第1話
キスをして
一緒に眠って
お願い、わたしの傍に
いつまでも一緒に───
そんな熱い気持ち知らない
わたしはそんな熱い女じゃない
なのに───
貴方に出逢ったのはあの時のこと。
彼女が彼氏である貴方を連れてきた。
わたしは一目惚れ。
そんなにかっこいいってわけじゃなかったと思う。
背は確かに高くていい感じではあったけど、ひょろひょろっとしててまるで柳みたいだなあっていう印象を持った。
銀縁の眼鏡をかけてて、レンズの向こうの目は細くて。
「ね~ちょっと見てよ、貴世子、この人の目」
曖昧な笑顔を見せている貴方のことを嫌そうな表情で見やってから、亜矢は言った。
細すぎなのよ───そう言う亜矢。
うん、そう。
彼女は昔からそうだった。
目がくりくりっとした大きな目で、スポーツマンタイプの男の子が好きだった。
だから、亜矢が彼を紹介してくれたとき、ちょっとびっくりしたんだ。
えー、全然タイプの人じゃないじゃんって。
どっちかっていうと───
「貴世子は好きでしょ、こーゆー目の細い男」
(う……)
はい、そうです。確かに。
わたしって暗いのかなあ。
なんでか神経質そうなタイプの男の子に惹かれる。
およそ健康的とはいえないっていう人。
もちろん眼鏡はかけてて(しかも、銀縁。黒縁なんて言語道断)筋肉質じゃなく貧弱そうな体躯、線が細そうでちょっと狂気をはらんだ危ない感じ───こんなふうに並べると、やっぱりわたしって変わってるかもと自分でも思う。
でも好きなんだもん、そういう人が。
もっとも、この人がそうなのかどうかは、その時はわかんなかった。
「…………」
でもわたしは妙に彼に惹かれたことは間違いない。
そして、まさか彼と寝ちゃうときがくるなんてね───
「不思議だって思ってるでしょ…」
「え? 何?」
「なんであたしが真人みたいな人と付き合ってるか、よ」
「ああ…そりゃ…」
映画を見に行こうとしてたわたしたち三人。
上映まで時間があるからと喫茶店に入ったんだけど、そこで彼───真人っていうんだけど───がトイレに立ったときに亜矢がそう言った。
「ナンパしてきたのよ」
「ええ? 彼が?」
「ね~あんたもそう思うでしょ。あいつ、絶対そんなことしそーにないタイプじゃん?」
「う…ん、そう思う……」
驚いた。ほんとに。
真人ってほんとにそんなことするような雰囲気じゃなかったもの。
聞けば、会社のみんなと合コンに行ったらしいんだけど、そこに彼も来てたんだって。
「なんかね、気がついたらじっとコッチ見てて、最初はなんかヤな感じ~って思ってたんだ」
その時のことを思い出したのか、亜矢はちょっと肩をすくめて見せた。
でも、その帰りに方向が一緒だからと一緒に帰った亜矢と真人。
アパートに最初についたのが亜矢のほうだったんだけど、彼女はそのまま彼を上げちゃったんだって。
「自分でもさ~ヘンだったんだよね~。一緒に歩いてて、ポツリポツリあいつだけが喋ってたんだけど、そんなにおもしろいって話じゃなかったし。でもさ、なんでかな、部屋についてアパートの下の階段のとこで彼が言った一言で……」
「…………」
言葉に詰まる亜矢。
わたしはせかすことなくそのままじっと待った。
『泣きたいことがあったら泣いたほうがいいよ』
「あたしさ、ちょっとびっくりしたんだよね。だって初めて会ったのに、なんで今の自分の気持ちがこの人にわかったんだろうって」
「亜矢……」
「あたし、合コンの時もさ、楽しくみんなで話してたつもりだよ? あの合コンだって、結局みんながあたしのためにお膳立てしてくれたよーなもんだし。けれど、相手の男側は、こっちの事情なんて知らないしさ、だから、あたしの心がどうだなんてわかるわけないのに」
「そっか……」
「あたし、だから、それ言われたとき、思わず彼に抱きついて泣いてた」
「…………」
「どうした?」
トイレから帰ってきた真人が心配そうに声をかける。
不思議だ。
わたしたちの話は終わってて、二人とも心配されるような顔はしてなかったのに。
どうして?
どうして彼にはわかったんだろう?
「なんでもないよ。真人ってば心配しすぎ」
「ごめん。何だか泣きそうな顔してたから」
「泣かないよ。まったく、もお」
胸がきりりと痛む。
怒ったような表情をした亜矢だったけれど、本当は嬉しくてしかたないっていうのがありありとわかった。
亜矢はいつもそうだ。
自分ではうまく隠してるつもりだけど、何考えてるのかすぐわかる。
嬉しいのか、楽しいのか、怒ってるのか、悲しんでるのか。
それに、あんまり隠すってことをしない子だ。
思ったことはすぐ口に出す。
だからトラブルも少なくない。
けれど、それがいい場合もあるのよね。
亜矢は嘘がつけないんだもの。
だから安心して付き合える。
わたしのように他人が何を考えているのかをすぐ気にしてしまう人間にとって、亜矢って子は心から信頼して付き合えるんだもの。
でも───
時々、どうしようもない嫉妬にかられることがある。
真人のこともそうだけど。
わたしだって亜矢と同じだったのに。
亜矢のために開かれた合コン。
そう、彼女は同じ会社の先輩に恋してた。
わたしは亜矢とは会社が違うけど、同じ短大だったってことでその頃からの付き合いだった。
別々の会社に入ってからも付き合いがあったのね。
入社したての頃から騒いでたよ、かっこいい先輩がいるって。
「も~ちょ~かっこいーの~」
「はいはい」
「今日なんてね~声かけてもらえちゃった」
「へいへい」
「も~貴世子ってば、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてますってば」
もう毎日のように聞かされて、ウンザリしそうだったんだけど、なんというか、彼女のそういう話聞いてるとね、なんでかな、自分までウキウキしてくるっていうのかな、そんな感じだったんだよね。
もしかしたら、彼女と一緒に自分も恋している気分になってたのかもしれない。
だから、わたしも───
亜矢も周りの誰も知らないけれど、わたしも密かにいいなあって人が社内にできたのね。
徹底的に隠してたから、相手も気付かなかっただろうし、亜矢にも誰にも話したことない。
そう。
真人にちょっと似てたかもしれない。
誰も見向きもしない、そんな暗い感じの人だった。
それでもいいなあって思ってて、それにそんな感じの人だから、誰も彼には言い寄る人もいなくて。
わたしは安心していつも見つめてた。口もきいたことなかった。
でも、彼はあっという間に別の部署の人と結婚しちゃった。
すごいショックだった。
まさか結婚しちゃうなんて。
誰かと付き合ってるって話も聞いたことなかったのに。
それがちょうど亜矢が振られたときと同じ頃。
亜矢はあの通りの子だから、騒いで騒いで騒ぎまくってた。
そんなわけで、みんなが彼女のために合コン開いてあげたのね。
けどね、わたしだってそうだったんだよ。
わたしもものすごーくショックだったのよ。
どんなに亜矢みたいに嘆き悲しむことできたらよかったのにって思った。
でもわたしにはできない。
亜矢のようにわたしにはできなかった。
そんなとき、わたしはどうしようもない嫉妬に苛まれる。
わたしはわたしなのに。
亜矢は亜矢であって、わたしはわたしなんだから、嫉妬するなんて馬鹿げてるって思うけれど、それでもやっぱり───
それだけならまだしも、すぐ新しい彼ができちゃうなんて。
亜矢は運命の神さまにまで味方される女の子なんだよね。
なんだか不公平だよって思った。
たぶん、わたしはその時、悪魔が心に巣食ったんだと思う。
なんでそんなことしちゃったのかなあ。
きっと、今までの鬱屈がたまりにたまってマックス状態だったのかも───わかんないけど。
わたしは真人を亜矢抜きで呼び出したんだ。