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2話 仙人からの誘い

 吹雪の夜。

 光を通さない闇と、眼前を遮る吹雪に見舞われ、まるで機能していない視覚。吐いた息で両手をこすりながら、天候を読み違えたのはいつぶりだったかと振り返る。


 そう、あれは仙人として鬼を狩るようになってしばらくのことだった。あの日も今日のように、暗い吹雪の夜を渡っていた。

 あの日は結局、どうしたのだったか。

 そう思案投げ首でいると、不意に、目の前に小さな里が現れた。


 そうだ。あの日も偶然通りかかった里で一晩を越させてもらったのだった。ちょうどいい。また今度もそうさせてもらおう。そう、足を向け、違和感を抱く。


(なんじゃ、この、里中から立ち込める血の匂いは)


 半歩里に踏み込んだ足を引き戻す。

 振り返ればそこには、深い闇とすべてを飲み込む白魔が立ちはだかっている。

 逡巡し、結局里に立ち入った。


 明かりのついている家屋を見つければ泊めてもらおう。そう思い、里の奥へ奥へと雪をかき分け進んでいくが、夜も深いせいか、どの家屋も静まり返っている。


 カンカンと頭に鐘の幻聴が鳴り響く。

 それでも歩みを進めていくと、開けた場所に一人の少女が立っていた。……こんな吹雪の夜にいったい何を。


 一歩、彼女に近づいた時だった。

 少女はピクリと肩を動かし、錆びたブリキ人形のように、ぎこちなく首から上を回した。

 真白い少女だった。

 だが、闇夜より暗く、ドロドロとした瞳がより強い印象的だった。


「誰。ここは白鬼の里。退きなさい」


 ともすれば雪に消え入りそうな声で、少女は口にした。そして、彼女の言で気づく。彼女は人の子ではない。鬼の少女だ。


 この吹雪の中、どれだけ立ち尽くしていたのか。

 唇は黒いくらいに青ざめていて、見れば指は赤切れで真っ赤に染まっている。


「白鬼の里……? ほかに鬼は見当たらんようじゃが?」

「……たとえ誰がいなくても、ここは白鬼の里よ」


 瞬間、暴風がこちらにたたきつけられた。

 たまらず目を伏せるが、風は一時の物だったらしく、すぐに止んでしまった。次に目を開いたときには吹雪は少し和らいでいた。


 そして気づく。

 少女の背後に立ち並ぶ、無数の墓石の数々に。

 血の匂いの発生源に。


「この惨状は、お嬢ちゃんが?」

「……違う。……いや、どうなんだろう。私の、せいなのかも」


 少女はこれ以上語ることは何もないと言わんばかりに口を閉ざした。経験上、こうなった相手にいくら問いかけても返事は来ない、あるいは空返事しか来ないと知っている。

 踏み入るならば、別のアプローチが必要か。


「サジェの実を使った焼き菓子じゃ。食べると体があったまる。まあ、この吹雪じゃと焼け石に水かもしれんがの」

「……痴呆? 私は立ち去れと言ったわよね。待ちなさい、それ以上踏み込むな!」

「とは言ってもなぁお嬢さん。この吹雪じゃ。どうか一晩を越させてもらえんかのう?」

「……どこもかしこも空き家よ。好きに使いなさい」

「お嬢ちゃんはどうするんじゃ?」

「……私は、ここにいる」


 少女はまた、墓に向き直った。

 こちらにまるで興味がないと言わんばかりに。


「それは自由じゃがな、お主が後を追えばここにあまねく命は、生きた証を失う。その前にどうじゃ。わしに何があったかを語り継ぐ気はないかの?」

「……年老いたあなたに話して何になるの」

「少なくとも、今のお主よりは長生きするじゃろうさ」


 少女は、しばし無言を貫いた。

 二人、奇妙な間を明けて立ち尽くした。

 やがて根負けしたのは、少女のほうだった。


「……おせっかいなお爺さんね」

「そうかの?」

「……ええ。乳母の(かがりび)さんもそうだった。白鬼の将来のためにと言って赤鬼の令息と婚約を取り付けて、本当に、おせっかいだった。だけど、だけども――」


 少女は空を仰いだ。

 こちらに背を向けているため、表情は見えない。

 確かに分かるのは、その小さな双肩が震えていることだけだ。


「――私の、家族だったんです」


 絞り出した声は、つんのめって、震えていた。

 訥々とした語調で少女は口を開き、徐々に滔々と語り明かす。


「赤鬼は、白鬼を守る、つもりも、婚礼を上げるつもりもなかったんです。ただ、白鬼の宝刀だけが、目当てだったんです。だけど愚かな私たちはそれに気づかず招き入れてしまった!」


 肩で息をする少女。

 しばらくして呼吸が整うと、続きを打ち明けた。

 ゆっくりと、しかし強い語調で。


「最初に乳母が殺されました。私は、父上みたいに強くなかったけど、大将の娘だったから、命を捨ててでもみんなを守らなきゃって思ったんです」


 吹雪の中、ギャリと奥歯が軋む音を聞いた。


「でも、みんな、私を守るんだって……そう言って……!」


 少女は静かに慟哭を上げた。

 もう、歩み寄っても、近づくなと拒絶されることはなかった。


 近くでその顔を見て気づく。

 その目はすでに泣きはらしていて、頬には涙の足跡がくっきりと残されていた。

 涙が枯れてなお、嘆き続けている。


志葉(しば)


 気づけば、名前を口にしていた。

 少女は眉をひそめたまま、小首をかしげている。


「わしの名じゃ。わしの流派は代々『志』の字を受け継ぐのがしきたりでの。お嬢ちゃんは?」

「……累逢(るあ)(かさ)なり()うと書いて累逢」

「累逢か。それなら今日からは累志逢(るしあ)と名乗るがよい」

「……ぇ?」


 揺れる少女の瞳。

 そこに、かすかな光を見た気がした。


「お嬢ちゃんには、守るための力を教えてあげよう」


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