男性経験あるわけじゃないけどね。
せいぜい高校の時に一回付き合った経験があるくらいだもん。
でもー、会社の先輩とか同僚、上司なんか見てても、真人のよーな人っていなかった。
やっぱこの人って変わってるのかなー。
などと、わたしはこの短い間に頭の中でぐるぐると考えていた。
とにかく、すでに主導権は彼に移ってしまっていたから。
わたしはもうただついていくだけだったから。
外は少し肌寒かった。
けれど三月にしては思いのほか暖かくて、もうそこまで春が来てるんだなあと思った。
わたしは前を歩く真人の背中を見つめながら、さっきまでの絶望感がだんだんと薄れていくのを感じていた。
それはたぶん、自分で言わなくちゃならなかったわたしの気持ちというのを言わずにすんだから。
というか、彼のほうが察してくれたからというのが一番の理由だと思う。
わたしのように自分の想いを伝えることのできない女は、いつでも相手次第、相手が自分の気持ちに気付いてほしいと願っているものなのよね。
それは、あの亜矢でさえもそう。
すぐ自分の気持ちを伝えてしまう彼女でさえも、どうしても話せないことがあるはずだから。
そんなときに「わかるよ」と言われたら、これこそ運命の人って思ってしまうのも無理ないと思う。
強い亜矢でさえもそうなんだ───でも、それとも、もしかして亜矢も本当は強くないのかも?
わたしは、そんなふうに物思いにふけっていたから、自分たちがどこに向かっているかなんて気を付けてなかった。
はっと気付いたときはもうそこまできていたのだ。
「二人きりになろうか?」
「へ?」
わたしはきっと間抜けな顔してたと思う。
真人の目が一層細くなって、今にも笑い出しそうだったから。
けど、わたしは今自分たちが立っている場所に気付いたとたん、真っ赤になってしまった。
だってそこは───ラブホテルの前だったから。