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好きな人に逢いたい  作者: 谷兼天慈
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第11話

 ということで、わたしたちは向かい合っていた。

 うららかな春の夕方。

 空には朧月夜がかかっていて、わたしと彼女を優しく見守っている。

 生ぬるい風がさあっと吹いてきて、わたしたちを心配そうに見つめている真人のサラっとした髪を揺らしていた。

「えっと、ごめん、亜矢」

 とりあえず、一番悪いわたしが謝るべきだろう。

 ってことで、頭を下げてそう言った。

「貴世子、顔上げて」

「うん」

 普段と変わりない亜矢の声。

 わたしは顔を上げた。

 そのとたん。

───バシッ!

 わたしの頬に亜矢の平手が炸裂した。

 真人がされたと同じように。

 わたしはびっくりしたけど、瞬間、ほっと安堵のため息をついた。

 うん、これでいい、これでいいんだ。

「もう、これでおしまい。じゃあ、今度は貴世子がぶって」

「へ?」

「やあねー。いろいろあたしに対して不満とかあったんでしょ?」

「え、いや、あのぉ、そう言われても」

「遠慮はいらないよ。さあ、ぶって」

「いや、その、だからって、はい、そうですかって言ってぶてないよ」

 まったく、かんべんしてよ~。

 そういうとこがヤなんだよ。

 でも、わたしはもう黙っちゃいないよ。

 言うからね。

「あのね、亜矢。確かに、今までの付き合いで、いろいろ亜矢の言ったことやしたことで傷ついたことってあるよ。けどね、思うに、わたしが何も言わなかったっていうのは、たぶん、亜矢がちゃんとその都度反省してたからだと思うのね。まあ、その時、ビシッと言わなかったわたしもわたしなんだけど、けど、よくよく考えてみたら、ガマンできるほどのことでしかなかったと思うのよ。だから、気にしないで。ましてやぶつなんてー。わたしはしないよ。頼まれてもしないからね」

「え~でも~」

「もう、いいの。なんだかな~、わたしが一番悪いっていうのに、なんか亜矢のこと苛めてるよーじゃん。もういいよ、やめようよ。ね?」

「貴世子がそう言うなら。でも、ほんとごめんね。だって、貴世子も真人のこと好きなんでしょ?」

「まあ、うん、そうだけど、でもしょーがないじゃん。真人さんが好きなのは亜矢なんだから。わたしのことは気にしないでよ。というか、わたしのほうが気にしちゃうよ、だから、もうやめよ」

「うん、わかった」

 わたしは、それから真人を振り返り。

「真人さん、本当にごめんね。わたしがあんなこと言わなければこんなややこしいことにもならなかったのに」

「ああ、いや、君は悪くないよ。悪いのは僕なんだから。本当にごめんね。僕こそ、君たちに殴られてもしかたないよね」

 しょんぼりとした表情の真人。

 わたしは思わず駆け寄って彼を抱きしめてあげたいと思った。

 けど、ぐっとガマンした。

 それをしてあげるのは亜矢だ。

 わたしではダメなんだよ。

 ほんと恋愛ってなかなかうまくいかないよねえ。

 だけど、わたしは好きで好きでたまらない気持ちを持っていても、どこか妙に冷めてるとこがあると思うよ、やっぱり。

 こんなとき、人は「そんなに好きなら奪えばいい」って言うだろうし、わたしも途中まではそう思っていた。

 だから、今のわたしの気持ちって「本物じゃない」って言われてもしかたないと思う。

 実際、わたし自身、どうも自信がないんだ。

 わたしの彼に対する気持ちって、何にも換えがたいほどのものなんだろうかって。

 熱く熱く心が燃えるほどの恋。

 何かに夢中になるような気持ち。

 貫くほどの想い。

 何もかもがぱあっと生まれ変わるような気持ちになれる対象。

 わたしにはそういうものが今まであっただろうか。

「真人」

「亜矢」

 亜矢が真人をぎゅっと抱きしめた。

 きゅんと胸の奥が疼く。

 けれど、もうそれはくすぐったいようなそんなもので。

 嫉妬の炎を燃やすほどじゃなくて。

 ああ、終わったんだ。

 わたしの恋が終わったんだと、そう告げている。

「ごめんね、真人。ほんとごめんね」

「違うよ、僕が悪いんだよ。君の気持ちも考えずに」

 亜矢に惹かれたのは、その情熱なんだと思う。

 好きになったら猪突猛進。

 何が何でも好きを貫く。

 彼女はいったん好きになると他が何も見えなくなる。

 亜矢はけっこうかわいいので、時たま、言い寄ってくる男の一人や二人はいるんだけど、そのたびに振っていた。

 中にはいい線いってた男もいたのにね。

 けど、彼女は「好きでいてもらうより、好きでいたい」という人間だった。

 心全体、身体全体で好きな人にぶつかっていく、そんな亜矢だった。

 わたしはそんな亜矢が羨ましくて、時に妬ましく思い、けれど、それでも好きなんだよね。

「…………」

 わたしは、亜矢に抱きしめられて安らかな表情を浮かべている真人を見つめた。

 この人は───真人は、あたしに似ているのかもしれない。

 いや、間違いなく似てるんだ。

 だからこそ、亜矢に惹かれた。

 わたしも、いつか真人のように、自分にとってなくてはならない存在が見つかるだろうか。

 見つかってほしいと思う、切実に。

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