4話『銀髪少女』
「え、えーっと……Cクラスに入ってきましたノアです。よろしくお願いします」
目の前には数十人の生徒たちが机に座っている。
その全員が冷ややかな目線を俺に送っている。
強引にアイラに連れていかれ、その日の授業に出席させられるという、常人には理解できないステップを飛び越え、俺はここにいる。
俺が入ることになったクラスはFクラス。
まあ、1番下のクラスだな。アイラの権力でも、流石にAクラスには入れられなかったらしい。
そりゃあ、成績最底辺の男をAクラスに入れることほど困難なことは無いだろう。
しかし、Fクラスといえど、彼らは血のにじむような努力をして、才能に満ち溢れているエリート達だ。
何処の馬の骨とも知らない俺に、冷ややかな目線を送るのは当たり前だろう。
「ああ、君はあの席に座りたまえ」
すると、教師が教室の隅っこを指さして言う。
「は、はい……」
俺は申し訳ない気持ちで席に向かう。
生徒たちの机の間を通り抜ける時に感じる冷ややかな目線は、最悪なものだった。
「アイツ……コネで途中入学したらしいぞ」
「ふざけんなよ……なんで無能を入れるんだよ」
「実技0点らしいぞ。あいつ……」
「は? ありえねー」
陰口が俺の背中に刺さる。
俺は平常心を忘れずに席に座った。
正直、平常心は決壊しかけだった。
☆☆☆
「……コネで入学するなんて、貴方、恥ずかしくないの?」
授業が終わり昼休みに入ると、横の席から唐突に鋭い言葉が聞こえてくる。
驚いて横を向くと、そこには銀髪の少女が座っていた。
俺の方を向いておらず、ただ真っ直ぐを見つめているが、俺に向けられた言葉だとすぐに分かった。
「う……(ダメージ999)」
その言葉に俺は致命傷を負ってしまう。
だって、事実だから。
「せいぜい、私の邪魔はしないでね。本当は試験でお腹が痛くさえならなければ、Aクラスでアイラ様と同じになれたのに……。こんな男と同じになるなんて。私も運が悪いわ」
銀髪の少女は悲しげな表情をして言った。
「あ、アイラと同じ? アイラと知り合いなのか?」
俺が何気なく銀髪の少女に質問すると、少女はムッと表情を険しくした。
「あのね……アイラ様の名前を口に出す時は『様』をつけなさい。いや違うわね。貴方のような存在はアイラ様の名前を口にすること自体が駄目ね。今すぐ自殺してきなさいよ、貴方」
物凄い早口でとんでもないことを言う銀髪の少女。
流石の俺も少しだけ引いてしまった。
こんなにも熱狂的なファンがいるのかアイラには……。
「ノア。一緒に食べるわよ」
すると、銀髪少女の後ろからアイラが顔をのぞかせる。アイラの手には弁当箱があった。
もしかして、一緒に昼食を食べに来たのだろうか?
「あ、アイラ? ここは違うクラスだよな? 昼食なら食堂で……」
俺がそう言うと、銀髪少女は勢いよく席を立つ。
「貴方! 何度言ったら分かるの!? アイラじゃなくて、アイラ様って──ふぇっっ!? あ、アイラ様ッッッ!?」
銀髪少女は俺に怒鳴り声をあげている途中で、アイラが背後にいることに気づき、悲鳴をあげる。
周りのFクラスの生徒たちもガヤガヤと騒がしくなる。
彼らからしたら、憧れの的であり、完璧な理想像。
未来の歴史の教科書に必ず載るであろう人物がそこにいるのだ。それも、自分の極めようとする分野の偉人だ。
彼らにとって、そういう存在が近くにいると言うのは、とんでもない事なのだろう。
「ど、ど、ど、ど、ど、ど、どうしてFクラスにいらっしゃったのですか? 何か御用で……」
銀髪少女も、さっきまでの堂々とした立ち振る舞いはとっくに消え去り、アワアワと慌てる可愛らしい少女になっていた。
「ノアと弁当を食べに来たの。貴女が気にすること?」
アイラは弁当箱を控えめに見せて言った。
「の、ノアと言うのは……どんな方なんですか? もしかして、伝説の英雄とか、大国の王子様なのですか? しかし、このクラスにはそんな人はいませんよ?」
「ノアは貴女の後ろにいる彼よ」
「後ろ……?」
銀髪少女は振り返って、後ろを確認する。
銀髪少女の瞳に俺が入ってくる。
俺がいる。そりゃあ、俺がいるだろう。
「……はは、私の後ろには誰もいませんよ?」
銀髪少女は苦笑いをしながら言った。
どうやら、俺の存在は彼女から抹消されてしまったらしい。
「いるじゃない。そこの彼よ」
アイラがピッシャリと、俺を指さした。
「な、な、な、な、何の冗談ですか? この様なコネで入学した権力の腐敗の象徴であり、実力主義の学園において不要な存在である彼と、貴女のような世界に誇る人材が一緒に弁当を食べるなんて、有り得ません!! それならば、まだ私の方がマシですッ!!」
銀髪少女は十八番である高速早口で、俺の罵倒を混じえつつ言った。
「貴女……言っていいことと悪いことがあるわ。彼は天下無双の世界最強の完璧超人の世界を救う英雄になる(予定)男よ。そんな彼が私と弁当を食べるのが悪いことなのかしら?」
アイラはムッとした表情で言い放った。
アイラの言葉に銀髪少女はハッと何かを思い出す。
「まままま、まさか……アイラ様が常におっしゃられていた……アイラ様が絶対に勝てず、世界で最強の存在というのは……」
銀髪少女が俺の方を見ながら後退る。
その表情はプルプルと震えており、ありえないものを見る目だった。
「そうよ。彼こそが……私の『原点』よ」
アイラがドヤ顔でそう言い放つ。
それと同時に銀髪少女は腰を90度曲げる。
「──ずっと応援してました。貴方のファンです。サインください」
銀髪少女の両手にはサイン用の色紙とマッキーが握られていた。